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乾杯























人が、過ちを犯さないように

神様はいつも見ていてくれて

手遅れにならないように

そっと手を貸してくれるんだと思う



もし、本当に神様がいて

私にも手を貸してくれたのだとしたら



それはきっと

私と、あの人の時間を

少しだけずらしてくれたことだと思う





今、そう思う

























・・・」


店に入るなり、てつやは私に気づいて名を呼んだ



「こんばんは。今日、仕事は?」

「・・・あぁ、この後あるから、一杯飲んですぐ出る」

「飲んで仕事行くの?」

「一杯ぐらいかまわねぇよ。仕事っつっても歌う仕事じゃねぇし」



てつやは当たり前のように、私の隣に座る



「お前何飲んでんの」

「カツさん特製の辛口ジンジャーエール」

「はぁ?お前ってさ、ほんとに飲めないわけ?一滴も?」

「飲めるけど・・・得意じゃないから、特別な日にしか飲まないことにしてるの」

「なんだよ特別な日って」



弱々しくではあるけれどハハっと笑って

私にすこし、微笑んでくれた


それだけで舞い上がりそうな気持ちを必死に抑える






煙草に火をつける


その仕草をじっと見守る





「何見とれてんの」

「見とれてないわよ。その・・・いつから吸ってるのかなぁと思って」

「あぁ、大学の頃はもう吸ってたよ」

「うそ?知らなかった」

「お前の前で吸わなかっただけ」

「どうして?」

「どうしてって、お前。高校生のお前を煙草の匂いつけてあの家に帰す勇気はなかったね、俺は」

「ああ。そゆことか」

「ほんっとにわかってんのかねーこの人」



あきれたように肩をすくめて

てつやは出されたグラスに口をつける



「お前は吸わないの」

「吸わない」

「一度も?」

「えぇ」

「彼氏は」

「・・・吸わないわ」

「ふぅん」



なんだか浩二とてつやを比較されたみたいで

すこしだけ、居心地が悪くなる



私の気持ちなんておかまいなしでてつやは続ける



「もうあの家には住んでないんだろ?」

「うん。実家と会社は近かったんだけど、一人暮らししてる」

「よくあの親父さんが許したな」

「今の会社に入れたら、家を出るって約束してたの」

「なるほどね。お前んとこ大手だもんな」

「そんな事ないけど・・・私が目標持ってやってるのを見て安心したんじゃないかな」

「彼氏とは会ったの?親父さん」

「・・・2回くらい」

「で、反応は?」

「・・・特に何も」



私の父親は、決して他人を褒めない

だから、特に申し分ない人間に対しては敢えてノーコメントなのだ





「ふぅん。ま、俺よりはマシってことだな」





てつやも、それはなんとなくわかっている









「実はさ、お前に再会して、ここでバイトしてるって知って・・・なんつーか嬉しかったんだ」

「嬉しかった?」

「いや、もしまだあの家であの頃と同じ生活してるとしたら、こんな時間にバイトなんてさせてもらえなかったろ?」

「確かにね」

「だから、なんつーかな・・・あぁ、”自立したんだな”ってなんとなくわかって。嬉しかったっていうか、ホっとした」

「心配、してくれたんだね」

「まぁね。・・・親父さん恨んで、険悪にでもなってなきゃいいけどとは思ってた」

「大丈夫よ。・・・確かにお父さんに怒りはあったけど、だからってどうする事もできなかったの」

「子供だったしな。お互い」







てつやの軽いものの言い方に、すこし傷ついた









子供だった、で片づけてしまわないで



子供だったから”離ればなれになってしまった”とは思えても

子供だったから”てつやを好きになった”とは、決して思いたくない





確かに何も知らずに恋をしたと言われれば、そうかもしれないけど


今、もう一度てつやに恋をしたのも事実



私はあの頃の延長で恋をしてるわけでも

あの頃の自分を癒したくて恋をしてるわけでもないの

どうしても、今の私を見てほしかった





カツさんがタイミングよく他のお客さんのオーダーをとりに

カウンターの中から姿を消す













「てつや、私、アメリカ行くの」





てつやははっとして振り返る

あきらかにその顔にはとまどいが見えたけど

てつやはそれを隠すように私から目をそらす





「決めたんか。いつから」

「一ヶ月後」

「お、急だな」

「まあね」

「彼氏とは話まとまったのか」



私はジンジャーエールに浮いた輪切りレモンを

ストローでつつきながら

必死に言葉を探した



実は、浩二には何も話してはいない

決心が固まったことも話していなければ、課長に返事をしたことも

ましてやこうしててつやに先に報告をしていることなど

知る由もない





数日前の、てつやの言葉がよぎる

それから、そのときのてつやの複雑な瞳も





                 ”しあわせになれよ。今度こそ”













「うん。まとまったわよ」

「・・・そっか」

「うん。大丈夫」



私は5年間で身に付いた、仕事でよく使う営業用の笑顔を

こちらを見ていないてつやに向けた

てつやはそれを横目でちらりと見て

皮肉な笑みで唇の端を歪ませた



てつやにそんな作った笑顔を向けたのははじめてで

10年前はそんな必要もなければ、そんな笑顔の作り方すら知らなかった













その時、ちょうどカツさんがカウンターの中に戻ってくる



てつやは割り切るように大きくて大げさなため息で

煙草の煙をいっきに吐き出して

やけに大きな声を出した





「ちゃんと仕事もしてるみたいだし。立派立派」

「偉そうにー」

「お?俺は偉いよ?お前に恋愛という特別科目を教えてやったんだからな」

「何それ、クサッ」

「お前の通ってたお嬢学校では教えてくれなかったろ」

「悪かったわね。”時代錯誤な学校”で」

「あれ?何、お前まだ10年前の言葉根に持ってるわけ?小せぇ女だな」

「あれだけ毎日連発されたんだから覚えてるわよ!」

「学校迎えに行っても他人のフリされるわ、街中で手もつなげねぇわ。文句の一つも言いたくなるって」

「はいはい、ごめんなさいねぇ」

「よっぽど惚れてなきゃできねぇよ。今時の大学生があんなつきあい方」

「何か言った?」

「はいはい、何でもねぇよ。それよりさ、お前特別な日しか飲まねぇっつったな。カツさん、一杯作ってやって」

「え!?何、なんで!?」

「たっけぇ声出すなよ耳元で。お前の自立を祝って、今夜は俺がおごってやる」

「社会人5年目で突然祝われても・・・」

「んな事はわかってる。お前がそうやって自分の道切り開いてやってるってわかって俺はこれでも嬉しいだよ」

「・・・」

「だから黙って飲めよ。カツさん!頼むぞ!」

「わかったよ。テツ、声でかいぞ」







機嫌のよさそうなてつやの横顔を盗み見る

それを見ていたら大人しくならざるを得なくなって

私は黙って待っていると、間もなく目の前にてつやと同じものが置かれた



それを見て、てつやはすばやく煙草を灰皿にもみ消して

自分のグラスを持ってこちらに傾けた


そして照れ笑いをかみ殺したような顔で







「・・・おつかれさん」

と、低い声でつぶやいた




「てつやも、夢、叶ってよかったね」


5年前

テレビで再びてつやを見つけてから

本当はずっと言いたかった





「おめでとう」















かちん



二人だけの乾杯の音が

私たちの周りだけで細く響いた


店内の照明のあたたかな光がグラスの中で反射して

私の瞳に映って、キラキラと輝く




そのまま時間が止まってしまえばいいのに、と

わたしは生まれてはじめてそんな思いでいた



こんなに、満たされた気持ちになったのは

はじめてかもしれない

























































私は、その時知らなかった



この乾杯の意味を













私は、この時忘れてしまっていた



10年前の小さな



小さな約束を・・・























































































































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