約束























vu--------- vu-----------


テーブルの上で、携帯が低く震えた

わたしはついあわてて電話をとる




着信  てつや




「もしもし」
「・・・あ、村上です」
「何改まってるの」
「いや、まさかと思ってさ・・・・・・、だよな?」
「そうだよ」


てつやは、いつもとちがってなんだか少し戸惑い気味で、控えめで
電話のむこうの息遣いまでが愛しい

てつやは一度、咳払いをする


「電話、出られなくて悪い」
「ううん、いいよ。仕事中だった?」
「あぁ、今ちょっと合間」
「そっか、じゃああんまり長話はできないね」
「・・・まぁ、あんまりな」


電話のむこうで、空気が入れ替わる気配
どうやらてつやが場所を変えたらしい


「今、電話大丈夫なの?」
「大丈夫」
「忙しいの?」
「実はベスト出すんだ。まだ発表してないことだけど」
「わぁ、企業秘密だ」
「はは、なんだよそりゃ」


すこし、沈黙が訪れる


電話をあてている耳のが
あてていないほうよりもなぜか熱くて
沈黙は片耳からすべてを包み込む












「・・・それで、さ」

「うん」

「色々考えたんだけど、わたしね・・・」

「あぁ」

「やっぱり、てつやの歌が好きだな」

「う?うた?」


てつやは拍子抜けた声をあげる


「うん、できればね・・・出発前にもう一度、てつやの歌聴きたいの」

「・・・」

「考えてみたらね、わたしが最初にてつやに持った感情ってそれだったのよね」

「出発いつだっけ?」

「一週間後」

「そうか」

「わたしのために、歌って。一度でいいの。あの日みたいに。
 そうすれば、わたしがんばれるよ。離れても、わたしたち、あの曲でつながっていける気がする」



ほんとだよ。



「・・・」

「そう、思わない?」

「・・・・・・思う」

「なんか言わせたみたい?」

「そんなことねぇよ。思うよ。・・・歌うよ。お前のために」






てつやのまっすぐな言葉が耳にくすぐったい

当時もわたしは、てつやのわかりづらい愛の言葉たちを
こんなふうにくすぐったい気持ちで聞いていた
ささやかなしあわせが降り積もってた日々
それが一日で凍りついてしまった


あなたの、その声が、溶かしてくれたんだよ




そのとき、電話のむこうでてつやを呼ぶ声が聞こえる



「悪い、もういくから。あのさ・・・」
「ん?」
「その・・・電話、サンキュ」
「うん、こちらこそかけ直してくれてありがとう」
「当たり前やろ。じゃあ、また連絡する」

そう言うと、てつやは電話を切った










わたしは携帯を閉じて、テーブルにそっと置く
しばらくそれを見つめてそして、ゆっくり目を閉じた


”歌うよ お前のために”


両手で顔をおおうと、とても熱くなっているのがわかる
もう二度と聴けないと思ってた
10年間、そう思ってたそう思い続けて、言い聞かせ続けてた
望んではいけないことだと思ってた


抱えきれない幸福感とともに
胸の底のほうからにじんでくる、恐怖
もう一度大事な人の手をとることへの恐怖
浩二の涙を思い出す




わたしは本当に、てつやをしあわせにできるだろうか?




電話の緊張からか、恐怖からか
わたしは少し呼吸が乱れたけれどすぐに深呼吸して落ち着かせた



























「え?曲目変更?」



黒沢が言うのと同時にメンバーが全員顔をあげた

俺はたった今、今度の野外でのチャリティーライブで歌うはずだった
6曲中の1曲の曲目変更を申し出たのだ



「今からぁ?」

安岡が高い声を出す

「あぁ、申し訳ないけど」
「いいけどさ・・・なんでまた?」



くると思っていた質問

4人は全員同じ疑問をもった目で俺を見る
ここは話すべきかもしれない
私的な理由でわけも話さずにこんなこと決められない


俺は切り出した





「ある人に、聴かせてあげたい、曲がある」


俺のいつになく真剣な声に
4人は俺の気まぐれではないことに気付いたらしい


「・・・あんま見んなよ」
「いや、だってさ・・・」
「急に真剣になるから驚いて」

安岡と北山が口々に言い
そのあとに酒井が訊いた


「聴かせてあげたいって、誰に?」

素朴な疑問だった


「近々アメリカに行く知り合いがいてさ・・・そいつが好きな曲なんだ」
「曲は?」
「Promise」


曲名を言うと、なんだか気が楽になった気がした




「いいんじゃない?」


そのとき、ずっと黙っていた黒沢が口を開いた


「大事な人なんだろ?俺らもちょうど10周年なわけだし。 どうせベストにも入れるだろ?ちょうどいいんじゃない?」
「バンドメンバーにはなんていう?」
「アカペラにすればいいよ」
「そうだね」




俺の願いはあっさりと受け入れられた
助け舟を出してくれた黒沢に感謝しつつ
よし、と俺は心の中でガッツポーズする







の言ったとおり

俺たちはつながっていけるはず

あの曲で・・・















































「ライブ!?」


つい、大きな声を出してしまう
電話をした翌日、約束通りてつやから電話が入った


「あぁ、21日に野外ライブ。スタンディングだけど。空いてるか?」
「それって、CVC主催の?」
「あぁ」
「・・・それ、わたしチケット買ったわ」
「はぁ!!?」


今度はてつやが、電話のむこうで大きな声を出す
てつやの言っているライブのチケットを
わたしはすでに買ってしまっていた
しかも、ついさっき、ロー○ンで


「なんで買ってんだよ!?」
「え、行きたくて・・・」
「はぁ・・・」


てつやは大きなため息


「なんでチケットくらい俺にいわねぇんだよ。おさえといたのに」
「あ・・・」
「あ、じゃねぇよ。わざわざ買うことなかったのに」
「そっか」
「んとに、お前はぬけてんなぁ」
「そんなことないわよ。ぬかりなくちゃんとチケット買ったんじゃない」
「いやいや生きてくうえでもっとずる賢くなれってことですよ、お嬢さん」
「賢くはなりたいけど、ずるくはなりたくありませーん」
「ま、だからほっとけないんだけどな」
「え?」
「まぁとにかく、じゃあライブは来れるんだな?」
「あ。うん」
「じゃあ解決。絶対来いよ?」
「う、うん」
「・・・それから」
「ん?」


てつやはすこし間を置く


「その翌日、会いにいくから」
「翌日?」
「あぁ、当日はさすがに打ち上げやら何やらで・・・」
「あ、うん、わかってる。忙しいよね」
「あぁ、翌日、空けとけよ」
「うん」




もうわかっていた

わたしが電話をして意志を示してから
お互い、限界だって


てつやが今忙しくて全く時間がとれないだけで

本当は今すぐ会いたいって



お互い限界なんだってこと、わかってた



























































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