Beginning.























、そういえばこないだの件だけど。」




その夜、昨夜の埋めあわせにと

浩二に誘われて夕食に出かけた





会社と浩二の家の間のちょうど中間地点にある

店の造りはレトロで、メニューは本格派のイタリアン

わたしのお気に入りで、月に5回は来るお店



店に入っていつもの窓際の席について

メニューを眺めていたら、浩二が突然に切り出した





「こないだの件て?」

「ほら、親父の店手伝いたいっていう・・・。」

「あぁ!聞いてくれた?」

「親父は大歓迎だってさ。逆にこっちから頼みたいって。」

「本当!?じゃあ、明日からでも!」

「明日から?大丈夫かよ?」

「平気。生産計画が今日ちょうど目処がついたの。」

「あんまり無理するなよ。こないだ風邪治ったとこだろ。」

「大丈夫!ね、明日からいいでしょ?」

「親父は、喜ぶと思うけど。」

「決まりね。」



わたしは満面の笑顔でメニューに視線を戻した







浩二のお父さんは、わたしの部屋の近所の

小さな洋風居酒屋を経営している



以前浩二に連れて行ってもらって

わたしは一度でその店の素敵なたたずまいに惚れ込み

仕事を終えたあとの数時間お店のお手伝いができないかと

お父さんに聞いてもらえるよう浩二に頼んだ





「やめとけよ。俺の親父偏屈だぞ。それでバイトが次々と5人辞めたんだから。」



はじめに頼んだときの浩二の第一声はこれだった



それにお前、そんなに働かなくてもいい給料もらえてんだから。

体こわすからやめとけって。

悪いことは言わないから。



浩二はしつこいほどにわたしをなだめたけれど

わたしの決意は変わらなかった



お金はいらないわよ。

それに偏屈って言っても浩二のお父さんでしょ?

絶対にうまくいくから大丈夫。



わたしの言葉に、浩二の方がついに折れた

















「それにしてもお前ってほんと、働くの好きなー。」

「ん?」



浩二が、好物のサーモンのクリームパスタをほおばりながら

わたしを上目遣いで見て言う



「いや、仕事だって同期の中じゃ一番のスピード出世だろ?後輩の仕事まで引き受けるし、その上あの偏屈親父のお手伝いとはねぇ・・・。」

「いいじゃない。外に出るのが好きなのよ。」

「まぁ、いいことだけどな。無理だけはすんな。」

「わかってる。」





















わたしが外に出るのが好きなのは

大学までろくに自由がなかったことからの反動





ずっと自分は恵まれている子供だと思ってきたのが

10年前のあの夜から、自分の力で生きていきたいと思うようになってしまった



自分を守ってくれる、しあわせにしてくれる存在だったはずの親が

あの日、わたしのしあわせを根こそぎ奪っていった





見えないところで、知らないうちに、ごっそりと



























親の力はできるだけ借りたくないという思いは浩二もわかってくれていた







ただ、なぜそう思うようになったのか

その理由は、もちろん話せないままでいる





























もし話したら、今のしあわせは壊れるかもしれない



壊れないとしても、見えない亀裂がはしるのが怖かった

















もし話したら

10年間、悲しくて、悲しくて悲しくて、忘れようとしてきた

たったひとつの答えに

たどりついてしまうから・・・
























































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