証明























「自分が、どっちと一緒にいたらしあわせか、本気出して考えろ」


てつやにまっすぐなまなざしでそう言われてから1週間が経つ

わたしは特にこれと言った答えを探すわけでもなく
あとに残された仕事を片付けたり、
部屋の掃除をしたりして過ごしていた


黙々と作業をするなかで
もちろん、てつやや浩二のことは頭に何度も浮かんだ
それは毎日突然に、何度も交互にやってきて
ふとした瞬間に浩二の顔が浮かんでは、 その日は寝るまで浩二のことを考えて
ふとした拍子にてつやのことを想えば、 その日は寝るまでてつやのことを考えた

もちろん、浩二とは別れているし
すぐにてつやのところにいきたい気持ちはすごくある
てつやを好きな気持ちには何も変わりはない
でも、てつやの言葉が何度も、何度も、頭をよぎった


「過去のこととは別物で考えてほしい」

「俺さ、浩二と対等になてぇんだよ。もちろんお前とも」

「次にお前が俺を選んでくれたら、俺は今度こそ・・・」


てつやは堂々として見えるのに、 きっと自分に自信がないんだろう
最後の最後まで本音を隠し続けたてつや
わたしに何を見せるのをためらったのかわからないけど
たしかにあの頃とはちがう自分がいて
わたしの中にも変わってしまった自分はいて
ふたりの間に不協和音が生じるのがこわいんだ

それはわたしも、同じかもしれない
10年かけてずれたものは、少なからずある




いつか浩二が言ってた


「再会すると、過去や経験が邪魔して呼吸やペースがかみ合わなかったりする

走り慣れたころに、息のあう人と一緒に走るのが一番なんだよ

初恋は、実らない」




初恋は、実らない・・・か




あの時は、わたしが「てつやを好き」と告白した直後で
浩二も苦し紛れにそんなことを言ったんだろうけど
この言葉は何度となくわたしの頭の中で繰り返された

わたしもてつやも大人になった
就職して5年
一番息が切れる時期に
呼吸をそろえて一緒に走ってきたのは浩二だった・・・




でも、といつもわたしは立ち止まる


てつやは「俺か、浩二か」なんて言っていたけど
わたしはもし自分がてつやを選ばなければ
ひとりで黙ってアメリカへ行くと決めていた
浩二のところへ行く気はなかった

だって今更、どの面さげて会いにいける?
やっぱりあなたがいい、なんて
そんな都合のいいこと言えない

それに、選択肢はふたつじゃない。

絶対にどちらかを手にしてアメリカに発たなきゃいけないわけじゃない
こっちがだめなら、こっちなんて
そんな選択肢は、わたしにはいらない





「自分の居場所、見つけなきゃだめなんだよな」


なにを否定するわけでもない
ただ、あの春空の下
そう言った浩二の後姿が
今でもまぶたのうしろで輝いてるんだ

ただわたしには、今浩二が進んでる道が
なにより正しい気がしてしかたがないんだ
そこに”わたし”が居るか居ないかなんて関係ない
なにも持たずに浩二は、自分の道をゆく
それがなにより、かっこいい気がするんだ










朝、会社にいく支度をしながら
鏡の前でそんなことを考えて
鏡台の上においたままの、浩二のくれた指輪が目にとまる

わたしがそれに、そっと触れようとしたとき
携帯が鳴った

カツさんからだった




「もしもし」

「あぁ、おはよう」

「おはようございます」

「朝からすまんな。今日、仕事終わってから空いてるか」

「今日は・・・」


わたしは急いでスケジュール帳をあけると
まるで用意されたように
今日はきれいに白紙になっている


「空いてるわよ」

「そうか、店に置いてあるもんがあるだろ。取りに来い」

「置いてあるもの?」

「エプロンだの何だの、ごちゃごちゃあるぞ」

「あぁ。そうでした」

「アメリカから帰っても働いてくれる気なら置いてやってもいいけどな」

「あら、そのつもりですけど」

「とにかく取りに来い。アメリカ発つ前に顔見せろよ」


カツさんは笑いながらやさしく言った
つい、表情もほぐれる


「ありがとう。今夜、寄らせてもらいます」

「何時頃くる?」

「7時にはいけるわ」

「わかった。晩飯作っておいてやる」

「やった!」


わたしが素直に喜ぶと
カツさんは今度は声をあげて笑っていた
「ガキかお前は」
その声が、すこし浩二の声に似ていて
一瞬、とても心地よくて
その後すぐに、とても切なくなった


カツさんはもともと時間にしばられない性格で
「何時頃くる?」なんて聞かれたことは
今まで一度もなかったけど
わたしはそのことはすぐに忘れて会社に出かけた















お昼時
わたしはひさしぶりに早紀と食堂へむかった
最近はお昼もつぶしてパソコンにむかっていたためだ


「もう、大体片付いたの?」


食堂に入ると早紀は言う


「そうね。あとは引っ越しとか、むこうでの計画書をまとめて出すだけ」

「そっか・・・ほんとに行っちゃうんだね」


早紀はわかりやすく落ち込んだ
まるでまだ高校生みたいな早紀の反応は
いつもわたしにどこか安心をくれる
わたしはこんな風に素直に表現できない
同時に、うらやましくもあるけれど


「やだ、そんな顔しないでよ。たまに報告で帰ってきたりするし。
そのときにはまた一緒にご飯食べよ」

「うん・・・」

「写真撮って、メールで送るね」

「うん、ありがとう!」


早紀は笑顔になって
わたしはそれに、微笑みを返すけど
心の隅がちくりと痛む

わたしはすぐにその正体に気づく





「・・・早紀」


わたしはメニューをとって
二人共席についた瞬間に、切り出した


「ん?」

「私達、別れたわ」

「・・・え」

「浩二と別れたの。それから、浩二は仕事、やめるって」

「・・・何それ」


早紀は持ちかけたスプーンを、力なくトレイの上に置く
わたしはできるだけ何でもないことのように言ってみる
はじめて人にその事実を自分の口で話すのに
冷静ぶるので精一杯だった


「え、ちょっと・・・なにそれ?」

「そういうことなの」


それ以上なにも言わないわたしを
早紀はじっと見ていたかと思うと
完全にスプーンを置いて、うつむいてしまう


「早紀?どうしたの」

「どうして相談してくれなかったの?」


早紀は、めずらしく眉間にしわをよせて
今にも泣き出しそうな顔で
下を向いたままそう言った


「私なんかが何かできたとは思えないけど、そんな風に事後報告なんて悲しすぎる」

「・・・ごめん」

「ううん、そんなことよりはそれでいいの!?」

「わたし?」

「別れちゃって、浩二くん仕事もやめちゃって本当に終わっちゃうよ!?」

「いいの、いいのよ早紀。落ち着いて。私達はちゃんと話し合ったし、
浩二は目標に向かってがんばってるの。だから、いいの」

「でも・・・」


早紀はここが食堂だなんて全くお構いなしに
泣きそうに顔をゆがませる
正直、私達のことで早紀がここまで動揺するとは思わなくて
わたしもどうしたらいいのかわからない


「何気にふたりは憧れだったのに」

「憧れ?」


思いもかけない言葉だった


「ふたりとも大変な仕事についてるのに、支えあって頑張ってて
わたしにもそんな人が欲しいなっていつも思ってて」

「・・・」


わたしはいつも自分が浩二に甘えてる気がしてた
だから仕事の話も浩二にはしたくなかったし
社内でもなるべくふたりのことは秘密にしたかった
くだらないプライドばかりちらついて
それで浩二に孤独を感じさせたりもして
わたしのすることはいつも建前だけで中途半端な気がしてたけど
そんなふうに思ってくれている人がいたなんて


早紀はすこしだけ洟をすすって
スプーンを持ち直す




「ごめん、こんな事言ったって、ふたりで決めたことだもんね」




今度はわたしの瞳が熱くなる


今までは、早紀のこの素直さを
うらやましい反面、冷ややかに見ている自分がいた
大人になれば大抵の感情は押し殺して生きなきゃいけないと
勝手に思っていたし、それが自分を守る方法だと思ってた
でもそれは、大人になることなんかじゃなかった
それは不器用でとても悲しいことで、人間味を失って
色褪せていくことなんだ

だって、早紀の笑顔はこんなにも鮮やかに輝くから
それにこんなにも、人の心を熱くさせるから

わたしは他人のことで涙を流したことなんて
ないのかもしれない




「ありがとう」

「え?」

「そんなふうに言ってもらえるなんて思わなかった」

「・・・」

「私達のこと、見ててくれた人がいてよかった」






まるで彼女が
わたしたちの2年間が 決して意味のないものでなかったと証明してくれる
証人のような気がして


わたしは早紀に微笑んで
涙ぐんだ瞳を隠すように食事をはじめた


早紀はもう一度洟をすすって
ちいさく、かわいい声で”いただきます”というと
大好きなカレーライスを食べた
























































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