接触























「で、その彼女がだったわけ?」



月曜の夜は一週間の中では客は少ない方で

仕事が終わった後、めずらしく息子は店のカウンターに座って

俺の話をおとなしく聞いて 聞き終わると無表情でそう言った



「そうとは言ってない。お前がてつやってどんな奴だって聞いたから、俺の知ってるてつやについて話しただけだ」

「多分、そうなんだろうな・・・」

「変な憶測でちゃんを責めるなよ」



俺の冷めた反応に、浩二は眉をしかめてため息をつく





「・・・親父から見て、あの二人は再会した後どんな感じだったの」

「そうだな。あくまで俺の目から見た感じだと・・・知り合いの割にはよそよそしかったな。特にちゃんが」

が?」

「テツのことが嫌いなのかと思ったくらいだよ」

「・・・」





そこまで聞いて浩二は俺から目をそらし

手のひらを額に当ててうつむいた





「・・・は、奴が好きなんだ」

唇をかむのが見える


「・・・そうか」

「でもさ、初恋の相手なんて再会すれば誰だって揺れるもんだよ」

「それも一理あるがな、問題は別れ方だよ」

「・・・」

「10年経ってはいるものの、テツもちゃんも本当に整理できてたかと言ったらそうは思えない。若い二人だ。せいぜい無理に気持ち押し殺すくらいしかできんかっただろうよ」

「・・・」

「・・・まぁ、テツの言ってた相手がちゃんだったらと仮定しての話だがな」









苦しそうな、息子の顔をあまり見ないように俺は話した

もちろん、浩二には幸せになってほしかった

はやく家族を作って、守るものを得て

俺よりも強くなってほしかった





だが、俺が妻を失って

絶望の淵からもう一度店を開こうと思わせてくれたのは

他でもない、テツのあの言葉で

約束のひとつも果たせずに引き裂かれたふたりが

この店で再会したことに意味を感じずにはいられないのだ





要はどちらに観点を置くかが問題で

別れさせられたふたりを思えば、浩二がいくら自分の息子でも

話は全く別問題になる









「もちろん俺は、お前が別れればいいなんてこれっぽっちも思っちゃいないが男と女はなるようにしかならん。
無理矢理引き離そうとだけはするな。強い川の流れにさからうのと同じだ。なんの為にもならん」





どちらの味方につくこともできなかった

実際、テツの気持ちも、ちゃんの気持ちも俺は知らない





ただ、ただ俺は、あの二人によってこの店が今生かされている気がしてならない

テツが、まだあの約束を忘れていないのなら

それだけでも叶えてやりたいと思った





























その時、唐突に店の扉が開く





「空いてる?」





ふたりの男が店に入ってくる

振り返って、俺は一瞬で嫌な汗をかく













なんてタイミングが悪いんだ

















「いらっしゃい」



テツはどうやらメンバーの一人らしい男を連れて

いつものカウンターに座る



もっとも、いつもの特等席には浩二が座っているために

その隣をひとつ空けて座ったが

テツは、もちろんそれが浩二だとは気付いていない





「カツさん、いつもの。こいつは安岡」

「ども」



テツの連れてきた男は、愛想よく俺に会釈する

俺は平常心を装って、軽く微笑みを返す





浩二はというと、テツの横顔を盗み見ていた

それがさっきまで話題にしていた「てつや」だとは気付かずに

ゴスペラーズのリーダーであることだけにピンときたらしい











俺は、このまま二人が接触せずに事なきをえるのを願った

俺にできることはなにもない







テツは、ちゃんの恋人が俺の息子であることは知っている

知らないのは、浩二の顔だけ



そして浩二が知らないのは

「てつや」というのが 「ゴスペラーズのリーダー、村上てつや」だということだけ





























その時、決定的な一言がテツの口から出た

























は?」











一瞬が、とても長く感じた



俺は「今日はいない」とだけ答え

テツに灰皿を出したついでに浩二の顔を盗み見る



浩二は見てはいけないものを見たような目つきでじっとしている

なんらかの予感が走ったようだが

まだ確信には至っていない



今、テツにまで気付かせるわけにはいかなかった

テツの気持ちがわからない俺には、どんなフォローもいれてやることができないから













って誰?」


テツの連れがすかさず訊いた







平常心を装ってグラスを拭きながら

俺はテツが答える前にすかさず浩二に声をかける


「お前、用事があるんじゃなかったか。帰らなくていいのか」


浩二にその場を去るように促すが

浩二は席から動こうとしない


テツの返答を耳をすませて待っているのだ


やがてテツが返事を返す













「バイトの子」

「けど、その名前どっかで聞いたことあるよ俺」

「よく覚えてんなお前」

「あ、やっぱり俺の知ってる子?」

「お前は知らないと思うけど・・・名前は教えたことあるよ」

「いつ?」

「・・・10年ぐらい、前かな」

















































ガタン









浩二はおもむろに立ち上がる

その勢いに、テツもその連れも

つい浩二の方を注目する



浩二は一度だけ、長く息を吐いて

ちらりとテツを見やってすぐに目をそらし

足早に店の出口へ向かう





扉を開けて立ち止まると

俺をまっすぐ振り返って口を開いた



































「また来るよ。親父」





































テツが、浩二から俺に視線をうつすのが、 視界の端に写った

























































































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