あの夜、もう少しだけ























いつもと同じように目が覚める朝



時計を見る

AM5:20



いつもより早い時間に目が覚めてしまうのは

眠りが浅いから

眠っていながら、同じことをずっと考えているから

















「また行くから。店。」









タクシーに乗り込んだわたしにてつやが言った

わたしはドアを閉められずにずっとてつやを見つめた

真っ赤になった涙目を、てつやに気づかれていただろうけど

そんな事はどうでもよくなった




わたしはてつやを見つめて

てつやから目をそらされるまで、見つめて










「出してください。」



てつやは勝手に運転手にそう告げて

ドアはわたしとてつやの間で閉まった







「・・・てっちゃん。」




口の中でつぶやいて

わたしは小さくなるてっちゃんの背中を

見えなくなるまで窓越しに見つめ続けた
































昨夜の全てを心の中で一度蘇らせて


すこし早かったけれど、起きあがって会社へ出かけた





























































「おはよ。」



タイムカードを通してエレベータを待っていると

横から突然声をかけられる




浩二だった

無意識に心が騒いだ




「あ、おはよ。」

「どうだった、昨日。バイト。」

「あ、うん。楽しかったよ。さすがに初日だから疲れたけど。」










まさか言えやしない
















浩二、わたし昨日、会ってはいけない人と会ってしまったよ


自分でもどうしようもない気持ちに、なってしまったよ



浩二・・・

浩二は、初恋の人と再会したらどうなる?




もう二度と会えないと思ってきた


そう思おうとして、忘れようとしてきた人に・・・



























?」

「!・・・あ、ごめん、何?」

「3階だけど。」





気づくと、エレベータが自分のフロアについていた

浩二がボタンを押し続けてくれている





「あ、ご、ごめん!」

「今日、早く帰れよ。昨日遅かったんだから。」

「ありがとう。」

「夜、電話する。」





浩二がわたしに、いつもの少年のような笑顔を向けた





胸が締め付けられる



浩二への愛しい気持ちはなにひとつ変わってないのに・・・

この動揺を隠すには、すこし時間が必要だ

浩二の目を、今まっすぐに見つめる自信が私にはない・・・











昨日、バイトを続けられるのかとカツさんに聞かれたとき

やめませんと答えた自分がなんだか別人のように思える



どうして、そんな風に断言してしまったんだろう

あの時は確かに会いたかった

てつやにもう一度会いたかった

それは、自分の気持ちを確かめたかったのかもしれない







でも、あの後てつやは私を待っていた

たった5分でも、てつやと一緒に夜道を歩いて

時間がいっきにさかのぼったようで

この動揺がとまらない



本当は、知りたくなかったのかもしれない

本当は、気づいちゃいけなかったのかもしれない

本当は、「やめます」って言わなきゃいけなかったのかもしれない





















「わたし、何やってるんだろ。」







寝不足と動揺で、すこしめまいがする

こんな状態で今日一日仕事をするなんて・・・

浩二にあれほど無理するなと言われたのに

押し切ってはじめたバイトと

勝手に生まれ出た感情

てつやへの気持ちと、浩二への罪悪感





完璧にプライベートを持ち込んだ体調不良





私はその日一日、何度も自分に嫌気がさした





















その夜、約束通り浩二から着信があった



でも、私は出なかった

笑って話せる余裕はなかった

やさしい言葉をかける自信はなかった

てつやと再会して、昨日の今日



仕方のない事だと自分で自分に言い聞かせた



それ以上は何も考えずに、その日は眠りについた

























































































「俺のこと忘れてくれ」





見下ろした先の、薄暗い道のうえ

彼はかろうじて聞き取れるほどの声でつぶやいた



なんのことだかわからずに返事をしない私に

彼はさらに言う





「忘れろ。俺のことは。もうここには来ない。」



「この街ではもう歌わねぇし、お前の好きなあの曲も歌わねぇ!」





なにかを心の底で押しつぶしてるような叫び













泣き叫びたかった

すがりついて、行かないでって言いたかった



でも、わたしは窓の中にいて

彼はつめたいアスファルトの上にいる



抱きしめ合うことすらできなかった









触れることすら、できなかった・・・

































































もしわたし達が、あの時もう少しだけそばにいて


せめて抱きしめ合うことができたなら







何か未来は違っていたのかな

































































































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