第 五 話












小夜と会う店は、最後の最後まで悩んだ





なるべく人目につかないところがいい

照明は明るすぎないほうがいい

そして、向い合う席ではなく、カウンターのような

隣同士に肩を並べる席がいい



あの女に、真っ直ぐ見つめられるのは

苦手だからだ

















「お待たせ」





小夜は遅れてやってきた

顔をみずに、さりげなく俺の隣のスツールにすべりこむ



一瞬だけゆれた髪からほのかに香る、あまいかおり





「ほんとあなたっていい店知ってる」





・・・まただ





ハスキーとまでは言わないが

落ち着いた滑らかな小夜の声が耳元で聞こえると

俺はその日、一日のペースが乱される思いがしてしまう



それは例えれば、実際の10倍は飲んでいるような気分







心地いいはずなのに、落ち着かない

思わず尻をずらして座りなおす

油断のならない女なのだ

























意識しているわけではないが

俺は彼女を名で呼んだことはない

苗字でも、名前でも呼ばない



”おい”とか、”そっちは”とか

おそらく、馴染むのを単純に怖れてのことだったろうが

その習慣が、逆に意味を持たせてしまったように感じる



彼女も、気づいているが問いただしたりしない

その当たりも障りもしない関係が

結局、心地よくなってしまっているのかもしれない





















「あなた達って、夏休みなんてないのよね?」

「当然だろ」

「そんな言い方しないで。知らないから尋ねたのに」



彼女は時おり、こうして俺のクセを叱る


すると俺は、謝るわけでもなく

歯向かうわけでもなく、丸腰になってしまうのだ

















「彼女、夏休みは?」

「…あぁ、盆に帰ってくるよ」

「そう、よかったじゃない」

「なんで”よかった”?」

「だって去年はあまり休みは取れなかったって。彼が言ってたもん」



小夜はたまに、今でも藤井と続いているような口調で

奴の話題を口にする


決して嫌味でも、卑屈でもない様子で



「藤井は?」



だから、俺もこうして聞き返してしまったりする



「あぁ、彼も帰ってくるって」

「え?そうなの?」



聞いておいて、驚きの声をあげてしまう







「別に、私に会いにじゃないよ。でも、連絡くれたから会えるのかもね」







俺は無意識に胸をなでおろしていた



小夜が藤井とヨリを戻してくれれば、

俺がこうして呼び出されることもなくなる

はっきり言ってこれ以上会っていると

俺に悪気がなくても、菜緒に対する罪悪感がそろそろ生まれる頃だ























「話し合えよ」





めずらしく、彼女は答えない



「結局俺はまだ別れた理由は知らんけどさ。お前らはそこらの恋人同士とちがう気がしてる。

 別れ話も電話だったんだっけ?いい大人がそんな中途半端な別れ方してさ。

 目と目をあわせて話し合うべき!俺はそう思うね」



タイミングを合わせたように彼女はグラスをあおる

こんな甘いカクテルを飲んでいるうちは、彼女は酔わない

酔う気のない証拠だ







そして口を開いた



「会って話したって流されるだけ、離れたら繰り返しよ。

 長くつきあっただけ深くつながれるなんて幻想よ。綺麗事。

 所詮、ただの男と女なんだから」

「でも、会うんだろ?」

「…あなたってイヤな奴ね」




彼女はさも不愉快そうに、鼻すじにしわを寄せた

















































「藤井さん、本当に休みとらないんですか?」





8月のスケジュールを渡されて、

わたしは顔を上げる


聞くだけ無駄だが言ってみる





「休むに決まってんだろ。俺はサイボーグかっつーの」

「…質問変えます。日本には帰らないの?」

「帰らない、よ〜ん」








わたしはついため息をつく



藤井さんはローチェアにふんぞり返って

今朝の新聞を広げたまま、おどけた返事をする



1面トップニュースに隠されて、表情は見えない







この人がこういう態度のときは

まともな返事は期待できない























あのランチでの会話

8年来の彼女・小夜さんと別れたという告白



これは私の憶測だけれど、

藤井さんは今、そのアフターケアを避けるために

アメリカに留まっているように思える



彼は仕事のためならば何者も顧みないが

その他にはおそろしく無頓着で無関心

しかも、敢えてそうしているように見える



よく言えばわが道をゆく野心家だが

よほどの女性でないとついてはいけない野生児でもある



なぜわたしが、ふたりの別れにこんなにこだわっているのか

自分でもわからないけれど

なんとなく、小夜さんは一方的に切り離されて

日本でひとり、泣いているように思えてならないんだ



根拠なんかないけど、

気持ちが通じている私たちですら

この距離はくるしすぎる時がある













何にしろ、プライベートな話はことごとくはぐらかすクセは

いつものことだけれど



























「帰る理由なんて…帰ってから見つかるかもしれないじゃない」























オフィスに、私の声がむなしく響く







































たっぷりの沈黙のあと

新聞をたたんで、藤井さんは顔を覗かせた











「佐藤、そういえば決めた?”依願帰国”」

「帰国したとき親と相談したいから、休み明けでいいですか」

「”彼”とも相談ね」

「…」











考えていることを見透かされたようで

すこし気に入らない





























「佐藤、そんなことよりコーヒーいれて」



















”そんなこと”なのだろうか



わたしの帰国も、小夜さんに会うことも











藤井さんにとっては




















































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