Promise























「晴れてよかったよな」


即席で作られた楽屋テントで
アイスティーを飲みながらうちわをあおぐ黒沢
”ね”と同意する安岡と
何度もうがいして喉の調子を整える酒井
と・・・北山はどこかに消えたな、便所か?

まぁいいや。



いつものライブ直前の風景だった


今回はTV局主催のチャリティーライブで
すでに興奮気味の会場の熱気が夜の風に乗って伝わってくる
司会者のアナウンサーがさっきから何か大声でしゃべってる

他のアーティストも多数参加しているから
俺達の歌う時間は、5.6曲分ほどだといわれた



俺は2日前
その時間に歌うはずだった曲目を急遽変更した
デビュー曲「Promise」
先に決まってた曲を却下してねじ込んだ

ずっと打ち合わせを重ねてきた後だったから
もちろんメンバーやスタッフには申し訳ないと思った
でも、引き下がるわけにはいかなかった
自分自身に
この曲以外に、俺たちがつながることはありえないんだから


ずっと、ずっと長いこと
封じてきたつらい過去を、悲しい思い出を
この曲で溶かせるのなら





俺はこのライブにすべてを賭ける

はきっと、数日後には遠い地へ去ってしまうけど

この曲があれば、俺達はきっとつながっていける

”君にずっと、笑っててほしい”

これは、約束の曲なんだから














「さて、そろそろか」



北山、安岡、そして酒井の順に
楽屋の外へ出てゆく

俺は最後に出ようと黒沢を見守るが
奴はなかなかイスから立ち上がらない


「黒沢。行くぞ。寝てんの?」
「寝てるわけないじゃん」
「だよなぁ」


黒沢は、やれやれと立ち上がって
テーブルのうえの紙コップや灰皿を簡単に片付けると
口を開いた



















「なあ・・・テツ」


振り返ると、黒沢はまっすぐにこちらを見ていた


「ありがとな」


「・・・なにが?」
「10周年迎えられたの、お前のおかげ」
「はい?」
「マジで。10年間走ってきたのは俺ら5人だけどさ、お前がいなきゃスタート切れなかった。絶対」
「・・・なにいってんだよ」

黒沢はいつだって、こんな真剣な目で
俺を困らせたり、笑わせたり、ときには感動させたりしてきた

「お前があの時、決断してくれなかったら・・・」
「あぁーもう、その話はやめろっ。俺は最初っからそのつもりだったんだから、何っにも後悔してないから」


俺が必死にそう言い切ると
黒沢はまだなにか言いたげな目をしたあとに
くすりと笑った


「なにがおかしいんだよ」
「彼女、今日会場に来てるんだろ?」
「・・・なんで知ってんだよ」
「テツ、ステージあがりたくてうずうずしてるから」
「・・・」
「もっと欲張れよ。もうなんにも遠慮なんかするな。我慢するな。
 ほしいものは何がなんでも手に入れる村上てつやが一番”らしい”よ」
「・・・」
「お前に手に入れられないものは何にもないよ」



黒沢はさらりとそう言うと、俺の横をすりぬけて
先にいった三人のあとに続く




振り返ると、俺を待ついつもの面々
もうじゅうぶん見飽きた顔だけど、俺にはやっぱりグループやるなら
あの頃からこいつらしかいなかったんだろうな














俺たちは、熱気あふれる会場へ
10年前とかわらぬ顔ぶれで
そろって上った














































「あれ、今日は早いっすね」


隣の席の後輩が、席を立ち上がったわたしに話しかける
さっき、定時のチャイムが鳴ったばかりなのだ

「まぁね」
「もう荷造りは済んだんすか」
「うん。もう全部送ってある」
「マンションは?」
「明日引き払うわ。その前に実家に帰らなきゃだけど」


わたしがいつもより機嫌がいいのを察したのか
彼はいつもとちがった含み笑いをする


「なに?」
「いや、今日は?デートっすか」

若いから仕方ないのか、彼が噂好きなのか
彼はこの手の話題が大好きなのだ
今までも、何度こんな質問に困らされたことだろう
わたしはどちらともとれない(得意の)笑顔をつくってみせる

「そりゃ、27年間暮らした場所を去るわけだから、会いたい人のひとりやふたり、いるわよ」

いつもとちがった返答に、彼も一瞬拍子抜けな顔
またわたしがうまくはぐらかすとでも思っていたらしい

「そっか。じゃ、ま、がんばってくださいよ!」
「任せて(笑)」

そう言ってガッツポーズをするわたしを
彼は今度こそ、真顔でわたしをまじまじと見た

「・・・なによ?」
「なんか、変わりましたね。短期間で」
「そう?」
「うん。前はもっとこう・・・守りに入ってたっつーか」
「とっつきにくかった?(笑)」
「いや!そういうわけじゃなくて。冗談言っても、なにか触れてほしくないとこがあるように見えた」


ほんのすこし、ドキリとする

そんな自分に身に覚えがあったからだ

それよりも、わたしがそんな人間だと気付きつつも、
冗談でも毎日のようにわたしの中に踏み込もうとしてくれていた彼に
感謝の気持ちすら生まれた

大げさかもしれないけれど、
ガードの固い人間に、不快にさせずにあれこれと質問するには
仕事上のコミュニケーションと割り切ったとしても
結構な忍耐力と嫌味のない話術が必要だろうことは私でもわかる


3つも年下の男の子に、なんだか尊敬すら抱く


「扱いづらい先輩でごめんね」
「いえいえ、かわいい女の子いじるのは好きなんで。年関係なく」
「一言余計よ」
「ハハ!佐藤さん笑ったほうがいいっすよ!」
「ありがと」
「まぁ俺が言わなくても彼氏が言ってくれるか!おつかれっす!」
「お疲れ様」



わたしはバッグを持ち直して席を離れた


笑顔がはりついてはがれない
ただの噂好きの若者だと思っていた後輩に
こんなに素直に「ありがとう」が言えた自分がうれしかった

きっと、自分のなかで自分自身が徐々に解放されているんだ



大人になってからそんなふうに変化した自分を感じられるなんて
今までのわたしなら・・・てつやに出会わなければきっとありえなかった
まるで10年前に止まっていた成長がまた再開したみたいだ



わたしはエレベーターのボタンを押して、待つ


今夜待っているであろう最高の夜を想像して
心が高揚するのを必死におさえた














そのとき、







「佐藤!」




聞き覚えのある声
藤井さんだった


振り返ると、彼は見たこともないようなあわてた表情で、
猛スピードでこちらに走ってくる






とっさに、嫌な予感がした




わたしは心の中で叫ぶ











    お願い、今夜だけは勘弁して・・・










































「では、ゴスペラーズの皆さん、最後の一曲をお願いします」




司会者が、目でそっと俺たちにMCをうながす


俺はもうすでに4曲歌ってあがった息を整えて
ステージの真ん中へ立つ
メンバーはすでに何かを察しているのか
黙ってその時間を譲ってくれる


俺は客席を見渡すけれど
さすがにがどこにいるのかはわからない


俺はマイクをスタンドに入れ直して
なんとなく咳払いを一度する


会場は静まり返った



















「最後の曲は、「Promise」という曲で、俺たちのデビュー曲です。

 この曲だけは作ったの俺らじゃないんですけど、

 まだこのメンバーじゃない頃のゴスペラーズ時代から歌ってるから、

 いつまでも、とても、思い出深い曲です。

 Promiseっつーのは、そのー、約束っていう意味なわけだけど、

 皆さんには、守れなかった約束ってありますか。

 俺は、ぶっちゃけ、いっぱいあります。」


そこで会場からささやかだけど
温かい笑いが起こる


「昔は、若かった頃は、口約束ってやつが大嫌いで。

 社交辞令で「飲みにいきましょうよ」なんつって、結局行かないとか、

 そういうの吐きそうなほど嫌いだったんですけど、

 いつの間にか、そういうの当たり前になっちゃったり、

 むしろそういう風でしか生きられない気がしちゃったりとか。

 恋愛だってそう。10年前とくらべて世の中便利になって、メールで全部済む時代になっちゃって。

 自分もヘンに賢くなっちゃって、傷つかないようにするので精一杯。

 ・・・ほんと、情けないというか。ダメだな、って。

 昔の、デビューしたころの自分に対して、恥ずかしい、って。

 あの頃の自分に、今すぐにでも胸張って会える自分になりたくなった。

 もう、守れない約束はしません。

 守れるもんは、守ります。会いたい人には、会いに行きます。

 好きなもんは好きって言って、それ・・・絶対忘れません。

   前置き長くなりましたけど、歌、いきましょうか。

   10年目の、約束です。」







話し終わって、マイクを離して
立ち位置に戻ろうと振り返ると
メンバーが俺を見守っていた







・・・・・・!




「・・・黒沢、お前のことしゃべったろ」




こいつらの表情見ればすぐわかる

あれだけ言うなって言ったのによ



「なんのこと?」
「なんのことじゃねぇよ」
「熱いMCだね。彼女泣いてるかも」
「うるせぇ安岡」
「とてもさっきまでエロサイト見てた人とは思えない」
「おい、北山」
「あれ?リーダー泣いてません?」
「泣いてねぇよ!」


俺たちはマイクの入ってない数秒間
ステージ上で笑い合って
5人そろって、観客のほうを向く


こいつらだから、俺はゴスペラーズを守ろうと思えた
そして今、こいつらのおかげで、俺は失ったものを取り戻すため
突っ走れるんだろう




あの頃、あの夜
無力で無力で、情けなくてしかたなくて
どうしても欲しかったものが今俺の手の中にある


それは、名誉でもない、金でもない
CD何枚売れたって関係ない
好きな人にむかって、背伸びせず負い目も感じずに
好きだと叫ぶことができる
果たせる約束をすることができる




それだけなんだ























































静まり返ったオフィスに
私のキーボードを叩く音だけが響いて
時計の針が、わたしを急き立てるように
ゆっくり、でも確実に時を刻んでゆく

藤井さんに呼び止められてから、3時間が経とうとしてるのに
仕事は一向に減っていかない

わたしは手を止めて、3時間前の会話を思い出す



   「佐藤、出発の準備終わったって言ってたよな?」
   「はい」
   「部長命令だ、明日発つぞ」
   「え!?」
   「ものすごい大物デザイナーがあさってまでNYに滞在するらしくてアポとれたって!
    今むこうにいるチームのリーダーが食中毒で入院してるらしくてさ、俺ら契約交渉やらせてもらえることになった!」

   藤井さんの笑顔がはじける
   わたしはまるで時が止まってしまったように動けずにいる

   「なんと大統領の自宅の専属デザイナーやったこともある人間らしいんだ。しょっぱなからチャンスだ、やったな!」


   藤井さんは興奮したしゃべりで、わたしに握手を求めた



   彼は噂によると、入社当時から優秀な営業マンで
   若いためにまだ何の役職にもついていないものの
   純粋に成績だけをたたき出すと、主任よりも上だという話だ

   今回のように、彼はきっと何度もこんなふうに
   運にも味方されてきたにちがいない


   それを、わたしがつぶしてはいけない。絶対に。


   わたしは、この仕事に選ばれたことが
   そして、彼のような人の助手に選ばれたことが
   何よりもうれしくて、誇りに思えたからこそ
   アメリカに発つ決意をしたんじゃないか




   わたしは、藤井さんの長い指に自分の手をすべりこませて
   しっかりと握手をかわす



   「俺はもう今夜発つよ。今から」
   「今からですか!?」
   「こんなチャンスもあろうかといつでも発てるように準備してたんだ」
   「そうなんですか」
   「そ。佐藤はさすがに明日でいいけど、そのかわり出発前にたまってた仕事は今日片付けとけよ」
   「・・・」
   「なにか用事?」
   「・・・・・・・・・・・・・いえ」











そういった経緯で残業をするはめになって
席に座ってパソコンの電源をいれて3時間が経ったのだ




確かライブ開始は19時だったはずだけど
たとえ今すぐに会社を飛び出しても
ライブ終了にすら間に合わないだろう

藤井さんに手渡された飛行機のチケットは
明日の午前10時12分発
実家にはあとで電話して、今夜にでも帰ろう
社内のお世話になった人にはかろうじて挨拶は済ませてあるけど
あらためて向こうについてからメールをとばすしかない
カツさんにはもう一度会いたかったけど、仕方ないから手紙を書こう
浩二にはちょうどさっき社内で会った
今日がたまたま最後の出勤日だったらしい
それに、 マンションの管理会社に電話して、引渡しを明日の朝イチにしてもらわなきゃ・・・


ぐるぐると身の回りのことを考えてから
わたしはキーボードから手を離して思いきり伸びをすると
背もたれがキィ、と情けない音をたてる

友達、上司、家族・・・
一通り考えても、考え足りない


わたしはしかたなく、思い出さないようにしていた
今夜の本来の『予定』を思い出す


そして、浮かぶ、ひとりの男の顔・・・







「・・・何やってるんだろう、私」


オフィスにはもう、誰もいない
小声でぽつりとつぶやいてみた

何のことはない
今まで5年間必死に打ち込んできた仕事を、今夜もこなしているだけのこと




それでも、仕事に対して投げやりなセリフを言ったのは
わたしははじめてだった



口に出してみると、 瞳がしだいに熱くなっていくのを感じる

どんどん、どんどん熱くなっていって
それが涙だと気付くまですこし時間がかかる

昨日早紀の前で流したものとは
明らかに味のちがう涙だった
熱い、熱い、悔し涙にちかい味がした



今まで浩二とのどんな約束を、仕事を理由に断っても
それで浩二がどんなに悲しそうな顔をしても
こんな気持ちになったことなんてなかった

仕事はなぜかわたしの生活の一番先頭にいて
軸であって、本質であって、すべてだった
それが決して間違ってなんかいないのは今でもよくわかってる
わたしにはそれが大事だった
それで成り立ってゆく生活がうれしかったし、充実してた
それにうしろめたさを感じること自体が、最大の罪だった




じゃあ、今こんなに瞳が熱いのはどうして?

胸が熱くて、焼け焦げそうなのは何故?



この席を立ちたくても立てない自分がもどかしいのに、
それでも振り切れない自分は不器用なのか、それとも仕方のないことなのか
一人前の社会人として、後者が正しいのは目に見えてわかるのに
今のわたしには、なにが正しいのかわからない






















「・・・・・・・・・・・・会いたい」






















だって、てつやに会いたかったの。




一目でいいから、今夜会いたかった

声が、聞きたかった




ただ、それだけだったの。




































言葉にならないほどのこの想いを


私は今まで、この体の一体どこに隠しておけたんだろう



























































     <<BACK        NEXT>>

SoulSerenale, TOP


photo by <凛-Rin->
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送