戦う男達























「浩二、いる?」


俺は黒沢と話をしたその日の夜
カツさんの店に行き
開口一番に尋ねた


「どうして」

カツさんは一瞬無表情で俺を見つめると
すぐに聞き返してきた

当たり前だろう



「会いたい」

「この時間なら家にいるだろうが、いなかったらバッティングセンターだ」

「バッティングセンター?」

「あぁ、転職に必要なんだそうだ」

「バッティングが?」

「ん、まぁ体力作りからかな。あいつは」



カツさんの目元にはいつも
独特の陰りが見えていたのだが
それはどことなく消え去っているように見えた

彼の微笑みは今までどこか不自然で
動かない筋肉を無理に変形させるような
そんなにぶい微笑み方だった
彼には痛々しい億劫さが、いつも見え隠れしていたのだが
それが消えていた



彼はいま、心から微笑んでいる
息子の話をしながら
心から、それを愛しんで微笑んでいる


なぜだか一瞬の口元の笑みで
それがわかってしまった気がした





「浩二と、話したい」

「電話してみる。ちょっと待て」


カツさんはぬれた手をぬぐって
エプロンのポケットから携帯を取り出し
カウンターの裏に消えたかと思うと
俺がひと思いしているうちにカウンターに再び姿を現した


「だめだ。家も携帯も出ないから、やっぱりバッティングしてるな」

「どこの」

「駅前だ。前にパチンコ屋があるだろ」

「あぁ、あそこね。行ってくる」



俺は店に入って一度も座りもせずに
体をひるがえして扉に手をかける







「テツ!」



カツさんは強く俺の名を呼んだ



「・・・決着つけてやってくれ。あいつ、強がるのだけはうまいから」




俺はつい胸をおされる

カツさんからそんな言葉が出るとは思ってもみなかったから




「決着、つけさせられるのは俺かもしんないけどね」




俺は店を出てすぐにタクシーを拾った













バッティングセンターにつくと
平日の夜だけに、客はまばらだった


その中から、若い男だけを探ると
学生風の二人組に
ジャージ姿で彼女連れの茶髪の男


それから・・・いた。



一番奥にいた
会社帰り風でワイシャツ姿に革靴
ビジネスバッグを無造作に足元に置いて
その上にネクタイを放りなげてある

黒髪短髪できりりとした顔立ち
まるで甲子園からそのまま飛び出してきたような
溢れ出るエネルギーと、真剣なまなざし
とてもきれいなフォームで球を打つ
浩二がいた



俺は無遠慮に近づいた



「あと何球?」

浩二は弾かれたように振り返って
俺を凝視した

額には汗が光っていて
それはこめかみや頬にも少しにじんでいる
しっかりとした眉はつりあがっていて
大きな目は完全に俺を警戒していた

どうやら、俺が誰かはわかってくれたようだ


「・・・何か用ですか」

「ちょっと顔貸してくれるか」

「今忙しいんです」


浩二はすぐに球に向き直って構えたが
絶え間なく飛んでくる球と
俺とに集中力を分散され苛立っている

とりあえず飛んでくる球を打ってはいるが
神経が俺が見つめる背中に集中して
明らかにフォームは乱れている


3球ほど打ったあと
浩二は4球目を見送って振り返った

どうやら集中がきれて、残りの球を打つ気になれなくなったらしい




「話しかけるなら全部終わったあとにしてほしかったんですけど」

「悪い。コーヒーおごるからちょっと話させて」

「結構です。俺、コーヒー飲めないんで」



浩二はそっけなくそう答えて
足元に放ったバッグやらネクタイを拾いあげて
いかにも不機嫌そうな顔を作って
黙って俺についてきた








そのバッティングセンターの付近は駅前なのに
どこか地味な街並みで
パチンコ屋とスポーツ用品店と
コンビニが2件あるだけだった

俺たちはとりあえず、東向きに歩きはじめた


完全に陽は暮れている
東京の夜空は、いつの日もぼんやりしていて
俺たちに夜闇を忘れさせる

通りがかったコンビニから
塾帰りの小学生が2,3人無邪気に駆け出してくる
俺は足元でちょろちょろする子供たちと
ぶつからないように注意して歩くが
浩二はなぜかじっとその子供たちを目で追っている


さらに5分ほど歩いた頃に、
浩二は"失礼"と言って自動販売機でスポーツ飲料を買った

歩きながら浩二はそれを半分まで一気に飲むと
ふぅ、とひかえめなため息をつく


ネクタイをしめなおして
ビジネスバッグを持って歩く浩二は
どこから見ても立派な営業マンだった
もきっとこういう仲間に囲まれて仕事をしているだろうし
この世界が、にとっては日常なんだと
改めて思い知らされる





「どこまで行くんですか」

「さぁ。ここら本当に色気ねぇな。飲み屋もねぇじゃん」

「あぁ、小学校が近くにあるんでそういう店はないですよ」

「いつまでも二人でほっつき歩いててもしょうがねぇな・・・」


俺は咳払いを二度ほどして
切り出す覚悟を決めた

浩二は隣でスポーツ飲料をまた一口
口に入れようとしている






さ、指輪、まだ持ってるぜ」


一瞬間をおいて
浩二は噴出しそうになった飲み物をなんとか飲み込んで
大きく咳き込む


「・・・なんですか、それ」


口元を手でぬぐいながら
歩き始めてから初めて浩二は俺を見上げる

といっても、浩二もなかなか背丈はあるが


「そのままの意味」

「・・・そりゃ、捨ててなきゃ持ってるでしょう」

「そういう言い方やめろよ」

「俺たち別れたんです。知ってるでしょう」

「知ってる」


俺が即答すると
浩二はとなりからギロリと俺を睨む

黒目をこちらにむけると
白目が光るように残る
浩二は、大きな瞳をしていた


「結論だけ言ってください」

「やけに嫌がるね、俺のこと」

「そりゃそうでしょう」

「なんで」

「・・・あなたといると目立つからです」


浩二はちらりと横目で
俺を指差してヒソヒソ話す女子高生を見る


「そんなことねぇよ。お前のバッティングも何気に注目の的だったぜ」

「茶化さないでください。マジで帰りますよ」



浩二の冷たい口調で
俺もつい返す言葉を見失う



「俺もう彼女とは関係ないんで」

「それを言うなら俺とお前は今対等だな。
今俺ら二人とも、とは関係ない男だよ」

「え…」

「やっぱり、俺らがうまくヨリ戻したとでも思ったか」

「…」

「そんなにね、世の中うまくいかんわけよ」



浩二は黙り込んだ

言葉をさがすようにうつむいたあと
残りのスポーツ飲料を飲み干して
空になったペットボトルをなぜかバッグにしまった



「ごみ箱、あるだろ。そこに」

「あれは燃えるごみのごみ箱でしょう」

「律儀な奴」

「常識ですよ」



浩二は眉間にしわを寄せて俺を睨んだ
潔癖そうな性格がみてとれる

俺とはほぼ正反対らしい性格の浩二と
なぜこんなにも好きになった女が
同じ女なんだろう、と
俺は燃えるごみのごみ箱を眺めて考えていた





「転職、するんだってな」

「…えぇ」


まだ浩二は眉間にしわを寄せている


「アテあんのかよ」

「…」

「やっぱ住宅関係?」

「いえ。全く関係ありません」

「好きじゃなかったんか。今の仕事」

「…」

「そんなんでよくプロポーズしたよな」

「!」



浩二はハッと顔をあげる
途端に、俺がはじめて声をかけたときのような
警戒した目つきになる



「あなたには関係ないでしょう」

「確かにな。お前の将来は俺には関係ないよ。でも、を任せるなら話は別だ」

「…そんなこと、ありえない」

「幸せにする自信、ないわけ?」

「そうじゃないっ。が俺のところに戻ってくるなんて…そんなこと」

「ありえる話だから言ってんだろ。俺だってこんなこと言いたくねぇよ」



浩二が思い切り困惑した顔になる
まさに青天の霹靂
のことは、完全にあきらめていたようだ

でも、この動揺ぶりからして
まだ未練たらたらだったことも、よくわかる

浩二はかわいた唇を震わせながら
ゆっくり、ゆっくりとうつむいて
自分のつま先を見つめた







カツさんの声が頭の奥で聞こえる



”あいつ、強がるのだけは、うまいから”










「あいつのこと、好きか」

「だからもう関係な・・・」

「関係ないのはわかってるよ。お前の気持ち、聞いてんの」




浩二


がもし、お前のところにいっても
ちゃんと受け止めてやってほしいんだ
ガキみたいに強がってもらってちゃ困るんだ


自分で認めなきゃ
相手にも伝えられるはずがないだろ?








俺の願いとはうらはらに
浩二はため息ひとつついて
俺に背を向ける



「待てよ」

「・・・」

「俺はなにもお前を責めたいんじゃない。俺自身、決着つけたいんだよ!」



浩二の足がぴたりと止まる
動揺が肩にあらわれてる



「・・・決着?」

「あぁ。10年前のこと、引きずってたのはじゃない。俺のほうだ。
今をもっと見なきゃいけないのは俺なんだよ。
今のあいつに選ばれなきゃ意味がない。
だから俺は・・・」

だから俺は、
もう一度選ぶ時間を与えた

「それとこれと、俺に何の関係が・・・?」



浩二は振り返って
俺をまっすぐに見据える

正面から見ると、その鋭い顔は
カツさんにそっくりだった



「・・・だよな。関係、ないって言われれば、ないのかもしんねぇ。
俺がすっきりしたいだけなのかもな」

「・・・」

「悪かった。時間、とらせたな」







結局、俺はなにが言いたかったんだ
なにがしたくて、浩二になにをしてほしかったんだろう


もしかしたら、浩二にもっと
敵対心を燃やしてほしかったのかもしれない
浩二と対等に彼女を取り合って
彼女のために、戦いたかったのかもしれない




俺は10年前
彼女をあっさりと捨てた
俺はそれと引き換えに得たものがあったが
彼女は独りで耐えた


俺が、のために戦ったことなど
今まで一度だってない気がしたから






でも、そのために傷ついた浩二を呼びつけて
忘れたい気持ちを無理やり聞きだそうなんて
自己中もいいとこだな


俺は自己嫌悪とはずかしさで
浩二の前からすぐにでも姿を消したくなった













「ほんとに、好きなんですね。のこと」



去りかけた俺に
はじめて浩二から切り出した



「好きだよ」



大の男が男にむかって
なんでこんな道の往来で愛の告白をしてるんだ

でも、今こそ俺は戦ってる気がした
に再会してから、向き合うのがずっとこわかった
好きと言われることもわかっていながら逃げていた
浩二に会うのだって、本当はこわかった





なにをこわがっていたんだろう
への気持ちは
こんなに確かなものだったのに










俺たちの間にふいたのは
すっかり暖かくなった春の風で
のために川に飛び込んだあの夜から
たしかに時が経っているのだと感じた
あの夜は、本当に寒かった


浩二にも、ちゃんと時間は流れているんだ

















「・・・俺もです」




浩二が、危うく聞き逃しそうな声でつぶやいた




「は?」

「俺も、好きです。のこと」

「・・・あ、そう」

「自分で訊いといて、なんですかその反応は」

「いや、わりぃ。不意打ちだな」

「驚いたんです」

「なにが」

「・・・芸能人でも、恋するんだなって・・・」



あまりに拍子抜けな浩二の言葉に
俺はつい目を見開く





あぁ、そうか

は、こいつのこういうところに惚れたのかもな



ふとそんなことに気付くと
目の前にいる浩二が
急に”生意気なガキ”から立派な”恋敵”になる






「相手がじゃな。好きになるなって方が無理」


「確かに」










俺たちは、春の夜の空の下で
ひっそりと、声もたてずに笑い合った
























































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