早朝













彼女があらわれたのは

たまたま俺が家にいた朝



朝も朝

7時40分のことだった









インターホンが鳴ったのは聞こえたが

まだ起ききれなかった俺は

その音を夢で聞いている気がして

まだベッドの中でうつぶせにぐずぐずと寝ていると


インターホンが静まったあと

扉の向こうから細い声がした





「・・・ゆうじ、いないの?」











ガバッ



その声に、反射的にとびおきる

俺がベッドの上で跳ね上がったのと同時に

重い枕と枕元にあった雑誌がどさどさと床に落ちた



もちろん、いかがわしい雑誌なんかじゃないぞ

音楽誌と、旅の情報誌

リーダーに借りたやつだ



しかし、その物音で俺がいるのがバレてしまったらしい

別に居留守を使おうとしていたわけではない

彼女じゃなかったら、そのまま寝ていたまでのこと






ドアの向こうからもう一度声がする


「ゆうじ?ごめん、起こした?」

「あ・・・今、出る。ちょっと待った」



落ちた雑誌をそそくさとブックスタンドに入れて

そのへんに落ちているジャージやらくつ下を洗面所になげこんで

邪魔になったので壁にたてかけておいたテーブルを置く



どうにか人の入れる部屋にしたあと

時計をちらりと見ると、7時40分

女友達の訪問にしてはただならぬ早さに

いささか緊張しながら玄関のドアを開けた







「・・・おはよう」

「おはよう、す」

「ごめん、こんな時間に」

「あぁ・・・いや今日は早く起きようと思ってたし・・・」



なるべく嫌味に聞こえないように言ってみる

本当は、今日は寝倒してやると意気込んでいたのだが







「とにかく、上がって」

「ごめん・・・」



どことなく元気のない彼女

この時間にしろなんにしろ、まぁ何かあったことくらいは察しがつく

深くかぶった帽子を彼女は部屋にあがってもとろうとはしない

俺もとくにそれを咎めることなく

台所に入って買ったばかりのマグカップを出す






「今日は、暑いか?」

「どうだろ?まだ朝早いからわかんないや」



俺はそれに返事もせずに

ただ黙って冷たいお茶を入れて

テーブルの上、彼女の目の前に置く



「マグカップに冷たいお茶ってのも、なんだかなぁ」

「いいよ別に。ありがと」



自分で入れておいて茶化してみるが

彼女はそれをさりげなく流してお茶を飲んだ

冗談を言う気分ではないらしい









おとなしく正座してお茶を飲む彼女と

パジャマ代わりのグレイのスウェットを着たままの俺

寝癖なんかどうなってるのか触るのもこわいぐらいだ

自分の部屋なのに居場所がなくて

俺はとりあえずベッドに腰掛けた



ここで北山か安岡なら

気の利いた話や冗談を言って場をつなげられるんだろうけれど

俺はただあくびをかみ殺したり、キョロキョロしたりしかできない





「何かあったのか」の一言が

どうしても出ない





言おう、言おうと思えば思うほど口が開かない

なにも今、愛の告白をしろというわけでもないのに

話したければ自分からしゃべりだすかもしれない、とか

ただ一人になりたくなかっただけかもしれない、とか

しょうもない考えが邪魔する





というより・・・



爆睡状態から起こされたばかりで


実際のところ、頭がまわらないのが本音だった





















「ダメになっちゃった。彼と」





その時は、思ったよりも早くやってきた



「・・・ダメ」



彼女の言ったセリフを丁寧に繰り返す

その部分を復唱するとはなんて不謹慎な・・・

言ったあとで後悔した







しかし、ダメとはつまり・・・?



「つまり、別れちゃったってこと」

俺の心を先読みしてか、彼女が補足説明をする





「昨日の夜、話し合ってたのね。話し合いって言っても、お互い何を話していいのかわかんなくて。」

「もう、ずっとすれ違ってきたから。何がいけなかったのかすら、思いつかないのね。」

「でも、私がいけなかったんだと思うんだ。途中からあたし、彼のこと放ってたし。」

「彼より先に興味なくなったの、私なの。多分だけど・・・」

「まぁねっ、2年半もつきあってて、しかもお互い忙しくなったでしょ?もうね、ホント無理だったの。」

「他に好きな人が、とかじゃなかったけどさ。なんとなく・・・お互い、さ。」











そこまで言って、彼女が笑顔をはりつけたまましゃべるのをやめた







「・・・でも、なんでかな」



さっき、玄関の外で俺を呼んだときのような


細い声にかわる






つい、彼女の表情をさぐる













「なんで私はひとりになれないのかな。あいつは、なんで平気なのかな。」


「そんな時にひとりになる必要なんかないさ。」



口が勝手にしゃべる

彼女が、俺のはじめての言葉に顔をあげる





「そう、かな・・・」

「そうだ。一人になりたい奴だっているんだ。そんな事で、彼の気持ちを計るんじゃない。」

「・・・」

「楽しそうにしてたじゃないか、つきあってた時。」

「・・・2年、半だよ?」

「2年だろうが、10年だろうが、3日だろうが。お前は幸せそうだった。いい思い出だろう。」



無茶なことを言っているのはわかっていた

ただ、俺が彼女を見つめてきた2年半を思うと

勝手に口をついて出た



俺は、見てきた


見てきたんだぞ、お前のしあわせそうな2年半を



「いいおもいで・・・」





俺のセリフをそう繰り返して


少し怒ったような

考えるような、ふてくされたような顔で

あごをつんを上にあげた彼女は

一度だけ下唇を噛むと

次第に唇に力を入れたかと思うと

みるみるうちに表情がくずれていった



涙が落ちるのだけは見られまいとしているのか

彼女は思いきりうつむいて嗚咽を押し殺す









「大丈夫だ。お前、強いから。」


彼女はなにも言わずにただ子供のように

ぶんぶんと何度も首を横にふり





「大丈夫じゃないなら、ここでいくらでも泣いてていいから。」


俺がそう言うと、またなにも言わずに

今度はゆっくりと一度だけ首を縦にふった



その時にはもう、耐えられなくなった彼女の頬は震えていた









俺はだまって、じっと見つめた


今までお前がしあわせだった時も、笑っていた時も


いつだって、そうしていたように











彼女は帽子の端っこをつまんで引っ張り






最後の涙たちを




はらはらと








こぼした

































※ページをとじてください。

photo by [ encore ]

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