春空























わたしはもう一度
浩二に会おうと決めた


ヨリを戻すとか戻さないとかでなく
てつやに言われた通り
もう一度浩二をまっすぐに見つめてみようと思った


それは、失いかけていた自分を
取り戻すためでもあった




決めた矢先の、ある日の午後




「おす」

会社の食堂で浩二に背中から話しかけられる


私は驚いて振り返る
浩二が出勤しているなんて知らなかったから


「来てたの」

「一応今は出勤してる」

「元気そうで」

「あぁ、おかげさんで」


浩二はお気に入りのサラダに手をのばして
トレイの上に乗せた
私も同じものをとる


「多分6月でやめることになるよ」

「そうなの?」

「今の企画の結果が出て、報告書まではやらなきゃだから」

「そうよね。最後の仕事だ」

「あぁ」



すこしだけ頬に笑みを浮かべて
以前の浩二の面影がよぎる

浩二はごはんの中をトレイに乗せて
お味噌汁を乗せて
私はカレーライスを乗せると
肩を並べて精算所へ向かった


浩二が立った精算所が混んでいたので
その隣に並ぼうとしたら


「佐藤」


浩二に名を呼ばれる


「今日、これおごるからさ。食べ終わったら残りの30分、俺に貸してくれるか?」





以前の浩二のように
さりげない、誘い方だった










「お待たせ」


私たちは昼ごはんを食べたあとに
社員が思い思いに談笑している
中庭近くの休憩所で待ち合わせた


そこは陽のあたる場所で
ベンチで携帯をながめる若い男性社員や
お菓子をひろげながら笑う女子社員たち
遅い昼食をとるおじさんなどで賑わっていた

わたしも過去に数回
早紀とおしゃべりをしに来たことがあった


先についていたのは浩二で
浩二は一番隅のベンチで姿勢よく座っていた



「めずらしいよな。俺が待ってるのって」

「そう?」

「いつも俺が待たせてた」


浩二の、嫌味のない笑顔だった


「時間ないから、手短に言うけどさ。謝りたくて」

「謝る?」

「こないだ・・・その、別れ話したとき。俺、言い方きつかった」


わたしは別れ話をしたときの会話を
すこしずつ、思い出してみる


色々な話をしたけれど
感情が高ぶっていたのは私も同じだ
浩二が謝るようなことなど何もないと思った



「これからの俺の生活のこと、は心配して言ってくれたのに
俺さ、お前の知ったことじゃないなんて・・・ごめん。言い過ぎた」

「そんなこと・・・いいのに」

「俺ずっとお前に甘えてたから・・・ああいうところで甘えがでちゃうんだよな。
反省した」





なんと返していいのかわからなかった


ただ、うれしかった





どうしてかわからないけど


うれしかった





「それから、もうひとつ」


浩二は軽く腕時計をのぞく

心なしか浩二は明るい表情をしていた
やせた頬はまだ戻っていないけど
少し前みたいに私を通り越してどこか遠くを見るような目ではなく
ちゃんと私を、もしくは、しっかりと未来を見据えていた


そして口を開く


「俺、ココやめたらさ、試験受けるんだ」

「なんの?」

「小学校の教員採用試験」

「小学校!?」



もちろん初耳だったけど
大学時代に教職はとっていたという話は聞いていた



「ほんとはさ、夢だったんだ。教師になんの」

「どうして、ならなかったの」

「自信、なかったんだな多分」

「自信?」

「俺なんかが人になにか教えたり、引っ張ったり導いたり。
なんか怖かったっつーか・・・想像できんかった」

「今は、自信あるんだね」

「いや、ないよ(笑)
ないけど、やっと想像できたんだ。ぼんやりだけど、見えたんだ。
子供たちに囲まれて、生きてる自分が目に浮かんだ。
俺、かっこわりぃけど・・・必要とされたかったんだ」



そこで少し、浩二の瞳に陰りが見えた
でもそれは、私の心にズシリとくるものではなく
私の心にもあるだろうと思える陰りだった
生きていく上で必要なのだ


人は誰しもどこかに傷を負っていて
それは誰かの手で包まれて癒されていくものだったり
自分一人で、時間と戦って癒すものだったり
どちらにしろ、強くなるために必要なもので
乗り越えるべき傷なんだ


それを浩二は、今ようやく自分のものにしたんだ






「必要とされるの待ってるだけじゃだめなんだ。
自分の居場所、見つけなきゃだめなんだよな」








浩二はそれだけ言うと
自分に言い聞かせるようにうなづいて
腕時計をもう一度のぞくと
「じゃ、もう戻らなきゃ」と言って立ち上がる





















背をむけようとして、もう一度振り返り
浩二はわたしをまっすぐに見下ろして言った










「未練がないって言ったら嘘になるよ。
お前のこと、今もすげぇ大事だし、好きだ。
でも、必要とされるのを待つのはもうやめたんだ」





潔いようでいて、さみしげな表情で
浩二は去っていった


でも、浩二が涙を流した夜みたいに
それは背負わされるものでなく
まぶしく見送りたくなるような姿だった













昼休み、終了のチャイムが鳴る




人々は事務棟のほうへ吸い込まれていき
休憩所には、わたし一人が取り残される






















わたしと
てつやと
浩二




これで3人がようやく

誰のものでもない

どこにも属さない

一人の人間同士になれた気がした









空を見上げると青空で
春がはじまっていた
























































    <<BACK        NEXT>>

SoulSerenale, TOP


photo by <凛-Rin->
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送