第 四 話












「ため息、何回目?」



真横から声をかけられて顔をあげる

北山だった



「ため息ついてた?」

「ついてた」

「よかったね、今月彼女帰ってくるんだって?」

「ん?あー言ったっけ」

「言ったじゃん。昨日」





そういえば、昨日菜緒に電話したあと仕事で、

黒沢に世間話程度に話したんだった





「何、うれしくないの?」

「そんなんじゃねーよ。常にウキウキしてても怖いだろ」

「確かに」



北山は鼻をならして笑う



それだけの会話

”うれしくないの?”
の質問に、自分がムキになって答えた気がした





北山のこういう質問には

いつもおそろしくまっすぐに、射抜かれる

それは飯のメニューを選ぶときとか

そんなちいさな瞬間でも起こりうる



そのたびに、俺がひどく動揺することに

こいつは気づいているのだろうか



























菜緒には会いたい

休みも去年より長く取れたという報告があって

素直にうれしかった



そこに問題はないのだ



でも、問題はなくても

身に覚えがあるのなら、反応せざるをえない













”P.S 藤井さんが暇そうなので、また遊んであげてください”







菜緒からのメールの最後に付け加えられた追伸

俺の気持ちを動かすには充分だった



菜緒は、”もう知ってる”だろうか…





























「てっちゃん携帯鳴ってるよ」















いいタイミングでヤスが声をかけてくる

俺はテーブルのうえの携帯を拾って

着信元を確かめることなく、黙ってスタジオをあとにした



そばにいたメンバーが二人ほど

不思議そうに俺の行動を見送る

































































「もしもし」


「もしもし?小夜ですけど」











「おぉ、まだ終わらねぇよ」

「ウン、わかってる。ごめんなさいね、今日待ち合わせのお店変えていいかな」

「いいけど、なんで?」

「会社の人が同じ店で飲むようなこと言ってたから避けたいの」

「ん、考えとく。また連絡するよ」

「わかった。仕事中にごめんなさい」

「じゃあ後で」





静かな廊下に、俺の最後の声がひびいて

携帯は耳元で切れた



切れた携帯電話を握りしめ

たった今の短い会話を思い出して

昨夜の菜緒との会話も思い出す























『藤井、暇なの?』

『うん、まぁ仕事も減ってきてるしね』

























藤井は、菜緒の上司で俺も顔見知りだ

アメリカで紹介をうけ、その時藤井の恋人という女も一緒だった

今電話をした女が、それだ



菜緒は知っているかわからないが

彼女は、今は藤井の”元”恋人でしかないのだ



















俺たちは、2ヶ月前、東京で再会したのだが

そのとき、ふたりはすでに、8年のつきあいを終わらせた直後だった



正直言って、アメリカではじめて顔を合わせたときは

良くも悪くも、地味な印象だった

かわいらしいとは思ったが、控えめでおとなしく

やり手な恋人のうしろで微笑んでうなづくだけの

つつましいというより、暗いイメージだった

ただ、酒は強かった



菜緒はあんなお似合いな二人は見たことない、とかなんとか

興奮した様子で絶賛していたが

俺はそこまでは感じなかった

ただ、長く一緒にいるふたりなら

自然と同じ空気を纏うもので、それだけのこと







「別れたんです、彼とは」







再会した日、ちょうど東京は雨が降っていた

俺は傘を持っていなくて

車だった彼女に駅まで送ると言われて

ありがたく車に乗り込むと、会話の中で彼女はちいさくつぶやいたのだ



意外に俺は冷静に そうか と答えた気がする

藤井は気に入っていたが

正直、ふたりの関係にあまり関心がなかったからだ



でも、俺はたまたま暇だったし

打ち明けられて、ハイそうですか、と言って帰るのも気がひけて

送ってくれたお礼に飯でも、と申し出たのだが

今思えばそれが全てのはじまりだった





彼女の別れの傷は思いのほか深く

最初は遠慮がちだったが、除々に話は深い所で迷い込み

食事を済ませて店を出たら、雨はやんでいた



その時、俺の”ほっとけない”症候群がでて

「もう一軒いくぞ」というノリに発展してしまった

「とりあえず呑め。運転は俺が変わってやるから」とかなんとか…

単純に、友達になってしまったわけだ









彼女はふたりでじっくり話してみれば

さすが藤井とつきあっていただけあって

一本、筋のとおった人格をしていて

イメージとはちがって、本来バリバリのキャリアを纏った

強く明るく、あらゆる意味でセンスのいい女だった



藤井といる時の彼女を地味に感じたのは

彼女が全面的に、彼にはかなわないと観念している為だったと

彼女単体で知ると、それに気づくことができた

恋人を、男としてでなく

きちんとおなじ人間として自分とシビアに比較し、尊敬できる

そういう女は少ないし、嫌いじゃない















ただ、こうも日常的に会う関係になるほど

打ち解けられるとは想定外だった



酒に強いはずの彼女だが

俺に携帯番号を聞いてきたとき、

ろくに舌もまわっていなかった



俺は番号を教えたが

「この様子じゃどうせこれっきりだろう」と踏んだためで

一切下心はなかった





























だが、3日後に電話が鳴ったときは

さすがに驚き、そして番号を教えたことを後悔した

















「この間はくだらない話につきあってくれてありがとう。お礼に食事でも、どう?」





そのとき彼女の声色には、

よく知りもしない人間に愚痴を吐き、醜態をさらしたことへの

後悔と恥じらいが感じ取れた



藤井と別れた今、もう二度と会わずに済むかもしれない

俺のような相手にも

きちんと礼の電話をしてくる辺りに好感を持ったのは確かだ



恥をかかせっぱなしもかわいそうだと思い(俺なら二度と連絡しない)

俺は仕方なく誘いに乗った

















そこからなんとなく定期的に食事をする関係になってしまったわけだが



















はじめの再会はもちろん偶然だった


二軒目に行ったのも、俺の誘いだ


だが、初めての電話がかかってきた辺りから

彼女の計算の上に絡めとられている気がしないでもない







単純に、気に入られちまったな、、、と少し後悔している



あの手の女は、気に入った男はどんな相手でも

たとえ他人のものであっても

とらわれることなく、会いたいときに会いにくるのだ







本当に、無遠慮に



































俺はスタジオに戻ってからも、

小夜とどこの店にいこうか考えていた




















































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