橋の上























「浩二!」



思わず名前を呼んで店にかけこむと

浩二よりも先に

奥の席に座っている二人組のお客が

おどろいた顔でこちらを見た



あ、と思いカツさんと目を見合わせると

カツさんは浩二の方へ視線をうつした



浩二はというと、私をふりかえって怪訝な顔をしている

そしてカツさんに向き直ると、低い声でつぶやいた



「余計なことすんなよ親父。仕事のことは自分で決めたんだ。は関係ない」



わたしにはそれが何の話かわからなかった



浩二はそう言うとスツールから腰をずらして上着を手にとり

わたしの横をすりぬけて店を出ようとした



「浩二・・・」



わたしの呼びかけには答えない





わたしはカツさんをもう一度見ると

カツさんは、追ってくれ、という目をしていた

すがるような、父親の目をしていた







わたしはおとなしく浩二のあとについて店を出た



最後にカツさんに一瞬だけ視線を送る

”大丈夫よ”















ばたん...



重い店の扉がしまると

店内の音楽は遮断されて一切聴こえなくなり

あとには肌寒い春の風音と

浩二のやせた背中だけが残った






「準備、すすんでるのか」



唐突に浩二が口を開いた



「・・・うん。マンションも解約するわ」

「ほんとに行くのかよ?」

「え」



浩二は鼻で笑いながら続ける



「やめとけよアメリカなんか。物騒だし」

「浩二・・・」

「お前の好きな鮭茶漬けもねえし」



浩二はわたしを見なかった

今回のは私を引き止めたくて言っているんじゃない気がした



浩二は、なにかを隠してる







わたしは意を決して切り出した





「浩二?」
「・・・」
「さっきカツさんに言ってた話、あれ何なの?」
「なんのこと」
「仕事のことがどうとか・・・」









浩二は答えない



背を向けたまま、歩き出すわけでもなく

私達は数メートルの距離を保って立ち尽くした













「・・・まさか」



わたしが口を開くのとほぼ同時に

浩二の声がやけに近くで聞こえる



「仕事、やめるんだ」











予感はしていただけに驚きは少なかったけれど

ショックはひどく現実的に頭の奥まで響いてきた




「やめる・・・?」

「あぁ。同期のやつらとかには全然話してないけど、課長には相談した」





もうそこまで話がいっているなんて

思ってもみなかった展開に

いくらわたしでもついていけない



でも、ここでひきとめるのは間違っているし

わたしにそんな権利もなかった





でも、口をはさめるのは今わたししかいない気がした







「浩二・・・お願い、そんなことしないでよ」





私はついすがるような声を出す

カツさんがあんなふうに突然私を呼んだ意味が

わかったようでわからない


浩二がすこしずつこんなふうに変わってしまったのは

たしかに私が関係しているけど

今回の浩二の決断は、きっといくら私でも

変えさせることは不可能なのに





「俺が自分で決めたから。お前だって、自分で決めたろ?」
「浩二、でもこんなのおかしいよ。そんなことしても何の解決にもならない」
「じゃあ他にどうにかして解決できるのかよ!?」


はっきりと大きな声で浩二は言い放つ

私は何も答えられずについ下を向く


涙が瞳に浮いてきそうになるのをこらえる顔を

見られたくなかったから






「・・・解決、するとかしないとか、そういう問題じゃねんだよ。もう」
「でも、今まで頑張ってきたのに・・・ちゃんと冷静に考えた?その後、どうするの?」
「・・・そんなこと、お前の知ったことじゃないだろ」
「え?」
「俺がこの先どうしていようが、の生活にはなんの関係もないんだから」









本気なんだ、と思った



浩二は私をひきとめようとか

気を引こうとしてこんな決断をしたわけでは

もちろんなかった





ただ、すべてと決別したがっている













わかってもらえなかった

大切なものを奪われた



そんな親と離れたかった

むかしの私みたいに







なにも言えなかった




決別したいのに、リセットしたいのに

そのことが本当は寂しくてしかたなくて

誰かに本当は引き止めてほしい



でも、引き止められても

もう戻れない自分に



浩二は今、いちばん苦しんでる









「帰るか。送ってくよ」





浩二は落ち着いた声で

ようやく振り返った


表情も、声も、落ち着いてたけど

瞳は悲しみでいっぱいだった



そんな目で、見ないでほしいのに



私はおとなしくうなづいて

浩二のうしろをそっとついて

ふたりは歩き出した















お店から私の部屋までは

歩いてもおよそ15分ほどの距離で

決して遠くはない



なのに私達は、いくら歩いても

ちっとも部屋につかない気がした



当たり前のようにいつも肩を並べて歩いていたのに

今それをするのは、私がどれだけ手ひどく浩二を裏切ることより

残酷なことに思えた





私の部屋までの帰り道

私たちははじめてちゃんとした、けれど短い

別れ話をした



涙は不思議と流れなかった

きっと、日本とアメリカの実距離で

本当に離れてしまった心の距離がごまかせる気がしたから



そうでなければ私は

渡りかけたこの橋の上から

冷たい川へ飛び込んでしまいたくなるほどに

悲しかったから





































「ここでいい」





私はついに立ち止まって

前を歩く浩二を呼び止めた



首だけこちらを振り返る浩二に

もう一度言う



「ここでいいよ。ひとりで帰れる」
「何言ってんだよ。ここからのが街灯少ないだろ」
「でも」
「あとちょっとだろ。行くぞ」



近づいて私の手をつかもうとする浩二から

私はすばやく身をかわして逃げた







「・・・







傷ついた表情の浩二

この顔が、私は一番見たくないのに

もうここ数週間、私は浩二にこんな顔ばかりさせている



本当に、私は最低な恋人だった















「・・・ひとりにして」





















それ以上言葉が見つからなかった







私と、浩二のあいだに

まだかすかに、かろうじて繋がっていた

細くて、もろい糸が

そこでぷつりと切れた気がした





糸が切れるのを見届けたようなタイミングで  

浩二はすこしだけため息をついて

私の横をすりぬけて、引き返していった



















浩二の足音が遠ざかる















泣くな     泣くな





ここで泣いてはいけない



ここで泣いたら、わたしは自分のすべてを否定してしまう









自分が今度こそ、許せなくなる



















めまいがした







世界中で、自分がたったひとりになった気がした























































































































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