私の心の向う岸























「え、アメリカに!?」




早紀がパスタをからめていたフォークを

思いきり皿のうえに落とした



カチン、と鋭い音をたてる




「早紀、声が大きいよ!」





慌てて周りを見渡して

食堂の中がいつもどおりざわついている事を確認して

ほっと胸を撫で下ろして早紀に向き直る





「…ご、ごめん。驚いちゃって…、で、どうするの?」

「うん、来週返事しなくちゃいけないの。迷ってて…」

「そりゃ迷うわよ〜。それってあれでしょ?例のデザイナー発掘の」

「そう」

「…はぁ、すごいね。。さすがだよ」

「でも、いきなりその仕事じゃないの。藤井さんが担当になって、それに同行するの」

「藤井って、あの藤井担当!?やだ〜藤井さんとアメリカなんてうらやましい!」



早紀が突然にまた大声を出した

この子が興奮すると周りが見えなくなるのはいつものこと

悪い子ではないんだけれど

私はこういう時だけ、早紀のことが苦手になる





無邪気になりきれない自分の性格が

つくづくかわいくないと思ってしまうから





「どうしてうらやましいの?」

「だって藤井さんなんて海外事業部じゃめちゃくちゃ人気じゃない!」

「そうなんだ…」

ほんとに疎いよねぇそういうの。まぁ浩二くんがいるから当たり前かぁ」

「…」



黙ってしまった私を見て

早紀が身をのりだして、声のトーンを落とした



「浩二くんには、話した?」

「うん…」

「なんて?」

「行ってきたらいいって…」

「心広ぉ〜い」

「そう、だね」

「そうだよぉ、彼女と3年も離れちゃうんだよ?しかも自分より先にそんな大プロジェクトに参加するなんて普通は…」



そこまで言って、早紀ははっとして口を閉じた



「…ごめん。ヘンな意味じゃなくて…」

「いいの。気にしないで。」







もともと浩二と私は部署もちがうし、志すものも違っていた

だから、このプロジェクトに対して

私が先、とか、浩二が後、とか

そういう問題ではなかったけれど





でも、浩二は浩二でいつか私にこぼしていた





「この仕事が、自分に向いてないんじゃないか」って…



”うまくいかなくて行き詰まってるだけかもしれないんだ”

”でも、このままここでロボットみたいに使われてて何になるんだって”

”……たまに、そんなバカげた事考えたりする”

あの時、浩二はめずらしく私の目を見ずにさみしげに笑った





確かに、浩二のいる営業企画部というところは

人を人と思わない使い方をするという噂を耳にしたことがあった

私たちが入社した年に部長格の人間が入れ替わり

新しい部長は絶対に”部下を褒めない”やり方だった




それでも、

営業企画の業績は部長が変わったことにより急激にアップしたが

同時に反比例するかのようにやめた人間が多かったとか…







あの時の浩二のこぼした言葉がどこまで本気だったのかわからないけど

多かれ少なかれ、浩二が今の仕事に疑問を持ち始めていたのは事実



そんな時に、同時に入社した恋人は

確実にものにしたわけではないにしろ

目指していた目標達成へのチャンスを手に入れた…



しかも、自分がプロポーズをしたその日に…











その時、わたしは少しだけ何か心に引っかかるものを感じた





『自分の身の置き場に迷いを感じているような時に、浩二はどうしてプロポーズなんか…?』

















「やだ、。そんな深刻な顔しなーい!いい話じゃない。行った方がいいよぉ。」



考え込んでしまった私に、早紀は明るく言った



「浩二くんだって、純粋に嬉しいと思うよ。応援してくれると思う。」







私は曖昧にうなづいて

あの夜の浩二の言葉を思い出した



『応援してる。俺はずーっと、お前の味方だから。』





まっすぐに私を見つめて、笑顔で言ってくれたのに

私はあの日、やりきれなさとうしろめたさとで混乱して

その場から逃げ出してしまった



浩二があの夜、どんな思いで一人であの店から帰ったか

ようやく今思い返して胸が締め付けられた







私は、なんてひどいことをしてるんだろう…















不思議そうな目で私を見る早紀





「行こうか。」



私は今考えていたことを何も話さずに席を立った









こんな時に、プロポーズされたことや私が逃げ出してしまったことや

てつやの(初恋の人に再会してしまった)ことを

全て早紀のような友達に話せたらどんなに楽だろう



隣のテーブルにいたような

自分たちの恋の話に花を咲かせて

おおはしゃぎできるような女の子に

せめて私もなれれば





秘密主義というのではないけれど

私は自分の心の内を安易に人に見せることを

心のどこかでいつも禁じていた



話し出したらどこまで話していいのかわからない

どこまで他人を自分の心に踏み込ませていいのかわからない



そんな事、調整するようなことじゃないのに

もしくはたいていの人はそれを無意識にうまく調整して

ちょうどいい距離を保ちながら人と接してるのに



私はそれを自分の心のままに任せることができなかった



私には兄弟がいないから

日頃から進んで誰かに自分の話をする習慣がなかったせいかもしれない













その癖が、かえって自分を追いつめていくことに

私はいつも後になって気づいて後悔するんだ





誰にも心を見せないということは

いざという時に身動きができなくなるということ













あの時、痛いほどそれがわかったはずなのに

私は今でもそれが苦手で



小さな変わらぬ幸せを見つけたけれど

やっぱりすこし、不器用に生きている



























































    <<BACK        NEXT>>

SoulSerenale, TOP


photo by <凛-Rin->
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送