涙を止める方法
















朝目が覚めると



部屋の温度と静けさにうちのめされそうになる





もう何度こんな朝を迎えただろう?

今の私は、温かい朝も満足に迎えられない





私は数日前、恋人を失った

原因は相手の浮気

よりにも寄って私の友達と・・・

もうちょっとマシな相手はいなかったのかしら?

傷ついたというより、喪失感の方が大きい

友達も同時にひとり失ったことになるからだ

まだ涙が出るほど、現実に目がむけられないのかも





「・・・起きよう」




今日はあまり早く行かなくてもいい日だけど

早く起きるにこしたことはない

準備に時間をかければ気分もかわるかもしれないし

私は二度寝の天才だから・・・





ご飯を食べていても

歯を磨いていても

着替えていても

テレビを見ていても





何をしていても

感じるのは寒さと、喪失感







いなくなった。



彼がいなくなった。







ここに一緒に座って、

ここに一緒に寝て、

ここで一緒に笑った彼が





シチュエーションも、温度も、状況も

すべて整っているのに

私の瞳から涙は出てこない



一向に出てこない







「いってきます」



私は、これ以上部屋にいることもできずに

ひとり呟いて出かけた





まだ仕事の時間まで2時間もある

時間の不定期な仕事ってこれだから嫌だわ

ヘアメイクなんて仕事は自分の気持ちがこんなんじゃ

いい仕事はできやしない










・・・・・少し道端で立ち止まって考えた後

わたしは両手で自分の頬を叩いて

もう一度歩き出した

























「あれ?カオリさん、今日11時からじゃないですか?」





かなり早くスタジオについたつもりなのに

既にそこには撮影セッティングのためにスタッフが大勢いた



「早く起きちゃったから来たの。楽屋はどこ?もう開いてる?」

「209号室ですよ。さっき北山さんが到着したんで、開いてるはずです。」

「・・・あ、メンバーもう来てるんだ。」



北山くんか・・・

なんとなく、意味もなく溜息が出る





私は1人になりたかったのかもしれない

だったら早くなんて来なければいいのに

失恋した後ってのは、よくこういう説明不可能な状況に陥る



1人になりたいのに

どこかに出かけたくなったり

1人になりたくないのに

友達が尋ねてくると煩わしくなったり











コンコン



ドアをノックしても中から返事はなかった



コンコン、、

「・・?失礼しまーす。」



楽屋のドアをそっと開けてみると

テーブルにつっぷして眠る北山くんが目にはいる



「・・・北山くん?北山くーん。」



肩をゆすっても起きない

よく見ると、テーブルの上には入れかけのお茶とポット

お茶が入るのを待っているうちに寝てしまったようだ





相当疲れてるのかな・・・











私は時計を見てまだ時間があることを確認したあと

仮眠用に置いてあったタオルケットを

肩からかけた





と、ほぼ同時に彼の肩がぴくりと反応する





「・・・ん。あ、カオリさん。」

「起きた?」

「ごめんなさい、俺・・・あれ?」

「まだみんな来てないわよ。私も少し早く来ちゃったくらいだから。」

「ほんとだ、10分くらいしか寝てないみたいだな。」

「みたいだね。」

「なんだか凄く寝ちゃった気分だな・・・」





そう言って北山くんはのびをした





「早いですねカオリさん。他のメンバーくるの多分まだ1時間とか先ですよ。」

「・・・なんか気分的に。早く起きちゃったし。」

「俺もですよ。部屋にいるのもなんかなーって、早く来ちゃったんです。」

「・・・」










俺もですよ、か・・・

微妙に違うと思うんだな





私は早く起きちゃったというより

ほとんど眠ることが出来なかったんだから







いやだ・・・また思い出しちゃう



私はあわてて彼に話し掛けた



「北山くんすごい熟睡してたよ今。疲れてるの?」

「いや、俺は別に。俺よりカオリさん・・・」

「・・・は?」

「・・・疲れてない?」

「・・・え・・・」

「そんな顔してる。」





一瞬で冷や汗をかいた



寝起きでひと目見ただけでわかるの?

そんなに私、参った顔してる?

とっさに見抜かれたせいで、私は返事しそびれてた







「やっぱり。」




呆れたような、心配するような

そんな笑顔を向ける彼に私はついムキになる

「疲れてる人がなに人の心配してんの!ホラホラ、もうすぐ時間だよ。」















私はつい彼に背を向けて

道具をバッグから出し始めるふりをする















手は震えてた


唇も震えてた





私が今まで平気でいられたのは

この苦しみを自分だけの中にとどめておいたからだ

第三者に「かわいそう」という目を向けられた途端に

私は自分を客観的に見ることをはじめてしまう



そして、ただの

負けた女になってしまうから





本当は人に聞いてもらって立ち直っていくものなのに

私にはそれができないの

口にした途端に、崩れてしまうの





私は、弱い





















まだ見せないで




まだ私に、現実を見せないで・・・











「カオリさ・・・」

「準備するから、ちょっと待っててくれる?」

「カオリさん、どうかしたんですか?」

「待ってて。すぐ、準備するから。」

「カオリさん。」





どうして?



どうしてこの人には、わかってしまうの?















数週間前の出来事を、私は思い出していた





彼に女の影がある、なんて噂を耳にした頃で

全てがうわの空だった私

仕事でも些細ではあるけれど失敗ばかり

情けなさと不安で、溜息ばかりだった私





ほかのメンバーは茶化すばかりだったのに

北山くんだけは帰り際に



  「また飲みにでもいきましょうか。話なら聞きますから。」



と、真剣な顔で言ってくれたんだ















あの時、彼に不安を打ち明けていたら

こんなに私はひとりで耐え続けることもなかったのかな



無表情を保つことで精一杯

顔がかたまってしまったみたいに笑えない





それが私の、唯一の自分を守る方法なのに・・・















「・・・っ」



だめ

今泣いてはだめ

せめて家に帰ってからにしなきゃ



私は私に言い聞かせたけれど

歯をくいしばろうとしても力が入らない

北山くんに向けたままの背が震える









「カオリさん。」

「・・・」

「何かあったんですか。」

「・・・何にも」



やっとのことで声をしぼり出す

涙声に聞こえなかったかどうか

部屋に響いた自分の声に耳をすませたりする



「カオリさん、ダメですよ我慢しちゃ。」

「・・・」

「何があったか、言いたくなかったらいいです。解決する方法は、何も話す事だけってわけじゃない。」

「・・・」

「でもね、涙を止める方法はひとつしかないんですよ。」



「・・・?」





「1度でもいいから、たくさん泣くことです。」

























私は泣いた

もう我慢できなかった





そして私は泣きながら知った



決壊したダムを修復することはできない

どんなにたくさんのものが流れ落ちてしまっても

大切な思い出も、忘れたくないことも、

もう何もなくなるまで流れないと

この洪水はおさまらないんだ・・・



















北山くんの向かいに座って泣く私を

彼は特に見つめるわけでもなく

目をそらすわけでもなく

ただじっと、一点を見つめて

私の手だけは、ぎゅっと握ってくれていた









「・・・ありがと。もう、大丈夫。」

「本当に?」

「うん。きっと。」

「どうして今まで泣かなかったの。」

「・・・泣いてもどうしようもない事だったから。かな。」

「解決するために泣くんじゃないよ。笑うためだ。」

「笑うため・・・」

「そうだよ。だって最近カオリさんの笑顔、見てない気がするのは俺だけ?」

「・・・」

「メンバーも言ってたよ。」

「え?なんて?」

「カオリさんの元気がないって。だから髪がうまく立たないんだって黒ぽんがぼやいてた。」

「・・・ぷっ」



つい吹きだした

黒沢さんの言いそうなことだったから









笑顔になった自分を自覚した途端に

またすこし、涙が出そうになる



「笑ったね。」

「そうだね。」

「よかった。」









その時の北山くんの安心した顔を見て

なんでか私まで安心した



























「・・・あれ。」




ふ、と気を抜いたら

私の瞳からは自然にまた涙が出た



「・・・もう出ないと思ったのに。」

「そういうもんだよ。涙って。」



北山くんは微笑んで言う





「そっかぁ・・・」


私は素直にうなづく









「何でもそう。もう笑えないと思ったのに、笑えたり。
泣けないと思ったのに、泣けたり。」



ポットからお湯を注ぎながら

私を助けてくれたひとは

幸せそうな顔をして、お茶からたつ湯気を見つめる







































いつの間にか

私の頬をつたっていた涙は温かくなって





気づくと、かわいて消えていた

















※ページを閉じてください。

photo by [ NOION ]





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