昔話























その日は午後から天気予報は雨だった




「村上」


雑誌の取材がおわって
黒沢以外の4人でぞろぞろと
取材に使われたホテルの部屋をでたところで
黒沢が俺を呼び止める



「ちょっといいかな」

「あ?お前はまだ仕事あるだろ」


黒沢はこの雑誌に自分のコーナーを持っていて
俺たちが終わったこのあとも
残って打ち合わせがあるはずだった



「そうなんだけどさ、そうじゃなくてさ」

「なんだよ?」

「終わったあと、話があって・・・」

「なに、黒ぽん改まっちゃって」



北山がいつものおだやかで
小憎らしい笑顔で黒沢を振り返る



「あぁ、待ってろってこと?」

「まぁそういうこと」

「んじゃすぐそこの本屋いるから、電話して」

「あぁ、1時間もかからないから。悪いな」





すべてが妙だった


毎日のように会っているんだから
移動中でも、ミーティングの合い間でも
もしくは携帯でも話はできるのに
わざわざ時間を作らせたこと
俺をよびとめたときの黒沢の顔


全部が、俺のなかで
雨が降る前の生ぬるい風みたいに
ぬるりとした感覚が残った








結局待ち時間は1時間と15分ほどだった

あまり待つのは好きではないけど
黒沢はいたずらに人を待たせる奴ではないから
きっと単に仕事が推しているのだろうと
本屋をうろついていたら電話が鳴った






「ごめんな」


ホテルのすぐそばまで出向いた俺に
黒沢は素直な笑顔で謝る


「いやいいよ。どうせヒマだったし」

「なんでだよ、彼女は?」

「・・・別れたし」

「え!?こないだつきあいはじめたばっかりだろ」

「ま、色々あってね。結構前だぞ。で、なに、話って」

「あ、あぁ・・・とりあえず、入ろうか」

黒沢はホテルのロビーにあるカフェを指差して
俺をうながした


長い話になりそうだな・・・




俺は10年前、黒沢に
大学の食堂に呼び出されたときのことを
ちらりと思い出した













「アイスコーヒー」


黒沢が注文したあとで
俺もつづけて注文する


「俺はホットで」

「ホット?暑くないか?今日は」

「今日午後から雨だぜ」

「そうなの?」

きょとんとした顔はいつもの黒沢だ



一体なんの話をしようとしているのか
想像もできない

黒沢は大事なことや肝心なことを
いつもさらっと切り出すから油断がならない

親よりも俺のことを知ってるんじゃないかと思うときがある




注文のコーヒーがくるまえに
黒沢は口を開く


「こないださ、JMの編集長と呑みにいく機会があってさ」

「あぁ、あの体育会系の?森田さんだっけ?」

「そうそ。すげぇおもしろい人でさ。腕相撲負けちゃったよ」

「なんで腕相撲?」

「そのときひねった手首がまだ痛くてさぁ」

「何やってんだよお前は」

「こういうのって冷やすんだっけ、あっためるんだっけ?」

「病院いけ」

「やだよ、負けたなんて言いたくないよ」

「腕相撲して痛めましたって言えばいいだろ。誰も勝ったか負けたかなんて聞いてねぇよ」

「あ、そっか」

「・・・で?」

「ん?」

「森田さんと呑みにいった話がしたいのか、腕相撲の話がしたいのか、 それとも全然関係ない話?」

「あ。ごめんごめん」

「いや、いいけどさ」



そのとき、俺たちの注文した
アイスコーヒーとホットが届く



「森田さんとさ、まぁ色んな話をしたわけなんだけど」

「あぁ」

「やっぱり編集の仕事ってのは危ない橋を渡ってんだね」

「・・・まぁ内容にもよるけどな」

「森田さんってさ、入社当時、今でいう芸能デスクにいたらしくて」

「へぇ、そりゃ危ない橋も渡るわな」

「こないだ君島って大俳優が亡くなったろ」

「あぁ」

「葬儀にいってきたらしいんだけど、そこに、君島の元愛人で
当時の森田さんが狙いをつけて追ってた女が参列してたって」

「まじかよ。それ騒がれたんじゃねぇの?」

「俺もそう思ってさ、興味本位で聞いたんだ」

「で?」

「当時彼女を狙ってたのは森田さんとその同僚のふたり。
でも、ようやく撮ったツーショット写真は何者かに盗まれて記事はおジャン。
その直後に二人は破局をむかえて、その上、他誌はどこも愛人疑惑に気づいてなかったから
君島洋次愛人疑惑は永久にお蔵入りになったってわけ」

「じゃあ、森田さんとその同僚しかそのネタは知らないわけか」

「そういうこと」



ここで一息ついて、黒沢はすました顔をして
アイスコーヒーをストローで飲んだ

森田編集長の話はわかったが
それが一体俺にどう関係するのかがわからなかった

俺は本題に戻らせようと口を開く



「なぁ。それ、俺になんの関係があるんだ」

「ここからがすげぇ話でさ、俺耳疑ったよ」

「だから・・・」

「その女と一緒に葬儀に参列してた男は、その女の旦那なんだけどさ、
なんと当時の森田さんの同僚なんだ」

「・・・なんだと?」



俺は、それがなにを意味するか
うまく飲み込めないでいる

黒沢がなにを言いたいかも気になったが
俺は好奇心に負けてつい身を乗り出して
黒沢のすこしトーンを落とした声に耳をかたむける



「森田さんは誰にも言わなかったそうだよ。
写真が盗まれたのは、あくまで自分のミスだってことにして芸能デスクから異動を余儀なくされたって」

「・・・その同僚と女が実はできてたってオチ?」

「それがそうでもないらしい。だって女とデキてたのは君島洋次だろ?
その同僚ってのが割り切ってるように見えてじつは不器用な男だったみたいで
自分の身の危険も顧みず・・・っていうとかっこがつくけど、
ようするに女のために仲間も仕事も自分のプライドも裏切ったって、森田さんはそういう言い方をしてた」

「写真盗んだのもその男だったんだろ?森田さんはなんで告発しなかったんだ」

「俺もそう聞いたんだけどさ、森田さんは『手加減なしでぶん殴ってやったからそれでいい』ってさ。
確かに森田さんの腕力なら、それなりの打撃と破壊力だよな。
それから、『”あいつ”がそこまでするほど誰かを好きになると思わなくて、どうしても水をさせなかった』とも言ってた」

「・・・どういう意味だ」

「さぁ。会社では相当な冷血漢キャラだったんじゃない?」



俺がはじめて黒沢から呼び出されたワケから離れて
その森田編集長の”同僚”という男について考え始めたとき

黒沢はまた唐突に口を開く









「・・・たとえば自分の娘と、その恋人を無理やり別れさせちまうくらいの冷血漢、とかさ」








俺は飲みかけたコーヒーを吹き出しそうになる


酸欠でもおこしたような頭でコーヒーにむせながら
俺は黒沢の顔を見返した





「当時女を守ったように、自分の娘を守るためならそれくらいのことしたんじゃないかな?その男」

「・・・」

「残酷で手っ取り早くて、有無を言わさない略奪法。お前、身に覚えあるんじゃないか」

「・・・何言ってんだよ・・・?」

「森田さんの、悔しさ、お前痛いほどわかるんじゃないのか」

「・・・」



俺は、はじめて黒沢に目で押されて動けなくなる



「男の名前は佐藤。今27になる、一人娘がいるって」

「・・・」

「森田さん、大体のことは知ってたよ。だから俺に、こんな話を」

「・・・」

「葬儀には娘もつれてきてたって。娘の名前、言おうか?」





なにも悪いことをしていないのに
尋問を受けているみたいに頭がまわる

しかし、認めなければいけないことと
理解しなければいけないことが多すぎて


頭が要領オーバーになる










俺は一言だけ告げた






















「・・・・・・・いいよ、もう、わかった」
























































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