崩壊























関係が崩れてしまうのなんて

ほんの一瞬で、ほんの些細なこと


それはたいてい、崩れたあとに気づくもので

後悔というのはそういう風に生まれて

その繰り返しで人は変わっていく


自分を変えることは

誰にもそんなに簡単なことじゃないけど

大切な人を傷つけた時にだけ

人はその力を発揮するんだと思うんだ











社員食堂で早紀と話をしてから数日

わたしはずっと浩二のことを考えた





あの夜、わけも言わずにただ謝って

店を飛び出してしまった私を

浩二はどう思っただろう

あれから浩二はどうしただろう


ひとりで食事をしたのだろうか

それとも店の人に謝って

お金を払って帰ったのだろうか



出しかけたあの小さな高そうな”箱”をかばんにしまって

ひとりで、歩いて帰ったのだろうか









プロポーズの前

うれしそうに微笑む浩二を思い出す


私の異動の話を聞いて、瞳を曇らせた瞬間や


それでも応援するから、という力強い声




そのどれもに何ひとつも返さずに私は逃げた











何度も何度も、そんなことを考えて

目を強く閉じる



ごめん、ごめんね。浩二。











謝りたかった













これ以上浩二に「ごめん」を続けることは

浩二をますます傷つけることになるかもしれない


でも、私のあの夜の誠意のかけらもない態度を撤回したかった

あの夜の言い訳をさせてほしかった



”異動の話が出て、混乱してたんだ”と

”本当は、とても、うれしかった”と





混乱していた理由はそれだけじゃないにしろ

浩二に謝りたかった





それでもう一度話し合って

アメリカへ行く決意を固めたかった

























ある夜、わたしは浩二に電話をした











「もしもし」



浩二の声が、やけに懐かしい

あの夜からほんの3〜4日しか経っていないのに



「もしもし、起きてた?」

「起きてたよ。まだ9時だろ。」



電話の向こうの浩二は

いつも通りやさしくて、笑いながら言った



「明日、休みだよね?」

「うん。」

「あの、話したいことがあるんだけど。今から部屋に行ってもいい?」

「今からぁ?なら俺が行くよ。」

「いいよ、私が行く。私が用があるんだから。」

「そういう問題じゃねぇの。こんな夜道を危ないだろ。今行くから、待ってろ。」





電話は切れた

浩二は変わらずやさしかった





私はキッチンで準備をはじめた

浩二はブラックのコーヒーが飲めなくて

その代わり、私のいれるカフェオレが好物だった

ミルクの加減がちょうどいいとか、香りがいいとか

笑顔でほめちぎってくれる





”誰でも作れるわよ”と言いながらも

私は浩二の好きなカフェオレをいれられるのは自分だけだと

ひそかに自信を持っていた





今夜も、浩二がこれを飲んで笑顔になってくれることを

心の底から願いながら

カフェオレをいれる準備をした



























ピンポーン



15分ほど経ったときインターホンが鳴る

扉を開けると、息を切らした浩二が立っていた



「早かったわね。」

「自転車でもりこぎしてきた。」

「うわ、汗びっしょりじゃない。あがって。」



こめかみの汗を手のひらでぬぐって

浩二はいたずらっこみたいな顔をする



自分が意を決してプロポーズしたその日に

アメリカに行きたいなどと告白をした上

それ以上何も言わずに自分を置いて帰ってしまった恋人から

4日も間をあけて突然「話がある」なんて言われたら



そりゃぁ

浩二じゃなくても自転車をとばして汗だくでやってくるだろう





今、浩二は笑っているけど、心は乱れているだろうと思うと

早く、浩二の汗をふいてカフェオレを出してあげなきゃと

すこし焦った





「座って。今カフェオレいれるから。」

「サンキュ。タオル借りるよ。顔洗いたい。」

「どうぞ。」




私は、落ち着いてゆっくりとカフェオレをいれて

マグカップに注いだころに

洗面所から浩二が戻ってきた




「もう夜でも自転車こぐと暑いな。」

「”もりこぎ”でしょ?」

「そうそう。もりこぎ(笑)」





笑いながら浩二は椅子に座って

素直にカフェオレを待つ







私はもう一つのマグカップにもカフェオレを注いで


その間の時間が、すこし沈黙になる



























。」

「ん?」

「アメリカ、行くの?」



突然の核心にわたしは思わず振り返る



「…え?」

「俺もさ、話しなきゃとは思ってたんだけど。ホントに行くのか?」

「あの、その事なんだけど…」

「そりゃ寂しくないって言ったら嘘だけど、行ったらいいよ。せっかくのチャンスだし。」

「浩二、その前に…」

「結婚のことなら気にするな。あの日も言ったけど、離れたって俺変わらないし。」





浩二は私に口をはさませなかった

そんなことは初めてだった



浩二なりに、自分の気持ちに合わせて口調が荒れないように

必死に自分のペースを保っているんだとわかった



でも、私にもちゃんと言わなければいけないことがあった

あの日、浩二を置いて帰ってしまったことを

私はずっと、ずっと謝りたかった













「浩二、聞いて…」








「なんか………いい人も、いるみたいだし。」


































































浩二に聞こえるかと思うほど


心臓が波打った





耳を疑った





”なんか………いい人も、いるみたいだし”











確かめるように

今聞こえた浩二のセリフを頭の中で復唱する







……ドウイウ、イミ?





























一瞬てつやの顔が浮かぶ





























そしてつい、口をついて出てしまった























「どうして知ってるの…」



























































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