第 一 話












部屋の外へ出ると、まだ少し肌寒い風

7月も終わろうとしているというのに

日本より湿気が少ない気候は好きだけれど

夏なのに朝晩が冷えこむときの頼りなさには、まだ慣れない






「上着をとってこいよ」


外に出てすぐに、てつやはわたしを振り返って言う


「大丈夫よ。すぐそこまでだから」











すぐそこ、とは、わたしの住んでいるアパートの

エントランス出たすぐ前のことだ

てつやは今から日本に帰国する

為に、空港へ向かう

為に、タクシーを呼んだのだ







「俺はこっちの気候のが好きだな。なんとなく」

「そう?夏はいいかもしれないけど、冬は悲惨よ」

「あぁ、そうか。冬は来てねぇからな・・・」





わたしの部屋はアパートの2階で、

階段をおりるあいだに、てつやはさりげなく私の手を握る

エントランスへ降り立つと、タクシーはすでにそこに停まっていた

この寒さだからありがたいような、がっかりしたような。













わたし達の別れ際は、案外あっさりとしていて

たとえ次に会えるのが半年先でも、一年先でも

決まって「じゃあね」と、手を振るだけだ







「じゃあね」


「おう。風邪ひくなよ」


「てつやも」











それは、次に会う日が決まっていないから

逆にできることなのかもしれない

半年先か、一年先か、わからない分

もしかしたら急遽、来週また会えることになる、とか

そんなことだってありうるからだ





「会えない」と思うからさみしいのだ

「次に会う日まで」と思えば、それが明日だと思うこともたやすい









タクシーのドアがしまって

てつやは振り返らずに、車に乗せられて離れてゆく



タクシーが走り去ったあとも、辺りはほどほどにざわついている

わたしの住む街は、東京でひとり暮らしていた場所よりも

ずっと騒がしくて、さみしさを感じる隙を与えない



はじめはそれに助けられたけれど

東京を離れて1年も経ってみると、そうでもない



夜、ベッドに入ったあとでも

窓から24時間営業の酒屋のネオンが

無遠慮に部屋に入り込んでいたり、

車の交通量も、昼間とさほど変わらないのだ







わたしはタクシーが見えなくなるまで見届けると

あくびをひとつして、冷えた二の腕を撫でた

















「ナオ」





背後で、ざらついたハスキーな声が聞こえる

ジャスミンだ



「ジャスミン、こんばんは。買い物?」

「えぇ。オリーブオイルが切れたから」



ジャスミンは黒人女性で、隣の部屋に住んでいる

右手には、言ったとおり小さな紙袋を抱えている



彼女は、まだ23歳とは思えないグラマラスな体系をしていて

初対面のとき、それを褒めたら彼女は笑って言った

”母親はたくましいのよ”





シングルマザーなのだ









「彼が来てたのね?」

「そう。今見送ったところよ」

「次はいつ会えそう?」

「わからないわ。来週かもしれないし、来年かも」



わたしがおどけて言うと、ジャスミンはからりと笑った







わたしはまだ、気の利いたことを言えるほど

英語が堪能ではないけれど

こちらの人は、何を言っても大抵は前向きにとらえてくれる





「じゃあ、きっと来週会えるわよ」

と、言ってくれる

少なくとも、彼女は

















部屋にはいる前に、ジャスミンはわたしの翌日の予定を聞き

会社が休みなので朝9時に起きると告げると

一緒に朝ごはんを食べましょうと提案した

ジャスミンと、その子供サラととる朝食は

わたしにとって特別で、素敵で、明るい一日を迎えられる保証のようなものだった


わたしは笑顔で首をたてにふる



















部屋にはいると、かけっぱなしのCDコンポが弱く流れていて、

ぼんやりとディスプレイが光っている

窓からは弱い風がはいりこんで、カーテンをゆらす

今夜も、涼しい夜になりそうだ



パソコンを開くと、1通のメールが届いている

送り主は大体誰かわかっている

わたしはイスに座らずに、マウスを動かす





やはり、相手は母だった










「 
      Title : Re;お盆の件

 お盆くらい帰ってきなさい。お父さんも心配してますよ。

 そちらは少し肌寒いそうだけど、大丈夫?

 こっちも、雨が多く例年より涼しい夏になっています。

 また連絡してね。



                    母より          」









しばらくわたしは、その短い文章をみつめる

やはりお盆は帰るべきか、帰らないのならその言い訳を

半分途方に暮れながら、考えた





そういえばわたしは、去年の夏から

日本へは帰っていない




















































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