運命に味方された男達























ふたりの間に沈黙がおとずれると
今度は雨がふりだして
窓のそとが騒がしくなった

俺はもう飲む気がしなくなったコーヒーのカップの縁を見つめながら
ひとつひとつを整理して考えはじめた


まずはを切り離して親父さんを、佐藤というひとりの男として考えてみる
女と佐藤になんらかの関係があったのには間違いない
だが、女は不倫にせよなんにせよ
君島とつきあっていたんだから佐藤と恋人同士だったわけではないらしい


佐藤は女を好きだったのだろうか・・・

そうでなくても、家族のように大事に思っていなければそんな守り方はできない
結果的には女を守るためにすべてを裏切ったといわざるを得ないが
その決断をするまでにどれだけの迷いと葛藤があったかと思うとなにが佐藤をそうさせたのか
それとも佐藤が、本当に割り切りのいい冷血漢なのか
森田編集長の言うとおり、不器用な男なのか・・・




「ごめん」


黒沢が唐突に謝る


「・・・なにが」

「今更こんなこと聞いてもどうしようもないよな」

「全部しゃべっといて何言ってんだよ(笑)」

「うん、けどさ。言わずにはいられなくってさ」

「なんで」

「あれからテツ色んな子とつきあったんだろうけどさ、結局どの子もダメだったろ」

「それは・・・」

「わかってる。あの子のことだけが原因じゃないってのはわかってるよ。
お前はそこまで不器用じゃないよな」

「・・・つーか、まぁ不器用は不器用なんだけど・・・」

「お前の中で何かがつっかえてんなら、取り除きたいと思ったんだよ」


俺は内心落ち着かなかった

確かに自分の恋愛は10年前のあのときから
足踏みしつづけてるって、気づいてるから


「・・・でも、こんなこと今教えたところで何の解決にもならないかな」




黒沢はうなだれて
もうなくなっているアイスコーヒーの
グラスの氷をストローでもてあそびながら音をたてている




人には知っておくべきことと、知らなくていいこととあって
人に話しすべきことと、黙っておくべきこともあって
自分が話すべきだと思っても、相手は知りたくなかったなんてこともあり
黒沢はその狭間でずいぶんと判断に迷ったにちがいない

俺が10年も前のことを掘り起こされて
今更知りたくなんかなかったと憤慨するかもしれないし、
あるいは、知ってもどうしようもないと突き放したり、
いつの話をしてるんだと笑い飛ばされるかもしれない


けれど願わくば・・・
自分しか知らない友の古傷をすこしでも癒せたらと
そう願ってくれたのにちがいない


だけど、10年前の俺の恋はもう、俺のなかで区切りはついている

これからのこと -彼女からの連絡が、くるか、こないか- しか
今は考えていない






「・・・村上」


いつまでも黙っている俺の名前を黒沢はゆっくりと、探るように呼ぶ

俺がなにか思案しているように見えるのか
黒沢は落ち着かない様子で俺の顔をのぞき込む


「・・・大丈夫か?」


黒沢の問いかけがあまりに拍子ぬけで
無表情をきめこんでいた俺もついふきだす


「大丈夫だよべつに。いっちゃってねぇよ」

「ならいいけど」

「いやね、俺はべつに今更とか、どうしようもねぇとか思わないよ」

「そうか」

「ただ・・・」


黒沢が目だけでちらりと俺を見る


「・・・ただ、哀れだなと思ってさ」

「哀れ?」

「当時の俺なんかより、佐藤は守るべきもんいっぱいあったんだろうに。棒にふったようなもんだろ?
一人の女のために・・・本人がそういう生き方に満足してりゃいいけどさ」

「あぁ」

「佐藤が、あいつの父親としてじゃなく、ひとりの男として見えてきてしょうがねぇんだ。
俺だったら、どうしてたんだろって」



黒沢はいつしかグラスをおいて俺の言葉に真剣に聞き入っている
というより、俺の表情を注意深く観察しているようにも見える

俺は黒沢の視線に気づかぬふりをして目を伏せる



「何にしたって、まちがいなんてねぇんだよ。そりゃ佐藤のしたことは大抵の人間がいただけないだろうけど
女からしたら、もし記事になったらへたしたら人生台無しになるとこだったんだから、
死ぬ気で守るつもりでいたなら、そういう手段もあったのかもな。
ただ夫としてやってくためには自分の地位も守らなきゃいけない。
佐藤は森田さんの情け心まで利用して、あの編集社に残ったわけだ。
手段は選ばねぇってやつだな。俺にはできねぇけど・・・」

「あぁ、俺にもできない。でも、それはできないんじゃないよ。しないんだよ。そうするべきじゃないってわかってるもん」

「・・・」

「お前さ、10年前のあのころ、デビューか彼女かってなったとき、迷った?」

「は?」

「迷ったかって」

「いや、迷いはなかった。ゴスを守ることは最初から決めてたよ。
のことはゆっくり自分を納得させればいいと思った。そんな簡単じゃなかったけどな・・・
彼女の気持ちなんかその次よ。ま、考えないようにしてたとも言えるけど」



黒沢はしばらく俺をみつめると
座っているソファの背にゆっくりともたれて ゆっくりと、息をついた
そして、つぶやいた



「よかった」



普段よりも、低い声だった



「なにが?」

「・・・お前がゴスのリーダーでよかった」

「何、それ」

「リーダーが、”佐藤”じゃなくてよかった、ってさ」




黒沢はそう言うと、ちらりと俺を見上げる

なんだかまたも拍子抜けする言葉だったが
素直に受け止めれば、”なるほど”と思えなくもない


「・・・確かに。俺もそう思う」


俺がそう言うと、黒沢はまた一瞬きょとんとした顔をして
俺たちは目が合うと、こらえきれずにふきだした






微妙に交差しながら絡み合っていく人と人との運命は
そのどこかにすこしでもズレていれば出会えなかった瞬間ばかりで
そんな一瞬一瞬の狭間で出会えた俺たちはまるで、
運命に味方された強運な男のような気さえして
わけもなく、笑った











ゴスのリーダーは俺であって、佐藤じゃない
ほかの誰でもない
そんな当たり前のことが、なんだかとてもものすごいことのように思えて




これまで、しがみついてでも守ろうとしてきた子供が
まるで巣立っていくみたいに感じた

心ん中で、溶けないように溶けないように
ずっと凍らせてきたものが溶かされていく













「ひとりで背負い込んだ気にならないでくれよ。頼むから」



黒沢は、ぽろりとつぶやいた








俺がひとりで守ってるつもりでいた
でも違った








ずっと悲しみでいっぱいだった

を傷つけたこと
泣かせたこと
捨てたこと
必死で忘れようとしたこと

そればかりだったけど
それと引き換えに守ったものがあったんだってこと
やっと思い出したんだ
























































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