橋の上U























仕事が終わって、通りが渋滞してたから
タクシーに乗る気にもならず
どうせ家まで近いから、歩いて帰ろうと
スタジオから、すこしだけ肌寒い
夜道をちんたら歩いてたときだ


と別れた直後の
そんな10年前のほんの数十分間の黒沢との出来事を
俺はふと、思い出してみたりした




一言で言えば、
あのころ俺も黒沢も若かった
俺はをあっさり奪われて、
黒沢は取り返しがつかなくなってから真実を知り、
なにがいけなかったのか、
誰が悪かったのかすら、わかんねえまま
ぶつけようのない怒りと、悲しみを持て余して
ただひたすら、時間がすぎるのを
傷が癒えていくのを
息を殺して待つしかできなかった


でも今思えば、俺には仲間がいて
夢と希望に満ちた仕事で忙しくして
きれいなことばかりじゃないけど
色んな世界を知って
さほど、忘れるまでに時間はかからなかったんじゃないかと思う




冷静に、冷静に今思い起こして考えれば
(これまで冷静になる時間はあったはずだが、考えないようにしていた)
自分を守ってくれるはずの親に、はじめて手にした恋を奪われた
まだ俺なんかよりずっと幼くて純粋だったの方は
あんな広い家で、笑って気を紛らわせられる兄弟もいないで
傷を癒すのに、一体どれだけの時間をかけただろう、と






黒沢との、10年前の出来事を思い出して
ふと思ったんだ



若いってのは、不器用ってことだ って



大人になって曲がりなりにも世間を知って
世界を知って、汚いことも、キレイゴトも知って
そこで振り返ってはじめて知る結果論だけど






不器用だった若い俺は
自分の悲しみにフタをするのに精一杯で
そのフタが少しもずれないよう押さえつけるのに精一杯で
が、そこからどうやって過ごして
どうやって俺を忘れて、どうやって生きたのか
考えることなんてできなかった



ただ、心の中に
笑ってるだけを残したんだ



もしのことをふいに思い出すときがきたら
俺はただ、ただひたすら
が笑顔でいてくれることを願った




それは自己満足に限りなくちかいものだったけど
俺にできることはそれくらいで
俺自身を癒すのにも、彼女の笑顔を想像することくらいしか
術はなかったんだ













再会した
俺が心の中に残したままのとはちがってた


10年経ってるんだからそれは当たり前で
俺は伸びてないからわかるけど
多分数cm背も伸びたように思えたし
声もすこし低くなって、髪型なんてもちろん全然ちがう
化粧なんかしなくても、充分かわいいなんてあの頃は思ってたけど
きちんと女性らしい化粧をした
俺が惚れたと、明らかにちがうのに
それでも、それでも、最高に、美人だった

そしてあの店で、笑顔で仕事をする姿が見られて
俺はどれだけ安心して、満たされただろう







大人になって背が伸びなくなるのとおなじで
この年で予想外なことなんてそうそう起こらなくて
動揺したり、焦ったり、どうしたらいいかわからなくなることなんて
だんだんとなくなっていくもので

だけど、に再会したあの夜は
天地がひっくり返るかと思うほど、動揺してた
ぶっちゃけ、卒倒するかと思った
情けないけど


酒も飲めたもんじゃなく
カツさんとの会話もほとんど頭に入らなかった
が店の中を歩き回るたびに
横を通りぬけるたびに
カツさんに、一言二言、話しかけるたびに
俺は動揺がおさまらずに
目で追いたい気持ちを必死に抑えた


彼女と目でも合おうものならば
思いきり険しい顔して目をそらすか
そうでなければ・・・
永遠にそらせなくなる気がしたから



店を出たあと
俺は自分が全く酒に酔っていないことと
めちゃめちゃ緊張していたんだということに気づいた



そして家にむかって歩きはじめて10分ほど経って
無意識に、俺は引き返した











俺は、なにをしているんだ

引き返して、待ち伏せて、何を話そうというんだ

が、あからさまに嫌な顔をしたらどうする

思いきり冷たくされるかもしれない

罵られるかもしれない




自分の夢のために、捨てたんだぞ

あんなに優しかった、恋人を

あんなに大切にしてくれた、恋人を

あんなに、愛してた、恋人を



きっと、は俺を恨んでいるにちがいない



それに、俺はこわかった
思い出を掘り起こすのが

笑顔のままのを心にとどめていたのに
今更、の怒った顔や、ましてや涙なんか
見たくないのに















そう思いながらも

店に向かう足はとめられなかった






だって


どうせ家に帰ったって眠れやしない















店から出てきたは、明らかに動揺していたけど
俺を責めたり、罵っスりする様子はなかった

俺も待ち伏せておいて何も言えず
ただぶっきらぼうに声をかけて、大通りまで送って
これまた情けないことに
が泣いているのも気づかぬふりをして
さっさとタクシーを拾って、を乗せて
ろくな会話もしないまま別れた


何がしたかったんだ俺は、と本気で自分にあきれて
その夜は結局眠れなかった























そこまで考えて、俺は歩くスピードをゆるめた
歩き煙草はよくないけど
人通りのすくないこのへんなら、まぁいいだろう
たしかもう少し歩いたところに橋があって
そこを越えたらコンビニがある
そこの灰皿に捨てたらいい


昔のことなんか思い出すと
余計な感傷に浸るはめになる
煙草を吸おうと思ったのは
気を紛らわすためのほかの何者でもなかった




俺はジーンズのうしろのポケットから煙草を出して
口にくわえて火をつけようとしたが
風向きに逆らって立っていることに気づいて
すこし体の向きを変えて、背中をちぢこめて
火をつけるのに熱中した










そのとき


ふと白いものが視界に入って
俺はなにげなく視線をあげる


























数拍、おいて

俺の口から、くわえかけてた煙草が

一本、力なく地面に落ちる




ドラマなんかでよく、驚きのあまりそんなふうになるシーンを見るけど
「こんなふうにならねぇよな普通」なんて
酒井か誰かと笑ってたのは、ついこないだの出来事だ


けど、実際になった






驚いたんだ、心底







橋の上に見えた白い物体は
見覚えのある女物のコートで
それに包まれているのは紛れもなく
俺がたった今の今まで、頭をいっぱいにして考えてた

かつての恋人だったから

























































    <<BACK        NEXT>>

SoulSerenale, TOP


photo by <凛-Rin->
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送