裏切り























「どうして…知ってるの?」









言ったあとに、しまったと思った



こういう時、私の土壇場の弱さが出てしまう

どうしてシラを切るくらいのことができないのか



それより、どうして浩二がてつやの事を知っているのか

その事にまず混乱した



とっさにカツさんの顔が浮かんで、裏切られた気分になる





当たり前のように浩二に隠し事をしていた私も悪いけど

10年も前の話、しかも事情を知らないカツさんが

勝手に浩二に話すなんて、ひどい…





そこまで考えて混乱したまま

私は浩二の顔をおそるおそる見た











浩二は私以上に大きな反応を見せた




心底、驚いた顔をして私を見ている

唇は半開きで、大きい瞳は見開かれた



言い出した張本人にしては

あまりに反応が妙だったけれど

私は自分の焦りにしか集中できずにいた











「…どういう意味?」

浩二はつぶやくように言う



「え…」

「ほんとに、いるんだ?」



言いながら浩二の唇が震えるのがわかる



「違うの…。カツさんから聞いたの?だったら誤解だよ。」

「…親父が?」

「てつやの事でしょ?わたしとてつやは何にもない。本当だよ。」



実際、わたしの一方的な気持ちで

てつやとは再会してから何かあったわけではなかった



イチから全部説明すれば、まだ間に合うととっさに思った










「てつや…?」

「てつやは、確かにただの知り合いじゃなかったけど…でも、10年も前に終わった話で…」

…」

「初恋の人だったの。仕方なかったの!ただあんまり、いい終わり方をしてなかったから…」

、ちょっと待った…」

「忘れてないのは私の方で、もう何にも関係ないの!」

「落ち着けって!!!」




両肩をつよく揺さぶられて

ようやく私の口は止まった




顔をあげて浩二を見て思った











あぁ、手遅れだ…















浩二は、私を落ち着かせようとしていながら

自分自身を落ち着かせるように必死で肩で息をついて



それでも顔は、あげられずに

わたしにすがるように肩においた手に力をこめた









「…てつやって、誰だ?」

「…え?」

「…俺、聞いちゃいけない事聞いた…のかな。」



浩二の口調には、かすれたような頼りない笑いがこもる





はじめは浩二の言っていることがわからなかった

浩二は、はじめからてつやのことを言っていたのではなかったの?






そう考えて、一瞬おくれて私の背中に冷や汗がにじむ







「俺が聞いたのは、早紀ちゃんだよ。親父じゃない。」




思わぬ名前だった

早紀?


私は早紀にはてつやの話をした覚えはなかった




「早紀ちゃんと今日たまたま喋ってて、お前の話になってさ。」

「……」

「アメリカの話、藤井っていうイケメンが一緒なんだって聞いて。」

「……」

「うらやましいよねって笑ってたんだ。一緒に。早紀ちゃんも冗談のつもりだったんだよ。」

「……」

「今のだって、冗談のつもりで……」













そこまで聞いて






私はついに自分のあまりに愚かな失敗に気づいて


唇をかみしめた







墓穴を掘るとはこのこと













「なのに、誰だよてつやって!!!」





























浩二が顔をあげて

また強く私の肩を揺さぶった







とても、傷ついた顔だった









































そうか





浩二はもともと、てつやの存在などこれっぽっちも知りはしなかったんだ









早紀と「藤井さんっていうイケメンと一緒なんだって、うらやましいよね」なんて

いかにも早紀の言いそうな冗談を言い合って

それをアメリカへ行ってしまう私への、ほんのわずかな抵抗のつもりで

「……いい人も、いるみたいだし」なんて

浩二らしい、いじらしい程度の嫌味を言ってみただけだった



やましい心がある私が聞いたら

そのセリフは動揺するには充分すぎるセリフだったけど





今思えば、あんな仕事をしているてつやが時間を見つけては

カツさんのところに愚痴りに来るくらいなんだから

カツさんの口の堅さがずっとずっと信頼できるものだって

わかっていたはずなのに











さっきの自分の言ったセリフを思い返した





”確かにただの知り合いじゃなかったけど…でも、10年も前に終わった話で…”

”忘れてないのは私の方で、もう何にも関係ないの!”





寝耳に水の浩二にこんなセリフを浴びせてしまったんだ







もう今更、なんの言い訳をしても



もう、手遅れだ











私のことを一番に思って

「アメリカに行け」と背中を押してくれた浩二を



私はいともあっさりと裏切ってしまった





































































二人とも、放心していた











私の口は、大切な人を



そして、私自身をも裏切った











浩二はすこしため息をついて

ゆっくり、動いて

自分のポケットから小さな箱を取り出した



それを見て私の心は尋常じゃなく騒いだ





「置いてくから。これ。」


意外すぎる言葉だった


「え?」

「言ったろ。俺の気持ちは変わらない。」

「でも…」

「アメリカなんか行くな。」


静かに浩二は言い放った



低い、低い声だった

表情は、見えなかった



心の底から、聞こえた声のような気がした

















「…どこにも、行かないでくれ。」

















それがはじめて、浩二が言ったわがままだった



































浩二はうなだれるように両手をテーブルについて首をたれた

必死になにかをこらえているのが伝わってくる

















長い長い沈黙の間



浩二はもう一度だけ











「行かないでくれ。」






と、つぶやいて






それは消えそうなほど小さくて

かえって私の心に強く残った





















普段人に心の内を見せないから

こうしてふいに心の内側をめくられると

抵抗ができなくて

全てさらけ出すまでに見られてしまう





私が、人間として生きていく中で

一番恐れていることだった



























































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