震えるぬくもり























「よっ」




浩二はこちらに気づくと

片手をすこしあげて、立ち上がった




「・・・何してたの?」

「見てわかるだろ。お前待ってたんだよ」

「そうじゃなくて・・・一週間も何してたの?」

「・・・とりあえずさ、家いれてくんない?今日冷えるよな」




浩二が私から目をそらして

わざとらしいほどに話もそらす


浩二はブルーのボーダーのシャツとジーンズで

靴はいつものお気に入りのスニーカーだった

手ぶらで、ポケットにはいつものように財布がつっこんである

携帯はどこにも持っている様子はなかった



連絡もなしに突然現れるなんて・・・

明らかにいつもと様子がちがう





なんだか今目の前にいる人が

知らない人のように感じる







部屋にあがると、浩二は2回続けてくしゃみをした



「風邪、ひいてたの?」

「・・・まぁ、そんなとこ」

「おなか、空いてる?」


といっても、一人分のお弁当しかないけど・・・



「いや、空いてない。、食べてていいよ」

「あ、じゃあカフェオレいれるね」

「ありがと」



鼻をすすりながら、浩二はいつものテレビの前を陣取って

勝手にテレビをつけた


私がカフェオレをいれるキッチンの物音と

テレビの中の騒がしい笑い声やナレーションだけが響く

かえってそれが、ふたりの沈黙を際だたせた







正直、浩二がマンションの前で待っているのに気づいたとき

反射的に恐怖を感じた

連絡もせずに待ち伏せていたことなんて、今までになかったし

目をあまり合わさないところや、話をそらすところや

あまり笑わないところや

何より、この一週間わたしからの連絡を無視し続けたことに

なにか彼なりの意味がある気がして仕方がなかったから


わたしは黙ってカフェオレをいれて

弁当を出しかけたけど、なんだか食欲がうせて

とりあえずパソコンを立ち上げる





「仕事すんの?」


テレビを見ていた浩二は振り返って言う


「あ、うん。最近忙しくてね」

「・・・俺、いないほうがいいかな」

「そんな事ないわ。カフェオレいれたから、飲んで、テレビ見ててくれていいから」



本当は一人でないと集中できない気がしたけど

彼が今日訪れたことに意味があるのは確かで

それを聞かれるのを、彼は待ってる気がするから

帰すわけにはいかなかった


ただ、それを私が切り出すのは

すこしためらわれた







浩二は、立ち上がってキッチンへ入り

湯気のあがるあたたかいマグカップを持って

パソコンの前に座る私のほうへ来た



「頑張ってんな」

「ヒトゴトみたいに。浩二も早く風邪治しなさいよ」

「・・・なおらないよ」

「え?」



ぼそりと言った浩二の言葉を

私はつい聞き逃した


聞きかえしたけど、浩二はカフェオレを一口飲んで

いつもの笑顔に戻っていた



「寺脇にも、返事返しとくよ。あいつ心配性だよな、お前よりいっぱいメールきた」

「心配してくれてるのよ。あの営業企画で唯一の同期でしょ」

「あいつは大丈夫だよ。俺とは違うから」

「どういうこと?」

「そのままの意味」



浩二はそれだけ言って、背を向けて

またテレビの前に座ってしまった


でも、その背中はもうテレビなんて見ていなくて

何かを考えているような背中だった

マグカップを持った手が

宙に浮いて動かない









わたしは、番組がCMにはいったのを見計らって

ついに、切り出した







「・・・私、決めたよ」

「なにを」



浩二は振り返らずに答えた



「アメリカ、行くことに、した」

「・・・返事したの」

「・・・うん。5日前に」







私のセリフを最後に

また沈黙が訪れる





















こちらを見ない浩二の背中

宙に浮いたままのマグカップを持った手

その時に気づいたけど

なんだか、痩せてしまったような

浩二の小さな頭







あんなに一緒にいたのに

あんなに大好きだったのに


今、浩二がどんな顔をしてるのかわからない







































「風邪なんかひいてないよ」




浩二は、ようやくテーブルにマグカップを置いて

背をむけたままそう言った




「・・・え」

「風邪で休んでたんじゃない」

「じゃあ・・・」

「会社には風邪だっつっといたけど。違う」

「どうして?」

「お前に会いたくなかった」








はっきりとした口調で浩二はそう言った









言葉が返せなかった



浩二から、そんなことを言われたのははじめてだった








「お前に、会いたくなくて、会社休んだ」

もう一度、浩二は繰り返す



「お前に、会ったら、今度こそ、終わると思って・・・」

浩二は、言葉を選びながら
ゆっくりと話す



「今度こそ、終わると思ったから、休んだ・・・。・・・終わりたくないから、休んだ」

母親に怒られている子供のように、 浩二は言った



















わたしの、手や唇が



震えている















強がりな浩二が

人に弱味を見せない浩二が

私を安心させてくれるばかりだった浩二が




あんなにも頼りない背中で

つぶやいている










やっぱりどう見ても痩せてしまった浩二




浩二の大好きなカフェオレが冷めていく

























熱い



私の瞳が熱い





まだ充分に残ってる、浩二への愛しさが

心の底からこみあげて、

瞳を通り抜けて、こぼれ落ちていく









私は立ち上がって、ゆっくり浩二の背中に近づく

今にも逃げ出しそうな動物を捕まえるみたいに

なるべく浩二の気持ちに障らないように

そっと近づいて



浩二のとなりに座ると

浩二はテレビの画面を見つめたまま

その横顔はテレビからもれる灯りにそまって

そのまっすぐな瞳からは

一筋の涙がおちていた











「浩二・・・」






私が名前を呼ぶと

それが合図かのように

浩二の表情はいっきに崩れる



























がちゃん







テーブルに乗っていたカフェオレの入ったマグカップが

浩二が私を抱きしめた衝動で

床に落ちて、じゅうたんに薄茶色のしみをつくった
















「・・・3年くらい、待つのに」


今までにないくらいの強さで

浩二は私を抱きしめる





「3年くらい、俺、待ってるのに」


浩二の手が震えていることに

その時気づく











「・・・なのにどうして、他の奴なんか好きになんだよ」



























「いなくならないでよ」





















































きっと


10年前



浩二はお母さんを亡くしたときも

こんな風に誰かにすがりつきたかったんだ



誰かを抱きしめて

もう戻ってはこない人の名を呼んで

思いきり泣きたかったんだろう







同じ頃

私がてつやを抱きしめたかったのと

同じように























人と人は



離れかけたとき



やっぱり生身のぬくもりで抱きしめあえなければ終わってしまう























































































































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