GOOD LUCK!























その夜、わたしは仕事がおわったあと
約束通りカツさんの店へ向かった

もしかしたらてつやに会ってしまうかもしれないと思ったけど
どちらにしろカツさんには出発前に 挨拶に行くつもりだったから
てつやのことは気にしないふりをして出かけた

仕事がおわったのは6時半くらいで
外に出るとまだ薄明かりで、小さく虫が鳴いていた
もう春も終わろうとしている





「こんばんわ」


店の戸を開けると、カツさんがカウンターの中で微笑む


「おつかれさん。まず飲め」


わたしが席に座ると
カツさんはいつもの辛口ジンジャーを出してくれた


「飲めないなんてかっこわるいね」

「テツときたときは飲んでたじゃないか」

「あの時は、てつやが飲め飲めって言うから。帰りは足元ふらふらだった」

「あいつ最近強引さに磨きがかかってないか?」

「だよね、酔っ払いのオヤジみたいだもん」





ふたりで一通り笑って
準備はすすんでるか、とか
むこうではどんな所に住むんだ、とか
カツさんは終始笑顔で、たくさん質問を投げかけてくれた
カツさんの笑顔には、どこか前向きが輝きがあった


2,30分そんなふうに世間話をしていると
カツさんは腕時計をのぞくと


「晩飯、もうすこし時間かかるけどいいか」

と申し訳なさそうに尋ねる

わたしは
「いいわよ」
と、答えて
すこし不思議に思ったけど
その答えは、数分後に明らかになる

















「あっちぃーー」



そう大声をあげながら店に飛び込んできたのは
野球のユニフォームを着た浩二だった



「浩二!?」

「あれ、じゃん」


あの会社の休憩所で話したのが最後とは思えないほど
浩二は明るく、快活な笑顔でわたしに片手をあげて
さらにわたしの隣にどかりと座る
グラウンドの湿った土のにおいがする

「オヤジ、生ちょうだい」
「ダメだ。お前はウーロン」
「なんだよいいだろ、一杯くらい」
「どうしてウーロン茶?」

わたしは不思議に思って尋ねる

「今減量中」

浩二はあっさりと一言そう言って
カツさんの差し出したウーロン茶をいっきに飲み干す

わたしはその横顔をあっけにとられて見つめる



「なんだよ、見とれんなよ」

グラスを置いた浩二は
自分で言いながら照れ笑いでわたしを見た

「顔に土ついてるわよ」
「うそ、まじ?」


浩二はそういうと機敏な動きで頬や額をぬぐう

その動きがおかしくて、かわいくて
わたしがつい吹き出すと
浩二は”なんだよ”と言って、また照れ笑いをした




浩二は笑うと、口角が下がる

いつか、どこかで聞いたことがある
口角が下がる笑い方をする人は、寂しがりやだって


わたしはそれを思って
つい、切なくなってうつむいた

カツさんは笑っても口角が下がらないから
きっと、それはお母さん似なんだ













「はい、お待ち」




わたしたちの前に、カツさん特製の海鮮ピラフが置かれた

「うぁーうまそう!いただきます!」

浩二は行儀よくそう言うと
すぐに食べ始めた









もしかして


カツさんは、はじめから私達に一緒に食事させるために・・・









わたしがちらりとカツさんを見やると
目が合って
カツさんはぼそりと言った


「息子孝行でもしようと思ってな」




「ん?なんか言った?」

「なんでもない。汚いな、お前テーブルにこぼすなよ」

「あ、ごめんごめん」








わたしたちはふたりして
食事に夢中になる浩二を息子のように
(カツさんにとっては息子だけど)
愛しげに見つめた

























「ふー食った食った」


浩二は子供のようにご機嫌に
3杯目のウーロン茶を飲んだ

わたしはまだ食べていて
浩二に”一口ちょうだい”と言われて
分けてあげた

まるで恋人同士みたいにそうしていると
カツさんは一瞬切ない顔をして
すぐに厨房の奥に消えた





ほんの少し、沈黙が訪れる





「・・・オヤジのやつ」

「え?」


浩二はウーロン茶のグラスをかたむけて
氷の音を鳴らしながら口を開いた

「わかりやすく呼び出しやがって。バレバレなんだよ」

浩二は気づいていたらしい
わたしは話題を変える

「どうしたの?その格好」
「野球だよ野球」
「それはわかるけど、野球チーム入ってたっけ?」
「子供のチームのコーチやらせてもらってんだよ。昔入ってたとこに頼んでさ」
「へぇ。似合ってるじゃない」
「当たり前」

浩二はそう言うと
また自分で言って照れ笑いをした

「会社は?」
「有休消化中。あとは出勤すんのは最後の日だけだよ」
「そう」




また少し、沈黙が訪れる




次に口を開いたのも、浩二だった




「こないだ、来たよ。ムラカミテツヤ」
「え!?」

つい、大きな声を出してしまう

「そんなに驚くなよ」
「ごめん。来たってどこに?」
「バッティングセンター」
「は?」
「なんか知らんがわざわざ会いにきた。俺のこと好きなのかな?」
「・・・。で、どうして会いにきたの?」
「・・・」


浩二はもったいぶるようにウーロン茶を飲み干して
氷を鳴らしてグラスを置く

返事を待つわたしを横目で見て
浩二はおかしそうに笑いをこらえる顔をする

またすこし、口角がさがる


「なによ?」
「いや」
「で?」
「いや」
「いや、じゃなくて」
「教えない」
「はぁ?」

わたしはつい大きな声を出す
まさかてつやと浩二が会ってたなんて
しかもその会話を内緒にされるなんて
たまらなく奇妙な展開だから


「気持ち悪いな。なんなの?」
「別に殴り合いとかしてないから安心して」
「当たり前だよ!」
「いや、まじで、俺もあいつが何しに来たんだかわかんねぇんだよ」
「ほんとに?」
「マジマジ。わけわかんなかったあのグラサン野郎」
「ぷっ・・・」


浩二の言い方につい吹き出してしまう

浩二はそんなわたしを横目で見ると
今度はうれしそうに笑った




「まぁでも、近くで見るといい男じゃん」
「え?」
「あいつ。ただのグラサン野郎だと思ってたけど」





なんて答えていいのかわからずに
浩二の顔を盗み見ると
もう、浩二は笑っていなかった





「俺さ、今、楽しいよ」

今度は、すこし小さな声でつぶやく

「チビたちに野球教えて、体動かして、そういうのすげぇ楽しい」
「そう」
「野球が好きっつーか、子供が好きみたい」
「浩二も子供みたいだもんね」
「悪かったな」
「ううん、そういう意味じゃなくて・・・無邪気っていうか、明るくてまっすぐで」


わたしがそう言うと
浩二はハっとしたようにわたしを見たかと思うと
またすぐに前を向く


「・・・俺、言い忘れてた。大事なこと」
「なに?」
「頑張れよ」
「・・・え?」
「え、じゃなくて。アメリカ行っても、頑張れよな」
「・・・ありがとう」
「早紀ちゃんもいるしさ、寺脇もいるし、オヤジもいるし。めげんなよ」
「うん、ありがとう」
「俺も、がんばる」









わたしは、そのとき
どうしようもなく胸が熱くなっていくのを感じてた






”がんばれよ”

”俺もがんばる”





あぁ、そうだ

わたし、浩二にそれが言ってもらいたかったんだ



”好き”より”愛してる”よりも

なによりその言葉が聞きたかったんだ




























































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