今宵二人は想いを馳せて










「てつや、願い事言ってみて」


あんまり期待せずに言う


「・・・特になし」
「何でもいいから言ってよ!太りませんようにとか!」
「ほっとけ!・・何?まさかお前短冊書いてんの?」
「うん」
「・・・はぁ」



電話の向こうで
てつやは大袈裟な溜息


どうせ呆れてるんだ
こいつはまたそんな
子供じみたことを・・・とかなんとか



「・・・キミは一体何をやってんの?」
「何でてつやはそんなに夢がないの?」
「ばかやろう。俺ほど夢に溢れた30代がどこにいんだよ」
「じゃあ願い事早く言ってよ、どうせ色々あるくせに!」
「願い事じゃねぇもん、野望だもん」
「なんか腹黒いなぁ」
「あ、おまえ、そういう事言っていいわけ?」
「七夕をバカにしちゃダメよ!私何度も願い叶ってるんだから!」
「ほぉんとかよ、例えば?」
「小学校の頃、欲しかったおもちゃが買ってもらえた」
「それは親に感謝しろ」
「中学校の頃、好きな人とつきあえた」
「おぉ、そりゃちょっとすげぇな。他には?」
「高校の頃、大学に受かりますようにって書いた」
「受験3月だろ!それが七夕で願ったおかげだと言い張るお前がすげぇわ」
「だって親にも先生にも絶対無理って言われてたんだよー」
「はいはい。あとは?」
「去年の七夕、村上さんの恋人になれますようにって書いたし」
「それは何か?
 俺はもしかして星から指令がきて今お前とつきあってんのか?」
「んもーーなんでそう夢のない事言うかなぁ!」


電話の向こうでおかしそうに
バカ笑うてつやの声が聞こえる


「あーおもしれぇ。じゃあ今年は?」
「・・・・・」
「もしもし?」
「もしもし」
「今年の願いは?」
「それは言えないよ、言ったら願い叶わないもん」
「なんだそれ、言ったら叶わないとか初めて聞いたぞ」
「とにかく言えないの」
「またバカバカしぃ事書いてたんだろ」
「バカバカしくないよ!」
「痩せますようにとか」
「・・・私、太ってる?」
「いや太ってねぇ、太ってねぇけど、書いてそうだなと思ってよ」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・?どうした?図星?」
「・・・・・てつやのバーカ」
「は?」
「バーカバーカ。だいっきらい」


妙に冷静にそんな事を言ってしまう私は
やっぱりガキなのかもしれない

それにしたって
どうしてこの男はこんなにも
デリカシーがないのかしら
さらに自覚してないところが犯罪的だ

こうしててつやは今までに
何度も女の子を傷つけてきたに違いない


本人も気付かないうちに。



「あ?何だそれ?」
「・・・・・・」
「久しぶりにしゃべれたかと思えばそれかよ?」
「・・・・・・」
「おい、何とか言え」
「あ」
「あ、じゃねぇよ」
「い」
「ガキかお前は」
「ガキだよどうせ、てつやには一生わかんないよ」
「なにが?」
「あたしの願い事なんか」


すかさず願い事の話を持ち出す私に
てつやはまたわざとらしい溜息をつく

溜息つきたいのはこっちなのに


「今何時?」

てつやが今何時?と聞くのは
電話を切ろうとしてる合図

「いま、23時40分」
「・・・・・もう切るわ」
「切っちゃうの?」
「なんかお前今日変だし」

失礼な


「わかった・・・」
「・・・・」

まだ何か言いたげなてつや
私は察して聞き返す


「どうしたの?」
「お前さぁ・・・夢見すぎじゃねぇ?」
「なによそれ」


電話の向こうで
インターホンらしき音が鳴る
てつやは今ホテルにいるから
部屋に誰かが来たのかもしれない


「中学んときの?何だっけ、好きな奴とつきあえたとかさ」
「それが何?」
「それは、相手と自分の気持ちが一致してのことだろ」
「そうだよ」
「短冊に書いたから叶ったんだとか、相手が聞いたらガッカリだぜ?」
「・・・・・」



少しの沈黙
電話を片手にてつやが何か
ごそごそとやっているのが分かる
てつやの動きは
電話ごしにでも私にはよく分かるんだ


「俺も・・・正直がっかりだわ」
「!」
「たかがそんな事で怒る俺もおかしいよ、けどな・・・・
 なんていうか・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「まぁいいわ、ちょっと今、誰か来たから切るな」
「・・・うん」
「じゃあ、おやすみ」
「おや、すみ」


プッ   ツーツーツー




何だよ

七夕?願い事?
おいおいちょっと待てよ
って感じだよなぁ

言っとくけどなぁ
去年の七夕どころか
俺は去年の4月ぐらいからずっと
お前が好きだったんだぜ?

アルタイルだの、ベガだの、
彦星だの織姫だの
そんなもんに願わなくたって
言われなくてもお前とつきあうっつーの!!


デリカシーねぇなほんっとに

このバカ!!




ピンポーン

あぁそうだ
誰か来てたんだった・・・


ガチャ

ドアをちょっとだけ開けると
ドアの隙間から黒沢が顔を出した

「あぁテツ、今ヒマ?」
「ヒマ」
「入っていいか?」
「おぉ入れよ」

俺がドアを全開にすると
黒沢はドアで隠れて見えなかった方の手に
でっかい木を持っていた

「ぅわッ・・・・びっくりしたぁ、何それ?」
「笹の葉」

見りゃわかる
見りゃわかるけどよ

笹の葉にはもう既に
願い事が書かれた短冊が飾られていた



どいつもこいつも・・・

黒沢は笹の葉をずるずるとひきずりながら
部屋に入ってベッドに腰掛け
当たり前のように俺にペンを差し出す


「願い事書けって?」
「そう、みんなもう書いたんだよ。後はテツだけ」
「何でみんなして書いてんだよ」
「え?言わなかったか?明日の公演はロビーにこれ飾るんだ」
「はっ!!??」
「メンバーやスタッフが直筆で願い事書いてさ、お客さんがそれ呼んで。
お客さん用の笹の葉と短冊も用意してあるんだってさ」

聞いてねぇよ
誰が決めたんだ一体?
大体そんなのロビーに飾ったら
ひきちぎられて持ってかれるだろ
ロビーが笹の葉だらけになるぞ

「はい、短冊。今すぐ書いて」
「・・・・今すぐかよ」
「何でもいいんだよ、テツだけ書いてないんじゃ客が残念がるぞ」
「・・・・」

そう言われたら書くしかない
気付いたら黒沢は勝手にテレビをつけて
くつろいでいる


「お前はなんて書いたわけ?」

「言ったら願いが叶わないだろ」

「あっそ・・・・ったく、どいつもこいつもほんっとに・・・」





ペンを片手に
1分経ち、5分経ち
10分経っても願い事なるものは浮かばない

もしかしたら後ろにこいつ(黒沢)がいるから
気が散ってんのかもしれない


「黒沢、わるいけど・・・」

振り返ると
黒沢は人のベッドで気持ち良さそうに寝ていた

「・・・何寝てんだよ」


思わずつっこみを入れるが奴は起きない
黙って待ってたから寝ちまったんだな
しょうがねぇな・・・

俺はふとんを黒沢にかけて
もう一度短冊を持って椅子に腰掛ける




「願い事・・・」


『去年の七夕、村上さんの恋人になれますようにって書いたし』

ほんとは嬉しかったんだ

俺らがつきあいはじめたのは去年の9月で
俺から「好きだ」って言った

俺の一方通行だと思ってた


確かに俺のが先に好きだったけど
七夕の願い事にも書いててくれてたんだな



書いてくれたのはうれしいよ、やっぱ純粋に
けど、つきあってもう10ヶ月
お互いを思ってこその年月だろ?
今それを星に願ったおかげだなんて
あまりに無責任なんじゃないか?って思うわけ


少しすると黒沢がもぞもぞと起き出した

「・・・・ぁー寝ちゃった。書けた?」
「まだ」
「えーー!何でだよ!遅すぎだって!」
「うるせぇなぁもーちょっと待ってろって」

ブツブツ文句を言いながら
黒沢はテレビのチャンネルを変える
こんな時間なんだから深夜番組しかやってねぇだろ


「あ、これ面白そう」

テレビには無名のお笑いタレントが映ってる
なんとなくそれを見る


『こちらのお店はですね〜7月5、6、7日の三日間笹の葉を飾って
お客さんに願い事を書いて飾ってもらってるそうなんですよ。』

その店はこじんまりした喫茶店で
ちまちました雑貨なんかが置いてある明るい店
が好きそうな店だ


『ここは毎年これやってるらしくてね、ここに書いて飾ったら
願いが叶うって有名らしいんですよねぇ。
ちょっと願い事読んでみましょうか〜・・・』

「へぇ願い事叶うのかぁ、いいな〜書いてこよっかなぁ・・・」

黒沢が本気で思ってるのかどうかよく分からない事を
小声でつぶやく


俺は椅子にもたれたまま
ぼんやりとその映像を見つめる

色とりどりの短冊に
黒のサインペンで書かれた願い事
どれも女の字で書かれていて


「受験合格しますように」だの
「痩せますように」だの
「彼氏ができますように」だの

ふ〜ん、みんな切実ですこと



『色々ありますねぇ〜』

「この店どこにあるのかな〜、かわいい店だな」

テレビの中で大袈裟にしゃべるタレント
ブツブツと何か言ってる黒沢
の好きそうな店内
画面の中で変わるがわる見せつけられる女達の願い
その中で、ひときわ目をひく赤色の短冊の願い事


「てっちゃんと、もっと一緒にいられますように    





ガタンッ


勢いよく立ち上がり
テーブルの上のペンが床に落ちた

「何だよテツ?どうした?」


黒沢は、その数秒映ったの短冊には
気付いていないようだった

「テツ?」






”またバカバカしぃ事書いてたんだろ”

”痩せますようにとか”



”・・・・・てつやのバーカ”




ほんっと、バカ






「おい黒沢、赤い短冊ないの?」
「赤?何色でもいいじゃん」
「やだよ、魂の赤じゃねぇと願い叶わねぇじゃん」
「なんだそれ!はい、赤」

俺は大人しく椅子に座って書き始める


「なんだよ、急に思いついたか?」

きょとんとする黒沢に
書き殴ったような短冊を突き出して
目の前で読まれるのがなんとなく
恥ずかしくて

「待たせて悪かったな!じゃあな!おやすみ!!」

笹の葉を黒沢に押しつけて
背中を押して部屋から追い出した



俺は迷わずベッドの上に放っておいた携帯を拾う

言いたいことが決まってもいないのに
彼女が寝てしまうまえに
どうにか電話でつかまえたくて
焦る指でボタンを押した














「あ、黒ぽんお帰り。テツ短冊書けた?」

「うん、なんかえらく時間かかってたよ」

「どれどれ??」

「これ。赤いの。」





「『大事な人の願いが叶うこと』・・・なんじゃそりゃ〜」

「”〜ますように”調を全く無視してるよな」

「ほんとだよ、アンケートじゃないんだから」












お前の願いは

俺の願い


お前の願いが叶えば

俺の願いが叶ったも同じなんだ



今宵

静かな夜空のどこかで

織姫と彦星が出会えた事を願って


俺らのぶんまで仲良くやっててくれよ









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photo by [戦場に猫]

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