知りたい























「酔っぱらった。帰ろ」





てつやはそっけなく言って

わたし達は店を出た



お代は全ててつやが出してくれた



私は店を出たあとに何度も遠慮したけど

てつやは頑として私からお金を受け取らなかった



最後には、あまりにしつこい私に

「お前もたいがいガキだな」

と、冷たい目を向けたので

私は大人しくならざるを得なくなった





拾おうと思えばすぐにタクシーは拾えたのに

わたし達はしばらくふたりで歩いた



春の夜の風はひんやりと軽やかで

私の脈打っていた頭の中は、すこしずつ時間をかけて

覚めていくようだった







ただ、肩を並べてはいなかった


てつやの2歩ほど後ろを

わたしは黙ってついていった





































10年前のある夜を境に


私たちは、ふたりで並んで歩くことも許されなくなった

















































ガッ



「お父さん!」






玄関先の路上



てつやは左から顔に一撃をくらって

体のバランスを崩しながらも

なんとかその場に倒れるのだけは踏みとどまる



あの日は確か、寒い冬の日で

てつやが首に巻いていたマフラーがはらりと地面に落ちた

私はそれを拾い上げて、てつやに駆け寄る



てつやは首をななめにやったまま呆然として顔をあげない

顔をしかめて、唇をかみしめるのが見える



「てっちゃん!大丈夫?」



母親が必死に父親をおさえている

「あなた、お願い、落ち着いて…お願いだから」


母親の低いすがるような声を遮って

けたたましい怒鳴り声が響く




「娘をこんな時間まで連れ回して、どういうつもりだっ」

「あなた、前にが言ってたじゃないですか。塾の帰りを送ってくだすってるって…」

「どうしていつもより30分も遅いんだ、どこへ行ってた?!」

だって、すこしくらい羽根をのばしたい時もあるのよ…」



母親が私をかばって悲痛な声をあげる



私が口答えをしようものなら

てつやが帰ったあとには今度は私自身に同じような罵倒が繰り返される


それをわかっている母親は

絶対に私に口をはさませなかった


自分がクッションになって

どうにか父親の気分と口調を荒立てないよういつも気を遣っている





そんな母親がかわいそうでもあり

同時に、たまにとても鬱陶しかった









父親は、はじめからてつやをよく思ってはいなかった



そもそも、大学生という人種自体が”人生で一番バカになる時だ”とか

”毎晩のように遊び歩いているんだ”とか

ろくなイメージを持っていなかったようで

必要以上にてつやに対して厳しかった





















「…てぇ」



押し殺すようなてつやの声に振り返ると

てつやの口元には少しだけれど真っ赤な血がにじんでいた



それを見て、私の中で生まれてはじめて

父親に対しておさえきれないほどの怒りが生まれた

血液という血液が逆流するような感覚





「…どうして、こんなひどい事…」



私のつぶやくような声に母親がハっとして振り返る



?」

「…たったの30分くらい何だって言うの」

、やめなさいっ」

「塾が長引いてたのよ」

「ね、あなた。聞いたでしょう?授業が長引いてたんですって…」

「お母さんは黙ってて」



わたしは父親をまっすぐに振り返った

父親の吐く息が、いやに白く光っていて怖かったのを覚えてる



「この寒い中、てつやは私を駅で待っててくれたんだよ」

「…」

「その彼に…なんてことを…」





なにしろ生まれてはじめて父親に反抗をした私は

どんな言葉をぶつけていいのかわからずに

ただてつやを守るように立ちはだかって

唇をかみしめながら、父親を睨みつけた

























その時





、もう、いいから」





背後でてつやが低い声を出す



「よくないよ」

「もう、いい。ちょっとそこどいてくれ」

「全然よくないよ!」

!」



はじめて、てつやが私を叱るような声で呼んだ



ひるんだ私を片手で守るようにうしろにやり

今度はてつやが私と父親の間に立つ



父親よりすこしだけ背の高いてつやは

いつもの癖の、人を見下ろすような姿勢をせずに

終始うつむいていた



父親はものすごい形相でてつやを睨みつけ

母親は、父親のななめうしろで父親の左腕を力なく掴んだまま

何が起こるのかと不安な表情で

てつやの行動を見守った



私も、てつやの背後で

一体なにを言い出すのかと不安な気持ちになった



























しばらくの沈黙のあと



てつやはゆっくりとつぶやいた

















「遅くなって、すみません、でした」

















私が耳を疑ったのと同時に


てつやは、私の父親に、深く頭を下げた











「授業が延びていたのは本当です。僕がもう少し考えて、連絡をさせるべきでした。…すみません」

















てつやが謝るようなことは何もなかったはずなのに

てつやは、私を守ってくれた




あの夜、てつやが帰ったあと

結局父親はそれ以上怒ったりはしなかった



でも、私は塾をやめさせられて

てつやと逢える時間は、いっきに減ることになり

私たち二人に最後の別れが訪れたのは

その夜からたった1ヶ月後のことだった・・・











































































「てつや…」





私の前を歩く、大人になったてつやに呼びかける





「ん?」


てつやは顔だけこちらを振り返った

私はうつむいて呟くように訊いた





「…30分、遅れて家に帰った日のこと。覚えてる?」

「…なんだよ、急に」

「覚えてる?」

「忘れるわけねぇだろ。彼女の父親に殴られたなんてあれ一度きりだよ」

「……」

「それがどうしかしたか」

「……」



どうしたというわけではなかった


ただ、こんな風に、外をふたりで肩を並べて歩くなんて

もう二度と叶わないことだと

あの夜、思ったのに…





と、思うと………







































「………ごめんね」











最後が涙声になってしまったのがわかった











私は


何を


泣いているの



























わたしがそう言ったあと

てつやは5,6歩歩いて、足を止めた



そして、ゆっくり振り返る



今度は顔だけでなく

きちんと、体ごとこちらを向き直って

わたしの顔をサングラスの奥からじっと見つめた





「あの時も、俺言ったよな」

「…え?」

「お前が謝るような事じゃないって」

「…そう、だったね」

「お前は最初っから最後まで、何にも悪くなかった」

「……」

「俺が、せめてもう少し…」




てつやはそう言うと黙ってしまった

目は私を見つめたまま

唇をかみしめて、何かを押し殺しているのがわかる




「……なに?」







あふれそうな涙をこらえて

私はてつやの言葉を待った




再会してから、約一ヶ月

数回こうして見つめ合って話をする機会はあったけど

てつやはいつも心の裏側になにかを隠して私と向き合っていた



何かを押し殺して

それでも、何か言いたげで

いつも、その瞳はサングラスに隠されて

どんな目で私を見ているのかわからずにいた













今、


てつやが私になにかを言おうとしている







わたしは、てつやの言葉を


一言たりとも聞き逃すまいと


すがるような目で、待った





































「……なんにもない。帰ろう。」







ふと、てつやは強引に視線を私から引きはがして

自分勝手なタイミングで向き直って歩き出してしまった















その時わたしは

体中の力が、足元からすくわれるようにして

すーっと抜けていく気がした





落胆していた

















































その夜

家に帰ると浩二から留守番電話に伝言が残っていた


携帯には着信は一度もなく

わざわざ家の電話に伝言を残したことが

浩二が何か言いづらいことを言おうとしているとわかった


伝言は短かかった



『明日、休みだよな。会えるなら、連絡くれ。』



それだけ言い終わったあと

まだ何か言いたそうな沈黙のあと

録音は切れていた

























































































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