第 九 話












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何度聞いても耳慣れない

アパートのインターホンの音が鳴り響く


荷造りに熱中していた私は

つい、持っていた手帳を落とした







「はぁい」



わたしの返事は、三度目の呼び鈴にかき消された






















ガチャ


扉を開けると、意外な人が立っていた






「藤井さんっ」






私服の藤井さんを見るのはひさしぶりだ


彼はハードな仕事ぶりとは裏腹に、

ファッションセンスはカジュアルで若々しく

時にかわいらしい


淡いピンクの高襟のシャツに色褪せたジーンズ姿で

寒くもないのに背中を丸めていた


左の胸元には、ブランドのロゴらしき

黒い薔薇の刺繍が施されている




わたしはファッションブランドにはめっぽう疎い















「よっ」

「・・・どうしたの」

「いや、近くまで来たから、まだいるかなと思って」









わたしは、今日から夏休みで

もうすぐ空港にむかうところだったのだ


そんなわたしの返事を待たずに、 藤井さんは、おもむろにわたしに紙袋を差し出した






「なんですか?」

「村上てつやに土産だ」

「てつやに?」

「酒だよ。奴が飲みたがってたウィスキー。荷物になるならいいぞ。自分で飲むから」

「(笑)ありがとうございます。わざわざ」

「まだ出発しないのか?」

「あぁ、今荷造りしてるから」

「今ぁ?間に合うのかよ」

「たぶん」




歯をみせて呆れ笑いをする藤井さん




















「コーヒー、飲んでいきます?」







なんとなく、会社の外で会うのがひさしぶりで

昨日まで一緒に仕事をしていたのに

ゆっくり話でもしたくなって、つい誘ってみた







「いいよ。荷造りしろよ」

「”たぶん”、は冗談。出発は夕方だから、時間は余裕あるんです」

「そうなの」




わたしの言葉に、すでに「じゃあ遠慮なく」という顔になっている



彼は、基本的にしたいことには遠慮をしないし

逆にしたくないこと、行きたくない場所には意地でも行かない

遠慮ではなく、拒否反応すら示す


非常にわかりやすくて、そういうところがつきあいやすい






「どうぞ」


わたしはあっさりと、彼を招き入れる




















「はじめて入った」


さりげない感じに、部屋を見渡して

彼は短くつぶやいた


「そうですね。そのへん座ってください」

「そのへんって、このソファしかないじゃん」

「床でもいいですよ」

「やだよ。オレ、痔だもん」






ふたりで笑いながら、わたしはキッチンへ

藤井さんはソファへ素直に腰をおろした


いつもオフィスでは彼が主で、すべてを支配しているのに

今、わたしの部屋ではわたしが促さなければ

彼はソファにすら座れない、と思うとなんだか微笑ましくすら見える


子供のように、わたしのいれるコーヒーを

素直に座って待っている、綺麗な横顔













「タバコ吸っていいか」

「いいですよ」

「佐藤、吸わないよな」

「はい。でも、彼氏も吸うし、友達も吸うから」

「友達なんかいるのかお前」

「失礼な・・」

「いやいや、こっちで、アメリカでって意味」

「あぁ、隣の部屋の子と仲良くなって」

「へぇ、初耳」



そういえば、この人にはそんな事すらしていなかったっけ

と、すこし驚く



「ジャスミンっていうの。サラっていう小さな子供もいるの」

「シングルマザーか」

「そうね」



藤井さんと、こんなにも対等に

質疑応答を繰り返せたのは珍しいかもしれない


それも、質問を投げかけられるのは私の方

というシチュエーションが珍しい













「どうしたんですか」

「・・・なにが」







藤井さんのサイドテーブルにコーヒーを置いて

わたしは尋ねた



もちろん、茶化そうと思って









「ひとりの夏休みが、やっぱり寂しくなったんですか?」



































一瞬、目を丸くした藤井さんは

コーヒーに目を落とすと、鼻先でため息をつくと

口を開いた










「ジャスミンって、いくつだ」

「・・・へ?」

「歳、いくつだ」

「23です」

「若いな。なんで離婚したんだろ」

「・・・あぁ、まぁ色々」

「あ、ごめん。立ち入ったこと聞いたな」















ジャスミンの離婚は

旦那さんの暴力が原因だった


仕事がうまくいかなくなるにつれ

やさしかった旦那は日に日に酒の量が増え

言葉は荒くなり、ジャスミンに手をあげるようになる

サラがまだ赤ん坊のころ、ジャスミンはサラを連れて

家を飛び出したそうだ


それでも実家のユタに帰らないのは

いつか心を入れ替えた彼とまた一緒になれるのを待っているそうだけど

望みは薄く、サラにとっても良くないということも彼女は重々承知している



母は強しとはいえ、まだたった彼女は23の女の子でもあるのだ














そんなこみいった話を、私もここでする気はないし

藤井さんも、安易に尋ねた自分を戒めるような顔をする





そのことよりも、私が気になったのは

藤井さんの話題のそらし方だった



私の質問は、たまに核心をついてしまうのか

彼はそのたび、ふざけてはぐらかしたり

話をあからさまに逸らしたりするのだ


































彼はそのまま、当たり障りのない質問や冗談を繰り返し

「村上てつやにヨロシク」と二度も三度も言って

見送ってくれることもなく、あっさりと帰っていった



飛行機に乗ってから

なんとなく違和感をおぼえていた私は

藤井さんがてつやにとくれた紙袋をそっと開ける

それを手にとるとわたしは愕然とした











































そうだ、てつやがウィスキーを飲まないことを

彼は知っているはず






それは私が飲みたがっていたウィスキーだった





















ラベルには紅いペンで


「to SATO」 とさりげない筆記体で、綴られていた




















































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