誤解



















「この変態野郎!」








一番はじめに、彼女から言われたセリフはそれだった
自宅であるマンションにあと5歩も歩けば届きそうな道端で
天気のいい秋の、昼下がりだ

そして二言目は、


「警察呼ぶわよ!」




自慢じゃないが僕は33年間
「変態」に「野郎」までつけて怒鳴られたことはないし
ましてや警察に通報されたなんてこと
ただの一度だってない

彼女はそう言っておきながらすでに警察を呼んでいて
彼女が思い切りふりかぶったハンドバッグは僕の頭を直撃
混乱と痛みで意識がもうろうとする中、
僕は呆然とパトカーの音を遠くに聞いていた



















「本当にすみませんでした!」

「勘違い?」

「はい・・・すみません!」

「じゃあ彼は単に君のアパートの隣のマンションに住んでる住人だと。」

「はい!」

「同じ時間に帰ってきただけで、君が痴漢に後をつけられてると勘違いして通報したんだね?」

「は、はい!」




その通りだ

ふたりの警官は目を見合わせてあきれて
今度はこちらに目線をとばす




「間違いないね?」

「えぇ。間違いありません」

「ちなみに君、職業は?」

「アーティストです。」

「・・・アーティストね。何か、身分証明できるものは?」

「職業の証明はないですけど、免許証なら。」

「そう、見せて」



そんなことより、せめてこのズキズキと痛む頭を手当てしてくれ
さっきからこめかみをつたっているのは汗じゃないはずだ
そう思いながら、僕は尻のポケットから財布をとりだして
おとなしく免許証を警官に手渡した

腹は立っているものの、
こんなところで反抗的な態度をとって話がこじれてもバカバカしい
僕はいたって善良な区民なのだ



「きた、やま、よう、いち、と。はい、ありがとう。」

警官はなにやらメモをとって僕に免許証を返す
僕はこらえきれないため息をついて
返された免許証を無意識に指でぬぐった

警察になど一度も世話にならずに生きてきたこれまでの人生が
意味もなく汚された気がしたからだ

彼女は、とにかくふたりの警官にひたすら頭をさげていた
ちらりとその横顔をぬすみ見ると
おそらく恥ずかしさと焦りで真っ赤になっており
(そりゃ真っ赤にもなるだろう)
その頬には、どこかまだあどけなさが残っているように見えた











彼女の年は、聞くとなんとハタチだった
いわれてみれば、顔の肌のハリが思わず触れたくなるほどいい
聞けばここから二駅でいける場所の看護学校に通っているらしく
たしかにケガの手当ての手際のよさは見事なものだった

彼女は警官が帰ったとたんに
今度は僕に向き直ってひたすら頭を下げ
有無をいわさず、アパートの部屋にひっぱりこんでケガの手当てをはじめたのだ

慣れた作業をしている間に、彼女は落ち着きを取り戻したらしく
僕をソファに座らせると、お茶を入れ始めた

とにかくたった1時間弱の出来事に
僕は混乱したまま、名前も知らない女性(しかも若い)の部屋で
いつの間にかくつろいでいた








「本当にごめんなさい。」

温かい緑茶をいれた湯呑みをテーブルに置くと
彼女は今度はさっきとは違った声色で謝罪をした
それはまるで、自分の子供が悪さをしたときに母親がするような
落ち着いた声と目つきだった

これくらいの年代の女の子というのは
七変化のように色々な顔を見せるものなのだと
ふと学生時代を思い出す


「いや、女の子の一人暮らしなんだから用心するに越したことはないよ。」


変態呼ばわりされて流血させられたうえに、
あと少しで警察につかまるところだったのだから
本来なら怒ってやってもいいところなのだが
ケガの手当てをして、お茶まで出されて、自分もソファでくつろいで
ハタチなんてまだ世間もあまり知らないのだろうし
目の前であんなにかわいそうなほど警官に頭を下げてるところを見てしまっては
今更、怒るに怒れない


「極度の怖がりなの。夜も、ひとりじゃ電気を消して眠れないくらい」
「よく一人暮らしできるね」
「うん、実家のそばには看護学校がないから」
「家は都外なの?」
「長野県の山奥で・・・」
「へぇ。軽井沢にはよく行くよ」
「旅行で?」
「いや、仕事でね」


あぁ、シゴト、と彼女は小さくうなづいて
自分の入れたお茶を飲んだ
その様子からして彼女は僕の”正体”に気付いていないようだった
それもそれで複雑だが、警察沙汰の直後なだけに
ここではひとまず、安心した


僕は気付かれないように部屋を見渡し
オーディオ機器の周辺に目をこらすと
そこには「aiko」やら「Every little thing」やら「YUKI」やら
何系といったものか、とにかくそういうジャンルが並んでおり
僕らの曲を耳にはしているだろうが顔まで覚えていないだろう


「さて、あんまり長居すると今度は彼氏に通報されちゃうから帰るよ」
「あはは、大丈夫だよ」
「まぁ帰ると言っても、すぐ隣だけどね」
「本当にごめんなさい。それに、ありがと」
「何が?」


彼女はすこし声をひそめて
またあの大人びた目で、立ち上がりかけた僕を見上げる


「私、聞こえちゃったんだ。あなたが警察の人に”傷害で訴える意志はあるか”って聞かれてたの」
「あぁ」
「”正当防衛みたいなもんだから”って言ってくれてたよね」
「だって、そうでしょ」
「でも」
「世の中物騒なんだから。僕は君のガッツに脱帽だよ」


彼女は一瞬あっけにとられたかと思ったら
すぐにあどけないハタチの女の子の笑顔になった

その時、彼女の瞳がキラキラと輝くのを
僕は見逃さなかった


「ありがとう。あの・・・ケガのことだけど頭だから念のため病院に行ったほうがいいかも」
「あぁ、そうだよね」
「あの、私の看護学校の系列の病院紹介しましょうか。」
「いや、知り合いのいる病院があるからいいよ。」
「・・・本当にごめんなさい。応急処置はできるんだけど、中身の方の検査はさすがに病院じゃないとできないから」
「中身(笑)わかったよ。行ってみる」
「本当に、行って下さいね。頭のケガはあなどると怖いから」
「大丈夫大丈夫。ちゃんと行くから」
「・・・ごめんなさい」


彼女は今度こそ本当に、自分を責める表情をする

その頼りない表情に、僕はなにかひっかかりを覚えて
玄関にむかいかけた格好のまま彼女を見下ろした
数分前、手当てしてくれた時の彼女の真剣な表情を思い出すと
僕の口は勝手に開いた







「何か、書くもの持ってる?」
「へ?」
「メモ」
「・・・あ、ある。ちょっと待って」


彼女は小走りに、自分の持っていたバッグから
ペンと手帳を取り出した
手帳は、ハンドメイド風のレースの柄が表紙で
かわいらしくて小さかった


「持ってて」

手帳を彼女に持たせて、僕はそこにペンで11桁の数字を殴り書きする

「俺の携帯」
「え・・・」
「次に、怖い目にあった時のために」
「でも・・・」
「仕事中は出られないけど」
「あの・・・」
「世の中物騒だし。ご近所のよしみってことで」
「はい・・・」

彼女はようやく見開いた目を手帳におとして
僕の手書きの番号を見つめた

まだ少し、腑に落ちない顔をしている彼女に
新手のナンパだと思われても困るので、僕はもう一言付け加えた


「こわかったでしょ?女の子なんだから、守ってもらわなきゃ」




田舎町から上京してきたばかりの女の子
慣れない一人暮らしに、電気も消して寝られない
僕は下心なしで、彼女のことが心配になった

だって、彼女はおそらく優秀な看護学生で手当ても見事だったけれど
僕の頭に包帯を巻きながら
彼女の手は、震えていたから



























































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(c)君に僕のlast songを


photo by <NOION>
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