正反対のふたり























翌日、私は抜け殻のような体で

お店へアルバイトへ出かけた





浩二がお父さんであるカツさんに昨夜の事を話しているとは思えないけど

プロポーズをした事すら見抜いていたカツさんだから

昨夜から一度でも浩二と顔を合わせてさえいれば

きっと何かがあったことくらいは見抜かれてしまうだろうと思った



浩二は嘘がつけない



うれしいときにはどんな状況でも必ず笑顔になるし

逆に、つらい事や気がかりな事があると

必ず自分でも気づかないうちに眉間にしわを寄せていたりした



「何かあったの」と聞くと

いつもより少し優しい笑顔でなんでもないよと言い

深く、深く追求するとようやく唇をかんで

と親父にだけはかなわないな」とバツが悪そうに笑うのだった





強がることも、人に必要以上甘えないことも癖みたいになっていた浩二が

私に本心を話してくれるのがうれしかったし

わがままこそ言わないけれど、他の人には見せない顔を見せてくれるのも

きっと、カツさん以外には私だけだったはず



そんな私が、浩二をあそこまで傷つけた







あれだけ傷つかなきゃいけないほど、浩二が一体何をしたというんだろう





















「ごめん…」



あの夜

低くつぶやいて、浩二はようやく顔をあげた

何か言いたいことを、もしくは涙をこらえていたせいか

唇に一瞬、噛んだ白い痕が残って

すぐに消えた


「そんな、浩二が謝るようなこと…」


かと言って、ここで私が謝っていたら

私がてつやと何か関係があると認めることになる



そんな事実はまずこれっぱかりもないし

浩二をこれ以上突き落とすような事はできなかった





それに、浩二の”ごめん”の意味はなんとなくわかった





『わがまま言って、ごめん』





アメリカに行ってほしくない、と

浩二は思っていても絶対に口にしないだろうと思っていた

逆に私がそれに甘えていたのかもしれないけど

浩二本人にとっても、あのセリフは不本意だったに違いない



私は、そんなセリフを言わせた自分を責めた







浩二が何も言わずに帰っていったあとも

自分を責めて責めて、責めた





浩二が結局飲めなかったカフェオレは

時間をかけて冷めていった



















































「こんばんは」



お店に入ると、カツさんがいつもの笑顔で迎えてくれた



「オス」

「ちょっと遅れちゃったかな」

「そんな事はない」



ふ、と優しく微笑むカツさんを見て

また心がちくりと痛む






「今日、あいつが来るぞ」

「あいつ?」

「テツだよ」









来て早々、帰りたくなった

泣きたくなった



どうして、こんな時に…









返事もできないでいる私に

カツさんが並べていたグラスを置いて

カウンターに手をついて私を見た




「菜緒ちゃん、大丈夫か。」

「…なにがですか」

「俺が訊いてる。何かあったのか?」





カツさんの方を見れずに、呆然と服のすそをいじる私に

カツさんはおだやかに言った





「テツに会うのが嫌なら今日は帰ってもいいぞ。」

「え?」

「今、テツの名前出した途端に露骨にいやな顔したろ。」

「…あ、そんなつもりは、別に。」

「あいつもズケズケとモノを言うから、俺も二人が顔を合わせる時は内心ヒヤヒヤするんだ。」

「…すみません、ご心配かけて」

ちゃんが謝ることはないさ。再会したことは不可抗力だ。」

「…」

「ま、何があったかは知らんけどな。ちゃんも好きでうちの店に来てくれてるんだから、落ち着いて仕事ができないなら不本意だろうに。」







そうなんだ



カツさんだって何も私を好きで雇っているわけじゃない

私が頼んで雇ってもらっているんだから

テツが客として来る事はしかたがないとしても

私情を持ち込んで仕事中にキョロキョロしたりオロオロしたり

ため息ばかりつかれたんでは、他でもないカツさんに迷惑だ







「…すみません。本当に、すみません。今日のところは…」

「わかった。あんまり気にするなよ。本業に支障が出るぞ。」





カツさんが笑顔で仕事に戻ろうとしたときに

私はもう一度カツさんに向き直る





「あの…」

「なんだ?」

「…私、浩二のこと、好きですから。」




一瞬手を止めて、カツさんがあきれたような、嬉しそうな顔をする




「俺に言ったってしょうがないだろ。本人に言ってやれ。あいつ、昨日からしょげてて話にならん。」

「…そうですね。でも、もう…。」

「転勤のことでもめたのか?」

「それもある…けど、私、言っちゃいけない事を言っちゃって」

「てつやの事か」

「…本当は何にもないのに、私の気持ちが揺れてるだけに色々、口走っちゃって…」









もう一度自分の失敗を振り返ったことで

また少し、唇が震えた











すこし黙っていたあと

カツさんは静かに言った











「あいつ、たまに赤ん坊返りするんだよな」

「え?」

「浩二だよ。母親がいないだろ。一番つっぱってた頃に亡くしてるから、持て余してるんだ。自分のわがままを」

「…」

「家族が欲しいんだよ。ちゃんへのプロポーズも、あいつ何か確かなもんが欲しかったんじゃないかと思う。焦るこたぁないのにな」







昨夜聞いた浩二のはじめてのわがまま



”どこにも、行かないでくれ”



ひどく耳に残っていて離れない

母親を亡くした時、浩二は涙を流せたのだろうか

と、思ってみる





「で、今はテツには会えないわけだな」

「会えないわけじゃないんだけど…」

「考える余裕がないんだろう。仕方ないよ。テツには適当に言っておく」

「え?」

「あいつ、今日ちゃんが入るの知ってて来るみたいだから」

「…」



どういう反応をしていいのか迷う



ちゃんが気にすることはない。あいつはあいつで、欲しいもの全部手に入れたいタチみたいだから、ちょっとは現実の厳しさを知らんとな」

「…浩二とは正反対ですよね」

「みたいだな。浩二は欲しいものを我慢するタイプだ。親の俺としては少々寂しいが、仕方ない。男親だけで育てるとそうなっちまうらしい」

「そんな事ない。浩二はカツさんをとても頼りにしてるし、いい意味で甘えてると思う。自分でも言っていたもの。自分でも情けないけど、父親にはかなわない、って」



カツさんはすこし、照れたような、はにかんだような

父親の微笑みを浮かべた























その時、今日一番のお客さんが入ってくる


仕事帰りのカップルだった





「いらっしゃい。…さぁ、そうと決まったら早く帰んな。テツが来るぞ」



カツさんが私に小声でそう言ったので

私はもう一度カツさんに謝って、お店を出ようとした





















店を出る時に入ってきたカップル客とすれ違う













































「ねぇ、今外にいたのってゴスペラーズの人じゃない?」

「え、あのぼーっと突っ立ってた奴?」



























































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