真実    vol.9

























その日、仕事から帰って飯を食っていると
電話が鳴った



「もしもし」

「・・・まさくん?」


淳子だった


「あぁ」

「会ったわ。おとつい」


知ってる
見てたから


「そうか。どうだった」

「言いたいことは言った。・・・でも責めちゃった」

「え?どうして」

「わからない。やっぱり納得できてなかったんだと思うわ」

「相手はなんて?」

「・・・何も言わなかったわ。申し訳なさそうな顔してた」

「そうだろうな」

「え?」

「あ、いや。淳子はスッキリした?」

「うん。やっぱり気持ちは伝えなきゃだめね。
自分自身へのうしろめたさみたいなのが消えたの」

「よかった」


俺は心底、よかった、と思った

ほんの少しだけ沈黙が訪れて
それはなぜか少し、心地いい



「まさくん」

淳子はささやくような声になる



「ごはん、食べた?」

「あ、いや、食べ、てない」


つい、口ごもる
本当はテーブルの上にはもう食べ終わりそうな弁当


「会いに行ってもいいかな。お礼にごはん、ごちそうしたい」




俺はすぐに返事をして電話をきると
食べかけの弁当をゴミ袋につっこんで
サンダルをひっかけてアパートの外のゴミ捨て場にそれを突っ込んだ

この言葉では言い表せられない感情はなんなんだろう


俺ってこんなことする奴だったっけ
俺は食いかけの飯を取り上げられるのが大嫌いだし
本当は小食で食いなおしなんかできねぇし
食い物を平気で捨てる神経も本当はない


淳子が気持ちよく過ごせるためなら
どんな嘘もつくし無理だってできる気がした

それは単なる恋心なんかじゃなく
果てしなく形のない愛のようなものだった
それは妹に対する家族愛のようなものにも変わり
友情でもあり、もちろん、れっきとした恋心にも変われるものだった




部屋に戻ってすこし片付けて
お茶をいれるために湯をわかしている間に
淳子は訪れた

とりあえず部屋にあげて座らせ
俺は湯を見張るためにガスの前に立った
すこしの沈黙が俺達を包む

俺たちの沈黙は
なぜかいつも心地よいものだった






「まさくん」


沈黙をやぶったのは淳子だった


「わたし、まさくんの事すごく信じてるの」


俺はついやかんから目を離して
淳子を振り返る


「・・・あ、あぁ」

「信じたいの。だから・・・」



つい、唾を飲み込む





「だから本当のことを言って」





テーブルの前におとなしく座って
俺を見上げて淳子は言った

悲しげな目をしている


「・・・なんのこと?」


つい、目をそらす
俺は淳子に黙っていることなら
今山のようにあるから



「住宅関係の営業マンやってるなんて嘘なんでしょう?」


俺のあせりと同調するように
やかんの湯はじょじょに沸騰して
ほそい悲鳴をあげる


「・・・どうして?」

「うちの会社の向かいの喫茶店に、よくあなたがいるの見かけてたの」

「休憩してたんだよ」

「ジーンズで営業?」




そうだ


俺が営業マンのふりをしてスーツをきたのは
淳子にはじめて話しかけたあの日だけ
そのほかはずっと
職業不定の「シャツにジーンズ」という格好だった


見られていたなんて




湯は沸騰して
大げさな音をたてはじめたので
俺は力の入らない指でガスを止める


部屋には今までにないほどの
重い沈黙が降りてくる


俺の正体を明かす準備が整ったようだ







「・・・ごめん」



俺の低い声が淳子の心をえぐって
淳子の心はどくりと血を流した

淳子がうつむくのがわかる



「本当は・・・どんなお仕事してるの?」

「・・・・・・・・・」

「・・・お願い、本当のこと、教えて」







俺は覚悟を決めた


たしかに淳子を一時的に騙していたが
俺は淳子にだけは
うしろめたいことはしていない

どれだけの人を欺いたかわからないけれど
君を守るためには
こうするしかなかった

そして、君を守れるのは
俺しかいなかったんだ






俺は部屋のすみに寄せてあった買い物袋やバッグの中から
茶封筒を拾い上げる

それを、俺はテーブルの上
淳子の目の前に投げてみせた


「・・・なに?」


もうほとんど潤みかけた瞳で
淳子は俺を見上げる
抗議したい目と、悲しみと恐怖が混ざり合った
複雑で色っぽい目をしていた


「見てみ」



俺は、淳子が理解してくれるのを信じて
淳子の目の前に座って
煙草に火をつけた




封筒をあけて中をのぞく淳子の瞳の色が変わる

俺をちらりと見ると
震える指でそれを封筒から引っ張り出す


「なんなの・・・?これは」





写真たちは無遠慮にテーブルの上に散乱し
淳子の目の前には、好きな男と肩を並べて歩く
幸せそうな淳子が何人も並ぶ


赤く塗った唇が震えてる






俺はさらに部屋のすみに積んであった
俺が手がけてきたスクープの載った雑誌を引っ張って
2.3冊をわざと乱暴に淳子の前にもう一度放った




「これ、俺の仕事」



淳子はその表紙を見て
完全に怒りに震える唇をきゅっと結んで
その大きな瞳からはついに透明な涙がこぼれおちた


こぼれた涙はそのまま
正座をした彼女のちいさなひざをつたって
畳に墜落し、しみをつくってゆく







言葉にならない淳子の声が
嗚咽になってこぼれて部屋に響いた







「こういうのってさ、写真を撮れりゃいいってもんじゃないんだ。

信憑性と真実味と面白味がなきゃ。

使い方も色々。写真そのものに価値がありゃそのままバーンと載せちまう。

写真に物語性や脚色が必要な場合、写真は温めて裏をとる。

本人にわざと見せて、反応を見てから使うっていう場合もあるんだぜ」




そこまで話して、淳子はぬれた瞳で
俺を睨んだ

俺が淳子を脅してると感じたらしい
無理もないが




「時と場合によって、使い分けるんだ」


煙草を灰皿において
そこからたちのぼる細い煙を見つめながら
俺は勝負に出た


「・・・今回の写真はちょっと違うけどな。 俺は誰も真似できないことをしてみせる」





俺は淳子の目の前に散らばった写真を
一枚ひろいあげた


写真の中の淳子は
再会してから一度も見たことないような
満たされた表情をしている
もう別れたあとの男と一緒にいるというのに
なんだってこんな顔ができるんだ




『好きな人と一緒にいるって
ただそれだけでしあわせだったもの』




淳子が、満たされきれない瞳で
そう俺に言った夜を思い出して
俺は、写真から目をそらす


そして俺は、写真を
ぼんやりと光る煙草の先に触れさせた


「・・・?」


淳子の眉間にしわがよる

俺がなにをしているのか
まったく理解できていないようだった


「今回の、写真の使い方はこれ」

「・・・何してるの」

「燃やすんだよ、こんなもん」

「燃やす?」

「そ。これは、こうするために撮ったんだ」



俺はただ黙々と写真を燃やした
もとから今日、そうするつもりだったので
水を張ったバケツも用意してあり
全部燃やし終わってその中に全部ぶちこんだ
もちろん、フィルムもネガも
全てだ


淳子の瞳がみるみる見開かれて
ちいさく開いたままの口はふさがらない





「うそでしょ・・・」

「騙して、ごめん。でもこうするしか守れなかった。
俺の撮った写真じゃないんだ」


















ガシャン




突然、玄関の外で飛び上がるような音がする
それはガラスが割れる音だった


会話は中断し
俺は、玄関へと向かった























































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