一期一会








「この間、雑誌に載ってた写真を見たの。」



助手席の彼女が言った

手元でヘアピンをごそごそといじってる





「へぇ。どんな写真?」

「鶴がね、水の上から飛び立つ瞬間の写真。」

「へぇ。」

「水が飛び散って、とってもキレイだった。」



彼女はキレイなものや、懐かしいものを話すとき

必ずかなしそうな顔になる



それはかなしいわけじゃなく

愛しい顔、なんだそうだ



たまに俺の顔を見るときもその顔をするから

俺はやりきれなくなったりする







「あの瞬間は、きっと二度と来ないと思うわ。」

「どの瞬間?」

「もう。写真の話よ。」

「あぁ、ごめん。なんだっけ、あひるが飛ぶ瞬間?」

「鶴!」







この時、彼女が俺に伝えたかったことに


おぼろげながら、気づいたのはずっと後だった













「あ!!」





隣で大声をあげるのはリーダー


なんだかわからないが暴れている

こんな大男に暴れられたら車が縦揺れしてしょうがない



「ちょっと、あんた何暴れてんの。」

「酒井ちょっと、俺やばいもん落とした!」

「何を?」

「指輪!」

「どこに!?」

「シートの下!」



なんだってそんなところに・・・



「指輪なんかしてたっけ?」

「今日に限ってしてたんだよ。」

「なんではずすかなぁ?」

「外れたんだよ!最近痩せたからなー、くそっ・・・」



リーダーは助手席に座っていて

右手の人差し指にしていた指輪がすっぽりと抜け

シートの端に入って転がり込んだらしい


でかい体をふたつ折りにしてシートの下をのぞきこんで

体を起こそうとして頭をぶつけた


「ぃて!!あった!・・・ん?なんだこりゃ。違うじゃねぇか!」









リーダーが指輪とまちがえて拾い上げたのは

小さな、汚れた、ヘアピンだった




「・・・これは。」


見覚えがあるような、ないような

どこで見たんだっけ?

だいたい、ヘアピンなんて女の・・・





「あっ!」



俺の大声に驚いて、リーダーはまた頭をぶつける



「・・・っつ〜・・・」







俺は、つい車をとめてそのヘアピンを見つめた


そうだ・・・

これは、あいつのものだ





あの、鶴の写真の話をした日

あの後彼女は今のリーダーと同じように

シートの下にヘアピンを一本落としたんだ


「2本ペアで気に入ってたのに。」


と彼女は半泣きになって一生懸命探していた



結局見つけられずに諦めて帰って行ったが

最後まで彼女は落ち込んだままだった



「また、似たようなの買ってやるから。」


と帰り際に俺は言ったけど

彼女は無理して笑って



ついにそれを買ってあげることができないまま

俺たちは終わった



夕暮れの駅のホームで

まるでドラマのような情景のなか

彼女から切り出された別れに

何も答えられない俺がいた





そのヘアピンは、指でほこりをぬぐうと

まだキレイなままだった







リーダーが今度こそ指輪を見つけて起きあがった


「あった!!ゲっ、汚ねぇ・・・ほこりがすげぇよ酒井。あ〜腰いてぇ・・・」













家に帰ると俺は

真っ先にヘアピンを磨けるものを探した


それはティッシュでもタオルでもなんでもよかったのに

俺はCDを磨くやわらかい布で

傷つけないように丁寧にそれを拭いた


もう何ヶ月もシートの下にあったんだ

ほこりだけじゃなく油も少しついていたし

色も落ちているように見えた







俺はこれを、彼女に返しにいくことにした



リーダーに言ったら


「やめとけよ。今更会いにこられても困るだろ。もっとそれが高価なもんなら別だけどさ・・・」




人には人の価値観がある

これは少なくともあの頃の彼女にとっては大事なものだったはず

俺はリーダーに話しはしたが

行くか行かないか決めてもらおうとしたわけではない



行くと決めたら、行く、のだ。俺は。








































彼女の部屋まで行って

もしかしたら引っ越してるかもしれないから

名前が変わっていたら帰ろうと思った

もちろん、引っ越していたならそれ以上知る術はないから



普段指輪をしないリーダーが落とした指輪

それと一緒に出てきた彼女の忘れ物

偶然がかさなってできた彼女への道

そしてこれを逃したらもうやってこない

たった一本の、道なのだ









ピンポン


マンションまで行ったら、彼女はまだ住んでいた

名前は変わっていなかった


俺はそれを見て

ためらいなくインターホンを押した





「はい。」


ガチャ..



相手を確認せずにドアを開けるくせは

どうやら直っていないようだった

俺があんなに言ったのに


「・・・雄二。」

「よ。」

「・・・・」

「渡したい、ものがあって。」

「渡したいもの?」

「あぁ。」



ヘアピンを取り出そうとポケットに手を入れて

ふと下を向いたときに、俺は見てしまった


彼女の足元、玄関先には

男物の靴


俺の目線をたどって

彼女もそれを見ると

すこし気まずそうな顔になる



「なに?」

「・・・これ。覚えてる?」





俺は半分放心したように

ポケットからキレイに磨いたそれを出した


彼女の反応は思った以上に大きかった

息が止まったかと思うほどそれに釘付けになって

俺の顔と見比べていた





「なんか、出てきちゃってさ!」


思い切り大きな声を出してみた

彼女がハっとする



「リーダーが慣れない指輪なんかして俺の車乗るもんだから、お前みたいに落としてな。探してたら指輪じゃなくてこれ出てきたよ。」

「・・・そ、そう。」

「で、お前が、その、一生懸命探してたの、思い出して。」

「・・・うん。」

「で、持ってきた。」



彼女は”かなしそう”な顔をして

それを受け取った


愛しい顔、だった



そしてすこし困った顔をしたあと

苦しそうに笑って



「こんなの、わざわざ持ってくるなんて。ほんと、変わってないんだから。」

「な、なんだその言い方は!」

「ごめん。でも・・・ありがとう。嬉しい。」



そのヘアピンを愛しそうに指でなでながら

彼女はまた愛しい顔、をした







「・・・じゃあ。これで。」


俺は長居をすればするほど帰りづらくなる気がして

彼女の返事を待たずに背を向けた







「雄二!」




もう、戻れないなら


呼んでほしくなんかなかった



それなのに、それが嬉しくて仕方ないのは


やっぱり君が好きだから







俺はなんでもない顔でふりむくと

彼女はまた、愛しい顔、をして



「・・・元気?」

「元気だよ。」

「・・・鶴の写真、覚えてる?」

「あぁ。覚えてる。」

「あの瞬間は、二度とこない、んだよ。」

「あぁ。わかってる。ていうか・・・今わかった。」







こんなところまでのこのこやってきて

バカみたいだ


俺は足早に

もう二度と彼女に名を呼ばれないうちに

その場から消えたかった









そうだった



俺たちの”二度とこない、あの時”は

あの夕暮れの駅のホームだったんだ





あのとき、何も答えられなかったのは俺で

背を向けたのも俺だったのに

まだ彼女に背中から名を呼ばせるなんて

なんて情けない男なんだ、俺は





でも、やっぱり


普段指輪をしないリーダーが落とした指輪

それと一緒に出てきた彼女の忘れ物

紛れもない、彼女への道だった







会いに来てよかった


決して二度はやってこない瞬間


別れのとき













さよならだ、




























わかると思いますが、日常シリーズじゃありません。これが日常だったら酒井さん病気になります。
例え、今の自分ならあの頃よりうまく愛せるかもしれない、と思っても戻りたいと思ってはいけないと思うんです。
それじゃ前に進めないし、相手もしばることになる。やり直せる人もいるけれど、それは本当に数えるほど。
たいていの人が、何度も何度も一期一会を逃して今を生きてるんだから。
わたしもよく車のシートの下に小物を落とすんです。それで闇に葬られたものは数知れず、です。
ほんと、みなさん気をつけましょう。(お前だけだよ)



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