父子の隙間























浩二が店に一人で来たのは今日で2度目だった



俺は来いとも来るなとも言わない

あいつがハタチになったときも

別段誘ったりもしなかった



向かい合って話したことなど一度もない

妻が死んだあの夜

「どうしてもっと早く来なかったんだよ」と俺を睨みつけた

あの浩二の赤い目が俺を永遠に拒絶しているようで

たったひとりの息子に、俺は距離を置いてきた



でもその報いが今日

俺に返ってくることになる








「お前、最近仕事いってるのか」
「いってない。・・・もう行かないかも」
「何言ってるんだ、お前は」



おおげさにため息をついてやる



カウンターに座った浩二は

グラスを片手でかたむけながら続けた

めずらしく他に客はいない



「やりたくもない事をダラダラ続けててもさ、意味もなく」
「仕事ってのは我慢の連続だ」
「親父は好きなことやってんじゃねぇかよ」
「好きなことを仕事にできてるからだよ。そうしたければその努力をしろ」
「・・・」
「お前のは逃げだよ。女にフラれたぐらいで仕事をやめるバカがどこにいる」



どうしても男同士というのはこうなってしまうのか

俺にやさしさが足りないのか

浩二はうらめしそうに俺を見た



「・・・、最近バイト入ってないのか?」
「あぁ、準備や手続きで忙しいそうだ」
「アメリカなんか行かなきゃいいのに」



俺は息子の卑屈のものの言い方にがっかりした



「まだそんな事言ってるのか」
「・・・」
「離れるのがつらいのはわかるが彼女の夢がかないかけてるんだ。せめて笑って見送れんのか」
「・・・じゃああいつの事はどうなんだよ」
「あいつ?」
「ムラカミテツヤだよ。あいつと再会したせいだ。どうせ転勤のこともあいつが勧めたんだろ」
「おい」
「あいつが現れなかったらは絶対転勤なんて断ってたよ」
「そんなことない」
「俺と別れる口実にしてんじゃないのか?」
「浩二!」



浩二はようやく口を閉じた

言いたくもないのに口走っているのか

それとも本当にそんなくだらないことを思っているのか

俺はとにかくがっかりしていた

俺が手をかけてやれなかったぶん

浩二は一人で立ち上がって、そこらの若者よりかは

よほど強く成長したものと思っていた



そして、何より・・・

















「お前は、ちゃんのことを何にもわかってないんだな」



















俺の言葉を聞いて

浩二は俺を冷ややかに睨んだ

10年前の、あの日と同じ目をしていた





そしてその瞳は一瞬曇って

そのまま下に伏せてしまった





















たっぷりの沈黙のあと

浩二はゆっくりとつぶやいた









「親父はさ、俺の嫌いな食べ物覚えてる?」

「なんだ突然」
「いいから答えてよ」
「トマトだろ。あと、牛乳も飲めない」
「トマトも牛乳ももう食べれるし飲めるんだ。知ってた?」
「・・・いや」
「じゃあ俺が学生のころやってたバイト、一つでも言えるか?」
「・・・なんの話だ」
「仕事をやめることを逃げだって言うけど、じゃあ俺がやりたいことが何か知ってんのか?」
「・・・」
「俺が10年以上続けてきた大好きな野球やめたのいつか知ってるか!?」




今度は俺が黙る番だった

そしてその応えはすぐに返ってきた





「母さんが死んでからだよ!!」





脳を横から撃ちぬかれるような衝撃だった

目がさめたように浩二の声がひどく頭に響く



「土日の練習で母さんが作ってくれた弁当とか、ガキの頃使ってたグローブに
書いてくれた俺の名前だとかさ・・・そういうの思い出すのが死ぬほどつらくてやめたんだ。
親父そんなこと微塵も知らなかったろ?
俺が部活やめたあとも、いつもより4時間も早く家に帰ったのに親父気付きもしなかったじゃねぇかよ!」



「浩二、わかった・・・悪かったから、落ち着け」



「俺は落ち着いてるよ!
テツヤとかいうあの男に出会って一人で立ち直ったフリしてさ、店に籠もって、
結局母さんが死んだ事や俺と向き合うのこわかっただけだろ?」





それはちがう、と思った



しかし心の中でどんなにそう叫んでも

10年かけて凝り固まった浩二の寂しさは

そんな言葉では溶かせない



それに、違わないかもしれない、とさえ思った


浩二の言っていることこそが、正しいかもしれない


俺は、今も昔も、弱いのかもしれない、と















「親父は、それでも親父だから・・・俺のことわかってくれてると思ってた。
たしかに俺はのことわかってやれなかったかもしれない。
・・・でも、親父は俺が野球やめたの知らなかった。俺、それが許せねぇんだよ、どうしても。
親父には、もうなにも言われたくない。」





放置されたグラスがもう何十年もそこにあるものみたいに

死んだように見えた



浩二の唇は震えてた







デビューが決まったのにも関わらず

ちゃんを失って立ち上がれないでいるテツに

俺は純粋に力になりたいと思った

人のために尽くすことで、悲しみから救われる気がして



それは結局成功したし

俺が店を続けたことで、ちゃんとテツは再会し

約束も果たせた



だがこれは、俺だけが歩いている道でしかない

俺がなにも背負わずに歩いてきた道でしかないのだ









浩二はまだほんの17の頃から

ひとり、道に迷い続けていたというのに



浩二はなにも特別なことを望んじゃいない

母親を亡くして、一緒に泣いてくれる人が欲しかっただけだったのに・・・











「俺は、ひとりになりたくないだけなんだよ・・・」





浩二はずっと下唇をかんでいたかと思えば

そうぽつりとつぶやいて

もう一度がくりとカウンターのスツールに腰をかけた





重すぎる沈黙が続く





俺はずっとこの重荷を

浩二に背負わせてきたのかもしれない











俺は、父親失格だ









































RRRR



「はい、もしもし」

「あぁ・・・ちゃんか」

「どうかしたの?カツさん」

「いそがしいとは思うが、今から店に来られるか」

「・・・どうかしたの?」

「今浩二が来てるんだが・・・どうしたらいいかわからないんだ」

「え?・・・浩二、そこにいるの?」

「あぁ、今電話してることは知らないが店にいる。頼む。ほんの5分でいい・・・」

「今すぐいく」

ちゃんはさきに電話を切った







過去は変えられない



浩二が抱いてるどうしようもない孤独を埋めるために

できる限りのことをしてやらなければいけないんだ



俺は、切れた電話のむこうの機械音を聞きながら

押し寄せる波と戦っていた






どうして、俺は息子にこんなふうにしかできなかったんだろう























































































































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