君の味方


















ライブを終えて、ステージをはけると
お客さんがまばらに会場をあとにしはじめて
様子をみてスタッフがステージの解体にかかりはじめる


俺たちは他アーティストと一緒に楽屋で最初の乾杯をする
ひととおり全員と乾杯をして笑いあって
一杯飲み終わるとみんなそれぞれ着替えをはじめて
本来の打ち上げ会場へ移動するのだ




俺は携帯を持つと楽屋を出るときに黒沢に声をかける


「ちょっと抜けるわ。電話してくる」
「あぁ、いってらっしゃい」


わかってるっていう顔をする黒沢
俺は携帯を片手に、衣装のまま外へ出た
本当はライブがおわってすぐに電話をかけたかったが
外に出ようとしたら、客がまだはけていないからとスタッフに止められたのだ













RRRRRRRRRRRRRRR



呼び出し音をどれだけ鳴らしてもは電話に出ない
帰り道で電車に乗ってしまったのかもしれない
俺はすこしがっかりした

ライブのあと、興奮さめやまぬうちにに会いたかった
そして、いつか俺に好きと言ってくれた日のような
「ライブ、よかったよ」と言ったときの、あの顔を見せてほしかった


もう一度かけなおしたが、はやっぱり出ない
俺はあきらめて携帯をポケットにしまう





なんとなくいやな予感がした


いやな予感というのは、なんの前触れもなくやってきて
一瞬で全身を包み込む
それは根拠がないからこそ払拭し難くて
よからぬ不安が沸いては俺の体を四方から取り囲んだ
それはホラー映画をみたあとに、うしろを振り返るのが
なんとなく怖くなる、あの感覚に似ていた




別に、消えていなくなるわけじゃない
今日会えなかったからといっても
まだ出発までには4日あるし、電話もある
せめてメールでメッセージを残したかったが
あいにく俺たちはメールアドレスは交換していない
でも、きっと大丈夫
俺たちは、今夜のあの曲でつながったはずだから



明日、また昼頃電話をしてみればいい


俺はそう言い聞かせて、引き返した













楽屋にむかっていると、行き交うスタッフの波から
北山がひょっこりと現れた

「あ、てっちゃんいた。お客さんだって」
「誰?」


一瞬、かと思ってドキリとしたが
どうやら北山の怪訝な表情からしてちがうようだ


「いや、なんか怪しくてさ・・・へんな格好した男でかなり飲んでるみたいで・・・。招待客じゃないよね?追い返そうか?ただの酔っ払いかもしんないし」
「ちょっと待てよ、知り合いかもしんないだろ。名前言ってなかったのか」
「いや、てっちゃんの行き着けの店のマスターの息子だとしか言わないらしくて」
「浩二!?」
「あれ、知り合い?」
「・・・あぁ、着替えて顔洗って来るから楽屋に通しといて」
「わかった」


浩二だよな?
一体どうして?


わざわざ俺に面会にくるなんて


俺は携帯をポケットにつっこんで
とりあえずはトイレに向かった


























「よぉ」


浩二は楽屋に入らずに、しゃがみこんでいた
なぜか阪神タイガースのユニフォームTシャツを着ている

最後に会ったのは浩二は仕事帰りで
ネクタイをしめてビジネスバッグを持っていたから
今のこの野球観戦帰りの酔っ払いのような格好は
少し警戒していた俺を拍子抜けさせた

振り返った浩二は
黒沢に負けない純度100%の笑顔を向ける


「おつかれさま!めちゃくちゃよかったよライブ!」
「うわっ酒臭ぇ!」
「だってビール売ってたから」
「野球観戦じゃねぇんだからさ」
「いやほんと、よかったよ。俺アレ大好き。熱帯夜」
「あ、あぁサンキュ・・・お前が一番熱帯夜だよ」
「ねぇアナタテンション低くない?」
「お前が高ぇの!」
「俺!?」
「そうだよ!」
「マジかよ!」


何なんだこいつ・・・完全に酔っ払いじゃねぇかよ
びびって損した!

と思いながら、ついホッとしてしまう
どうやら(どういう経緯でかわからんが)純粋に客として来てくれたらしい
いるんだよな、こういう憎めない奴


俺は浩二の勢いにおされて、ついさっきまでの嫌な予感を忘れた






とりあえず目立つので
俺は浩二にポカリスエットを買い与えて黙らせて
簡単にメンバーに浩二を紹介し
浩二を打ち上げに誘ったらおおはしゃぎで喜んだ

(メンバーに紹介するときにさすがにタイガースを脱がせたが
 打ち上げの店に到着するやいなや浩二はまたそれを着なおしたので、もう諦めた)
















店はラフな感じのショットバーで
俺はスポンサーに一通り挨拶をおえて
他の参加アーティスト達にも適当に乾杯してまわっていると
カウンターにいる浩二の背中の阪神タイガースの派手な虎と目が合ったので
俺は、苦笑いをして浩二の隣に黙って座った

俺たちは、ぎこちなく乾杯する


「まさか来てくれるとは思わなかったよ。サンキュ」

俺はまず浩二に礼を言う
形式的なものではない
現に俺は、浩二がこんなふうに来てくれるとは
本当に、微塵も思っていなかったのだ


「いやー業界の人ばっかで俺場違いだな」
「んな事ねぇよ。みんな一般人の知り合いも連れてるし」
「ならいいけど・・・ちょっと酔い覚めてきた」
「ならタイガースは脱げよ。別の意味で浮いてるぞ」
「やだよ。タイガースは脱がない!」
「いや、そこまで好きなら別にいいけどよ」

浩二が大きな声を出したので俺が焦ってそう言うと
浩二はスポーツマンらしいさわやかな笑顔で
またグラスに口をつける

「お楽しみいただけましたか。今日のライブは」
「もうすっげぇよかったよ。最高!」
「しかしお前が俺らの歌聴いてくれるとは思わなかったよ」
「いやぁCD一枚買ったら、もう芋蔓式に全部買うはめに・・・」
「素直に気に入ったって言えよ。危ないセールスか俺らは」
「ごめんごめん、冗談だよ。今日のライブさ、電話かけまくりでチケット取ったんだよ」
「そうなの?言ってくれりゃチケットおさえたのに」
「なに!?そんなことまでできんの?ゴスペラーズすげぇ」
「出演者はみんなできる。ゴスペラーズはすごくねぇ」
「いや、すごいよ。ほんと。あれ、感動したもん。Promise歌う前の語り?」
「MC」
「感動して一人で乾杯した」
「なにに」
「ステージ上の色男に」
「・・・」
「かないませんよ。てつやさんには」

浩二は半分茶化すように、そして半分、苦笑いで
俺をちらりと見てグラスに口をつける
さっきの酔っ払いとは別人のような顔だった

「明日、行くだろ?」








?



浩二の言葉に、俺は一瞬思考が止まる
なんの話かわからなかった


「どこに?」
「見送り」
「誰の?」
の」
「・・・の?」


俺がさっぱりからっぽな顔をして浩二を見返すと
浩二は思い切り怪訝な顔をする




「・・・知らないの?」
「なにが」

浩二はぽつりと言ったまま続きを話さない
俺の心臓が勝手に波打ってゆく
さっきの嫌な予感がふたたび降って沸く

明日? 見送り?
なんの話だよ・・・?

浩二の口が、言いたくない、という形をする



「なんだよ。言えよ」
「え・・・・・・」
「言えよ!」



俺がすこしだけ声を荒立てると
浩二があわてて辺りを見回す
俺は気にしていられなかった



「・・・明日、発つんだ」


浩二は観念したように口を開く
だけどその顔は俺とおなじくらい動揺している
俺が”そのこと”を知らなかったのが
相当意外で、そして衝撃だったらしい


「・・・が?」
「あぁ。急遽行くことになったって、今日会社で会ったとき聞いた」
「・・・」



俺は言葉が見つからない



「くわしくは聞いてない。あいつ俺が会社出るときも仕事山積みで、忙しそうだったから・・・」
「・・・そういうことか」
「もしかして、今日来るはずだった?」
「・・・」
「なぁ?」
「そうだよ」






わかってる


しかたのないことだとわかってる

きっと彼女は今も仕事に追われていて
俺の電話になど気付かずに、ひとりでがんばっているんだろう
それは彼女にとって”すべきこと”で、彼女の”生活の一部”なのだから
しかたのないこと・・・


わかってる・・・


だけど酔いも手伝ってか、うまく自分をコントロールできない
目の前にいる浩二につかみかかりたくなるような衝動


俺はを想うことで、最高の歌を歌うことができた
なのに、ががんばってるときに俺は完全にカヤの外
あらためて自分と彼女の世界のギャップに気付く

おそらく浩二なら、の仕事に対して細やかな気遣いもできるし理解もできる
疲れた彼女の帰りを待ってやることも
そっと肩に手を置いてやることもできる





明日、が遠くへいってしまう

すぐに会える距離にいなくなる
すぐに抱きしめてやれる距離にいなくなる
なのに俺はこんなところで酒を飲んでる
それも、仕事で、だ。










































「会いに、いかないの?」



浩二がひかえめに口を開いた


「・・・」
「迎えにいってやれよ。あいつ絶対ライブ来られなくてがっかりしてるからさ」


浩二のわかったようなものの言い方に
ゆっくりと神経を逆撫でられる


「・・・」
「なぁ」




隣からそそがれる浩二の視線が痛い

なんだってこいつはこんな風に人をまっすぐに見つめるんだろう
まるで射すくめられるような感覚
俺はにらまれた獲物のように動けない





俺はじきに、浩二の視線に耐えられなくなる










「お前がいけよ」

「・・・え」


疑問符というより、自然と口からこぼれるように
浩二がえ、と言う


「お前がいけよ。それが一番いい。お前のほうが、のことよくわかってる」


隣で浩二が拳をにぎるのが見えた

殴られてもしかたないと思った
いっそのこと殴り合いにでもなったほうが
よっぽどあきらめがつく


浩二にわざと負けてやって
浩二はのもとへ走る

あとで死ぬほど後悔するかもしれないけれど、
その更にもう少し先の未来では
浩二とふたりでしあわせそうに笑うがいるだろうと
ぼんやりと想像できるんだ



それで、いい。





































ぱしゃっ







左の頬と耳、遅れて首筋に
鋭く冷たい感覚がはしる
俺はおどろいて顔をあげると
浩二が空のグラスを片手に持って
立って丸腰の俺を見下ろしている

そうきたか、と思ったが
怒りすらわいてこない
俺はこめかみをつたう水滴を手の甲でぬぐう


「・・・何すんだよ」
「頭冷やしたんだよ。寝ぼけてるみたいだから」
「何?」
「あんたみたいな男にをとられたかと思うと、死ぬほど悔しいよ」


浩二は斬りつけるような冷たい口調で言う
あの瞳で、まっすぐに俺を見下ろしていた


「確かに俺は今のあんたよりのことわかってるよ。だって俺は全力でを愛してたから。自信あるから。
がなにを見て笑うか、どんなことが悲しいのか、涙を流すタイミングだってよくわかってる。
・・・だけどそんな俺でもどうにもできないことがあるんだよ。
すげぇ悔しいけどわかるんだよ。が本当に今会いたいのは、俺なんかじゃない。あんただって」

俺はわざとらしく鼻を鳴らしてそれを聞き入れないふりをする

「あいつが、ひとりで山積みの仕事片付けながら、あんたを想って泣いてるのがわかるんだ」




浩二は手に持ったグラスをぐっと握ると
ゆっくりとテーブルにそれを置いた


「デビュー10周年迎えるグループのリーダーがなんで女一人追いかけられないんだよ」
「・・・」
「胸を張りたい?もう守れない約束はしない?聞いて呆れる」
「お前になにがわかるんだよ」
「わかんねぇよ全然。勝手に捨てて姿消して、せっかく再会したのに一度約束がすれ違っただけで簡単に逃げる奴なんかよ!」


はじめて大きな声を出した浩二に
周りの人間がようやく俺たちの緊迫した様子に気付く

黒沢がこちらに駆け寄ってくるのが視界の端に写った


は、待ってたのに・・・」




浩二は再びスツールに、がくりと腰かけると
テーブルの上にもう一度拳をつくってうつむいた
その腕には、ほそく血管が筋立っている

俺はそれを見つめながら、なにかが心のなかでむくりと首をもたげるのを感じた
心臓とはべつのところで血が脈打ってくる
まるで他人の血を注がれているように
それは全身を逆流して、俺は視界が開けてゆくのを感じる




「・・・一度も、迎えに行ってやらないのか。は、ずっとあんたを待ってたのに」














”迎えに・・・”



一瞬、駅で俺を待つ制服姿のあの頃のが脳裏に浮かんだ






”迎えにいくから、絶対”

あの日、彼女がくれた「好き」への、俺の返事はそれだった














そこで見計らったように黒沢が割って入る


「二人とも飲みすぎだよ。村上、トイレいって顔洗って来いよ」


俺は、腕に触れた黒沢の手をさりげなくかわす


「村上?」

「浩二」
「何?」
「あいつ、まだ仕事してんだろ」
「あぁ・・・多分」



俺は黒沢を振り返る
黒沢はおもいきり不安そうな顔で
眉間にしわを寄せている

黒沢の表情はいつまで経っても大人びず
素直な性格が表れているといつも思うのだ


「俺、ぬけるわ」
「テツ」
「大丈夫。今度こそ、大丈夫だから」













俺が店を出て扉をしめると
外はすっかり深い夜闇に包まれていた
夏のはじめの、独特の重い空気が頬をかすめる
重みはあるけれど、どこかさわやかな香りが含まれている
俺は夏のはじめの、この儚い一時の顔が好きだ


俺が閉めて出てきた扉が、またすぐに背後で開く音がする







「リーダー!」



振り返ると浩二だった
俺をまっすぐに見つめたまま立ち尽くす




「なんだよ、リーダーって」
「いや、なんて呼んだらいいかわかんなくて」
「まぁいいけど、何?」
「あ、これ。忘れもん」

浩二は俺に近づいて、上着をさしだす
どうやら俺の忘れ物を届けてに追ってきたらしかった


「サンキュ」


浩二は顔をあげずに、ずっと視線を落としている
なにか言いたそうにも見えるが
俺は奴に背を向ける


「あのさ!」

やっぱり、浩二はあわてたように俺を呼び止めた







「音楽雑誌を、色々読み漁ったんだ。あんたのこと知りたくて」
「・・・」
「知れば知るほど思ったよ。が惚れないはずないって」
「・・・俺そんな大した人間じゃねぇよ。さっきの情けねぇ俺、見ただろ?」


浩二の大きな瞳がやわらかく三日月形になる


「酒ぶっかけてごめん。でも自分でもわかってるんだろ?には自分しかいないって」
「・・・どうだろうな」
「わかってるはずだよ。そうでなきゃ困る」
「浩二」
「何」
「・・・なんで、そこまで言えるんだよ」

浩二は口を閉じて、不思議そうに俺をみた

「俺やのこと、恨んでてもおかしくないのに。お前、お人よしって言われないか?」
「まぁ、よく言われるけど」

素直にうなづく浩二に思わず笑えたが
それもすぐに引っ込んだ

「考えてもみてくれよ。明日、が遠くに行っちゃうってわかってて普通、こんなとこのこのこやってこないよ。
 いくらチケット買ってたからってさ。・・・あんたのこと、尊敬できなきゃ、できないだろ。普通」

浩二は”言わせんなよ”って顔
俺はうれしさと、浩二の素直さに半分あきれて、また笑えた







「それにさ」


浩二はあの力強い瞳に、はじめて儚い笑みを浮かべる



「俺さ、にプロポーズしたとき言ったんだ。ずっと、君の味方だって」



























































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