真実    vol.1


























人間なんて一皮むけばみんなおんなじ。


俺は当時そんなふうに思っていた





欲望と、野心と、孤独とさみしさを抱えて
ひとは街を歩いてる

それを満たすためならどんな汚いことでもするくせに
みんな必死にその本性を隠してる



それならそれでいい

俺だって、隠したいことのひとつやふたつある









だけど

だけどだよ


芸能人ってのはやっぱ
自分のすべてを芸に捧げて切り売りして
暮らしていく覚悟を決めた
またはそうすべきと選ばれた人間なんだからさ


プライバシーなんてものがあると思う方が
間違いなんだぜ?










「おい、佐藤!」



ざわつくオフィスの奥のデスクから
禿げ上がった汚らしい親父が俺を呼ぶ


「お前こないだの君島の件、ほんとに次号載せれるよーになってんだろうなぁ」

「君島の件?」

「アホか!森田と組んですっぱ抜くって俺に宣言したろうがぁ」

「あぁ、君島洋次の不倫・・・」

「森田は写真撮れてんだろうな?」

「さぁ、相手の女の職場付近で張り込むって意気込んでたのが先週でしょ?
・・・あれ以来会ってないっすね」

「バカ野郎、会ってないっすねじゃねぇよ!寝ぼけてんのか?一緒に張り込んでこい!」

「でも今アイドルの年齢サバ読み疑惑がアツイじゃないっすか・・・」

「言い訳すんな!10年早ぇ!とっとと行け!片っ端から担当外すぞ!」



デスクを冊子で叩き、つばを飛ばして怒鳴る編集長に
俺は適当に返事をして背をむけた
まわりから、嘲笑や哀れみがむけられる


当時の俺たちの仕事には携帯電話なんてものはなく
外で張り込んでる相棒をつかまえるのにも
一苦労だった




俺は自分のデスクに山積みされた仕事を
ちらりと横目で見て
同期の早乙女と目を合わせて肩をすくませ
バッグを持ってオフィスを出た

するとすぐに、早乙女が俺を追って出てくる

早乙女は小柄な女で
入社して5年間、ショートカットしかみたことがない
いつもパンツスタイルで、きびきびと動く女だ
きれいな顔立ちはしているが、俺からすれば女らしさには少し欠けていると思う

こうして追いかけてくるのは
俺に特別な気持ちがあるからだと
よく森田やほかの同期にも言われるが
俺は長年気づかないふりをし続けている





「佐藤くん!今からいくの?」

「あぁ、あんな事言われちゃあそこにはいられねぇだろ」

「森田くんつかまりそう?」

「さぁね、君島洋次の相手の女の職場がこの近くなんだよ。そこ行ってみる」

「相手の女って、J?」

「そうそう、J嬢(笑)」

「職場で張り込む意味あるの?」

「あぁ、顔ぐらいは拝めるんじゃねぇの?」

「保証は?」

「・・・100%」

「え!?どうして?」

「受付嬢なんだよ。Jは」






納得した顔で立ち尽くす早乙女を置いて
俺は走り出した






君島洋次という人気俳優がいた
映画にドラマ、舞台にCMなんでもござれで
その上、夫人は元宝塚スターでCM好感度No.1女優
娘は新人アイドルとして歌手デビューを控えていた


家族を引き連れた大俳優
奴一人を引っ張り出せば、夫人と娘も必然的に墜落だ



俺の仕事はべつに芸能人を突き落とすことじゃない
他の情報に比べ、すこしでも人の興味をそそる話題を選んで
手をくわえて色付けして、世に送り出すこと
そして業界を色鮮やかに賑わせること


輝かしい軌跡をたどる一家を
俺(と森田)の力で天国にも地獄にも送ることができる
君島洋次もあそこまで大きくなるのに
相当あくどいことやってきたっていう噂だから、罪悪感もそれほどない
むしろ身震いがするほど、魅力的な仕事であるのに間違いはなかった








ただ俺がこの件に関して渋っている理由は
他のところにあった













「やっぱり、ここにいたか」




森田は、Jの職場の目の前にある喫茶店で
とっくの昔に空になったコーヒーカップを放置して
黙々と新聞を読んでいた

でかい図体をした森田の向かいの席に座り
俺はアイスコーヒーを頼む



「おぉ、佐藤。編集長に追い出されたって?」

「なんで知ってんだよ」

「さっき事務所に電話したら早乙女が出た」

「あぁ、あの女余計なことを」

「心配してんだよ。お前のこと、ちゃんと食べてるのかしら、最近痩せたわってそればっかりだぜ。
愛されてんなぁ〜」

「やめろよ。編集の女なんか絶対やだね」

「それ早乙女が聞いたら編集部の屋上から身投げるぞ」

「身投げるくらいなら仕事やめりゃいいんだよ。俺は知らん」

「・・・」

「なんだよ?」



なにか言いたげに俺を薄目で見据える森田



「いやね、お前の浮いた話って聞かねぇなぁと思ってさ」

「お前はあるのかよ」

「俺の話はいいんだよ。話そらすなって」

「べつにそらしてねぇよ。俺は自分より他人の話が好きなの。記者ってそういうもんだろ」

「早乙女には言わないから」

「あたりめぇだよ!変なこと言うなよ。仕事しづらくなんのやだから適当な距離保ってやってんだからさ」

「お前・・・それって優しさ?それとも残酷?」

「しょうがねぇじゃん。興味ないもん」

「お前ってゲイ?」

「アホか」

「じゃあどんな女がタイプなわけ。紹介してやるよ」

「いいよ紹介なんか」

「いいから、言えって」

「・・・タイプぅ?」





俺が、頭のなかでぼんやりと
ひとりの女を想像しかけた、そのとき





「あ!!!出てきた!Jだぞ!」





その想像の姿と、森田の指差した先の女が
一瞬ずれて、重なる




君島洋次の不倫相手
大手証券会社本部の正面玄関受付嬢
富永淳子 当時25歳


彼女を君島の愛人だと認識したのは1ヶ月前
それまで彼女は・・・淳子は
俺のなかで幼馴染みの女の子でしかないはずだった























































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