真実    vol.10

























玄関を開けると、そこには
入社から5年間
俺が知らず知らずに頼りにしてきた
相棒であり、親友であり、ライバルである
男が立っていた




「・・・森田」


一瞬遅れて
ものすごい酒のにおいが鼻をつく

最初は森田がものすごく飲んでいるのかと思ったが
ちがった

さっきの音は一升瓶が割れた音で
森田の足元に粉々になったガラスと
アスファルトには酒がしみになっている

かろうじて形が残っているラベルを見ると
いつだったか森田と一晩中呑んだときに
俺が彼に買っていってやったのと同じものだった



森田がここに
何をしに来たかぐらい
俺にだってわかる



森田は呆然と俺の目を見つめて
俺が先にすこし目をそらすと
我に返ったように口を開いた


「・・・写真・・・お前だったのかよ」


情けないほど震えてる声

その動揺ぶりで
彼がどれほど俺を信頼していたかがわかる


なのに俺は、史上最悪のセリフを吐いた




「・・・今頃気づいたのかよ」






ガッ


「きゃっっ」


淳子の叫び声が短く聞こえた

俺は森田の固い拳を左からストレートにくらい
玄関から部屋のなかへ背中から倒れこんだ




「てめぇ、何してんだよ!!!?」

森田は俺に馬乗りになって
何度も何度も、俺の顔を殴った

森田は一目でわかるほどに体を鍛えていて
まさに体育会系の男だ
学生時代はひたすら柔道に情熱をそそぎ
背も俺より10cmほど上をいっていた
(ちなみに俺でも学生時代は自分より背の高い奴には
出会ったことはない)

今のところ、俺はこいつに腕相撲で勝てるやつを
見たことがないのだ



そんな森田は
自分の力を知っていながら
手加減なしで俺を殴った



「どういうことだよコレ!?あ!!?
てめぇ・・・人なめんのもたいがいにしろよ!」

「やめて!!」



淳子が叫んだが
森田はいっこうにやめようとしなかった

俺は何発目かに殴られてから
森田の両手を掴んでそれを制止する
力はきっと森田のほうが上だが
おそらく俺の口から流れる血に気づいて
森田は両手の力をゆるめ、俺の手によって動かなくなる



顔面と口の中のものすごい痛みで
目を開けるのもきつい

だが俺は、森田の両手をしっかりと掴んで
それ以上殴られないように自分の体の上から森田をどかし
自分の体を起こして、彼に向かい合った




「・・・いてぇな・・・」

「・・・なんでだよ・・・佐藤・・・。なぁ、あんまりじゃねぇかよ・・・」




森田は唇を噛み切りそうなほど噛みしめて
俺を睨みつける




「ごめん」の一言が出ない


ここで、森田に謝ってはいけない
それだけは、今できない




「・・・殴りたきゃ殴れよ。 ただ写真もネガも、もうここにはないぜ」


森田はうなだれて
幅の広い肩で息をついてがくりと首を垂れた


「何やってんだよ・・・お前は・・・」

「・・・俺のやり方なんだ。悪いけど、俺はこういう男だよ」



森田は怒りの表情から
じょじょに悲しみへと変わっていく
その目には俺への哀れみの色すら見える



「どうしてどっちかしか選べなかったんだよ」

「・・・え?」

「仕事か、女かなんて、今時そんなの真剣に選ぶ奴いねぇよ」

「・・・」

「なんでもっと器用に、両方選べなかったんだよ・・・」



そうだな

森田、お前の言う通りだよ



でも、やっぱり俺は
こんなふうにしか生きられないんだよ











森田は「クソ」とつぶやいて帰って行った


淳子はまだ涙にぬれた顔で俺に近づき
ハンカチを差し出してささやいた











「ありがとう。まさくん」























































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