来週























「人事異動の時期だよね」



社員食堂でとなりのテーブルの女の子達が

声をひそめて話しているのが聞こえる



そういえばもうすぐ4月

入社してからは季節の感覚はほとんどなくて

大きなイベントでもない限り時間の流れなんて忘れてしまう




わたしは食べ終わった食器をあげて

一緒に食事をしている同期の女の子と食堂をあとにした





、そういえば聞いた?異動の話」

「なに?」

「総務の河合さんがうちに来るって話」

「河合さんが?あの人営業なんて務まるわけ?」

「そうそう。みんなそう言ってるんだけどね〜」

「うちの人事どうかしてるわね」

「陽子とも昨日そう話してたとこ!でもさ私らもヒトゴトじゃないよ。うち確か異動があるのって5年目からでしょ?」

「そっか。私たちもう5年目だね。」

「時が経つのは早いわぁ。私なんてまだ初恋の人が夢に出てきたりすんのに。」

「やだ、ほんと?」

「ほんとだよぉ。」



























初恋の人







先週の夜、会ったあの人は

紛れもない私の初恋の人だった



本当なら淡く思い出すはずの初恋

どうしてこんなにも、胸をしめつけるんだろう

その答えが、てつやと再会してから見つけられずにいる









浩二とは、あれから3日目に会った

会ってみたら案外普通に話ができて、食事をして



別れ際にキスをした





切なくなって、愛しくて、浩二を抱きしめた

まだ肌寒い風が、その時だけやんだ気がした











そういえば、私とてつやはつきあっていた頃

キスもしたことはなかった

いつも窓越しに見つめて、純粋でまっすぐな言葉たちで

愛を伝えあっていた





触れあえなきゃ伝わらない想いより

よっぽど強くて現実的な恋だった気がする













?」

「・・・あ、何?」

「どうしたの、ぼーっとして。」

「うん、私も初恋の人、思い出してた。」

「えーどんな人だったの?いくつの時?」

「高校2年、かな。」

「え!?高2で初恋!?遅くない?」

「そうかな・・・そうだよね。」

「そんな最近じゃまだ結構思い出したりするんじゃない?」

「・・・うん。まぁね。」









この一週間で、思い出さない日はなかった



あれから3度バイトに行ったけれど

その3度とも、てつやは店に来なかった





カツさんにそれとなく聞いたら


「あいつは世の中で一番不定期な仕事してるからな。いつ現れるかわかったもんじゃない。」


と、笑いながら教えてくれた











どこかでてつやを待ってる自分がいて

そんな自分がいやらしくて腹立たしくて

はやく帰りたかった




「また行くから、店。」




てつやの言葉を思い出してイラついたりもした






来るはずない、あの人が

来たとしても、私に会いにくるわけじゃないのに・・・

















せっかくはじめたバイトなのに

何日経ってもちっとも楽しくなんかなかった




心地のいい場所で、生き抜きのつもりではじめたバイトなのに

これじゃ、逆に息がつまってしまってストレスが溜まる

10年近く秘めていた想いが

この時間だけ、妙にリアルに私にまとわりついて

仕事中に泣き出してしまいそうになったりもした













今夜も 仕事のあと、店に行かなければならなかった































































「こんばんは」



相変わらずしっとりとした雰囲気の中、足を踏み入れる

まだカツさんだけが店にいる時間

私はうつむいたまま、店に入った









「なんだ、その顔。」









その声に、つい跳ね返るように顔をあげる



カウンターのカツさんの前に、てつやが座っていた



「・・・てつや。」

「急に名前?いらっしゃいませじゃねぇの?」

「あ・・・だってまだ開店してないじゃない。」

「あぁそっか。今日やっとちょっと時間取れたから寄ってみた。」

「仕事?」

「ん、6時からね。」

「あと1時間もないじゃない。こんな所いていいの?」



つい冷たい口調になってしまう

自分自身で距離を置かなくてはいけない気がして

それでも、見てわかるほどに私の顔は熱くなってた



「テツはお前が来るまで待ってたんだよ。顔くらい見てから行くって言って聞かなくてな。」

「カツさん余計な事言わなくていいっつーの。」




ふたりが笑いながら話している隣をすりぬけて

私は奥に身を隠した





あの日と同じ


てつやが私を待っていたあの夜と同じで

わたしの手は震えていた





でも、あの時のように悲しいわけじゃないのは自分でもわかってた











てつやが店に来たことが


悔しいくらい


うれしかった

















ちゃん?」



なかなか出て行かない私を心配してか

カツさんが私を呼んだ



「はい!」

「どうかした?」

「あ、ううん。大丈夫。」

「テツ、仕事行くって。」

「あ、そう、ですか・・・」



わざわざ呼んでくれなくてよかったのに



そう思いながらも、カツさんは何も知らない

いや、知らないフリをしてくれてるんだ・・・




わたしはカウンターの見える場所へ顔を出した








「あぁ、。俺行くわ。」

「行ってらっしゃい。」

「もーちっと笑顔で言ってくんねぇかなぁ。」

ちゃん仕事で疲れてんだよ。さぁさぁお前もさっさと仕事行け!」

「何、仕事しながらバイト来てんの?なんでそんな無茶してんのお前。」

「・・・お店が好きだからよ。」

「お、カツさん愛されてんねぇ。じゃ、あんま無理すんな。また風邪ひくぞ。」







”また風邪ひくぞ”







ばかね・・・



てつやはきっと、10年前のたった一日だけ

私が風邪をひいた日のことを言ってる



そんな昔のこと

覚えてくれてなくていいのに・・・









てつやは終始機嫌のよさそうな笑顔でまくしたてて

手を振って店を出て行った









それを見送って、ふ、とため息をついた時









「あ!バカだなあいつ、携帯忘れてるぞ!」





振り返ると、さっきまでてつやが座っていたスツールの隣に

黒の携帯が置いてあった



思わずそれを拾いあげてしまったのは私で



「菜緒ちゃん、まだあいつその辺歩いてるはずだから届けてやってくれるか。」



と、カツさんに頼まれてしまった









「・・・わかりました。」



















































「てつや!!」





店を出て、一回、二回、左右を確認した時

左方向にてつやの後ろ姿が見えた



わたしの声に振り返るてつや



「忘れもの」

「あ、わりぃ!サンキュ。」

「そんな大事なもの忘れて、バカね。」

「ハハッ 黒沢よりマシだよ。あいつこないだ家の鍵どっかになくして俺んち泊まったし。」

「・・・黒沢さん、元気?」

「元気だよ。…一緒にデビューしたんだ。あのメンバーで。」

「・・・知ってる。5年くらい前、テレビで見て驚いた。」



入社したての頃、テレビで歌うてつやを見かけて

私は持っていたコーヒーカップを落として割ってしまった



それは懐かしいような初めてみるような

それでも何も変わらないてつやがそこにいて



私はふらつく足で画面に駆け寄ったのを覚えてる







「そりゃ…でかい事言ったんだからな。当たり前だよ。」







さっきの笑顔とはうってかわって

てつやがすこしだけ、伏し目がちになる





再会してからはじめて、ふたりの間に

この10年間の重みと切なさが漂った







ふと風がふいて、わたしは10年ぶりにてつやが愛しくなる











風にさそわれたように

てつやが「じゃあな」という視線を私に送って

背を向けようとする



私の右足は、吸い寄せられるように一歩

てつやに近づいた







「ねぇ!」







一瞬ためらった後、振り向くてつや







「…さっきは冷たくしちゃってごめんなさい。」

「あぁ、いいよ別に。女に冷たくされんのは慣れてますんで。」

「何よそれ。」

「…さぁ……なんなんだろうね。」



冗談を言うのにもどこかさみしそうで

わたしは無理にでも笑顔を向ける



「あの、今日は疲れてて。こんな無愛想な感じじゃないのよ。いつもは。」

「・・・知ってるよ。」


てつやはまるで照れたように笑って下を向く









”わかってるよ”と、”知ってるよ”の違いが

私にはよくわかっていた



でも、今はわからないフリをした







「仕事、してんだ。」

「うん、リフォームやインテリア関連の会社で営業やってるの。」

「へぇ。すげぇじゃん。頑張ってんだな。」

「結構優秀なんだから、これでも。」

「そういえば、お前昔も言ってたな。部屋のインテリア見るのが好きだって。」

「覚えて、るの。」





一度か二度しか言ったことのない私のちょっとした言葉

10年も前なのに…





「もう店戻れよ。開店だろ。」

「あ…」

「じゃあな。また行くから。」

「いつ?」

「え?」





私のとっさの問いかけに、背を向けかけたてつやが

首だけこちらを振り返る





すこし、聞いたことを後悔した







「あ…忙しいんだし、わからないよね。次にいつ来れるかなんて…」

「…」

「…ごめん。気にしないで。」




先に背を向けたわたしは、店にむかって走りだそうとした











背中から、声をかけられたのはその瞬間











「来週!」








「…え?」

「来週中、行くよ。多分…いや、きっと。カツさんにいっといて。」

「…わかった。」

































”てっちゃん”との甘い思い出は



今も私の心を強くつよく揺さぶって



心の中の、一番弱い部分を素手で掴んでくる





掴まれたわたしは動けなくて



立ちつくしたまま、気づかないうちに



一歩、また一歩と



あの思い出に近づいてゆく

















”てつや”は、”てっちゃん”じゃないのに

































































































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