決意の夜













店を出てからはまっすぐ帰ってきたのに
彼女のアパートのまえに車を停めたころには
もう日付がかわっていた


エンジンを停めると、急激に静かになって
車内の空気がぎゅっと圧縮されたかんじになる






「遅くまでごめんね。連れ回しちゃって。」
「とんでもない。楽しかったです。すっごく。」


彼女はバッグをひざの上において、僕を振り返る
ささやかな街灯に照らされて、彼女の顔が半分見える

僕の右手は、なにかを必死に我慢している
なにかはわからないが、それを自分で実感する




「僕も、楽しかった。」
「デートらしいデートを、はじめてした気がする。」
「これからいくらでもできるよ。また恋をすればいいんだから。」


その後にも、なにか言葉があった気がするけれど
それもとっさに飲み込んだ感触
一体、僕はどうしたいというんだろう




彼女がふっと視線をおとすと、長いまつげが影になって頬に落ちる
唇の端をあげて、微笑むと
今日一番の、彼女の笑顔になる






「それじゃ。」






彼女はそれだけ言うと、僕がうなづくのを待ってから
ドアをあけて、車からするりと降りてゆく


いちど、手を振って背をむけると
アパートの階段をしっかりとした足取りで登っていって、
一度も振り返らずに消えてゆく


































































・・・





・・・





・・・!










僕は無意識に、息をおおきく吐いてハンドルにつっぷした

そうでもしないと頭をかきむしってしまいそうな気分で

僕はゆっくりと深呼吸を繰り返す


両手が、有り余ったものすごい力でハンドルを握る



















彼女を

抱きしめたかったから













今度は、励ますためなんかじゃない

笑ってほしいからじゃない

意味なんかない、正統な理由なんかありゃしない

僕は彼女がただ欲しくて、抱きしめたかった







都と出会ってから、ずっとずっと説明がつかなかった

”らしくない自分” の正体が、今やっと見えたんだ



きっと、二度と手放せない恋に出会ってしまったから

それはまるで初恋と紙一重で、

突然すぎて、気付かない

自然すぎて、見過ごしてしまいそうだった

そしてきっと、最後の恋であるということ








































ふと見上げると、彼女の部屋には灯りがついている


それを見届けてから、僕は車をUターンさせる



今から彼女へこの気持ちを伝えるのはあまりに突拍子もない

彼女は今夜、(もしくは今後数日の間に)彼との恋の墓を作るという仕事が残っている

それは第三者が踏み込んでいい仕事じゃない

自分と彼の間に、自分の中の、過去と未来の間に

今という一線をひかなければならないのだ

それを彼女がひとりで終わらせなければ、僕は彼女に触れることすらできないと思ってる
















これから、隣のマンションでなく


仕事場のマンションへ帰ろう










そこで彼女のために、ラブソングを書こう


彼女が、他の男とのラブソングを手にするまえに


君に、君のためだけにラブソングを書こう





きっとそれは、僕が誰かのためにかく最後のラブソングになるだろう































なぜなら、もし僕が次に君を抱きしめたなら


僕は二度と、君を離さないから


































































そして、僕はそのとき、まだ気付いていなかった



上着のポケットに入った携帯が
おなじ気持ちをかみしめた彼女からの着信に
揺れていることに



彼女の恋の墓は、今日拓矢と別れたときに作られていたのだろうか









































僕らのラブソングは、まだ生まれてもいないけれど


それが君のなかでいついつまでも、奏でつづけられますように。


















































fin.








あとがき

(c)君に僕のラストソングを


photo by <NOION>
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