でも、彼女には彼がいた















僕がそっと抱きしめても彼女は動かなかった
瞳は一点をとらえたままで、
僕が抱きかかえた細い肩でゆっくり呼吸している


彼女が座ったままで抱きしめたから
彼女は体勢を崩してすこし僕に寄りかかったけど、
まだすこし、体の重心をこちらに任せきれないでいる
体がこわばっているのが、腕に伝わってくる




「体勢、つらい?」

「・・・」


僕の胸のなかで首をふる




都の目の前にはちょうど僕の肩があって
彼女はゆっくり手をのばして、僕の腕のあたりの
シャツをにぎった

そしてその瞳からもう一度、深い色をした涙が
ぽたぽたとこぼれ落ちた

僕のシャツのすそをにぎる彼女の手が
固く、かたく震える




”やっぱりイヤなの。別れたくない。”

”食欲もないし、なにをしても頑張れないの。眠れないの。”

”拓ちゃんがいなきゃ、生きてけない。”



”もっと大人になれよ。”








18年間生まれ育った町を出て上京してくるというのは
どれほど不安なことかは僕にはよくわかる
住み慣れない場所だからというだけではない
故郷に残してきた家族の心配や、寂しさ
新しい環境で、一人きりでやっていけるのか
何か壁にぶち当たったとき、くじけたりしないだろうか
そんなときは一体、誰を頼ればいいのか
せめて東京に、一人でも気心の知れた友人がいれば

そんな不安と東京行きの新幹線の中で必死で戦った



でも、彼女には彼がいた

ふたりで夢を追っていけると思ってた
くじけそうになっても、きっと支えあってやっていける
自分のことを誰よりわかってくれているし、故郷も思い出せる
つい家族を思い出す夜も、きっと彼と一緒ならさみしくなんかない
彼がいなくなってしまったら、故郷を思い出すのもつらくなる
だって彼女の思い出は、隙間なく彼との時間でうめつくされているんだから



今、どんなに強く彼女を抱きしめても
彼女の失ったものは大きすぎて
冷え切ったその手を暖めることができない
とめどなく流れる涙を止めることができない
彼女を笑わせることができない



たまらなくなった



このとき僕のとった手段は、まちがっていたと思う
誰がどう考えても明らかに



















僕らしくもない


僕は、彼女にくちづけた










ほかに手段がなかったわけでもない
いろいろな話をして、無理やり笑わせてあげることだってできた
そっと彼女が落ち着くまで抱きしめてやるだけでもよかった
彼女を部屋に送って眠るまでそばにいてやるだけでよかった



”彼”しか知らない都に、まだ子供といえる彼女に、
無理に大人にさせるなんて、彼女を裏切った”彼”と同じだ
突き放すか、引き寄せるかのちがいだけだ
このくちづけが、彼女を励ますためのものだって
今の彼女にわからせることなんて無理な話













「・・・!」


都は僕をつきとばすと、瞳を見開いてこちらを見た

信じられないという目
眉間にしわをよせ、涙のせいか真っ赤な目
はじめて汚いものを見た子供の目







「都!」


彼女が立ち上がったので、僕はつい名前を呼んだ
都は立ち止まって動かない


「・・・ごめん。」
「・・・」
「本当にごめん。こんなことがしたくて部屋にあげたんじゃない。」
「・・・わかってます。」
「送るよ。」
「いいです。すぐそこだし。」
「すぐそこでも、こんな時間だし。心配だから。」
「大丈夫です。」
「ごめん。・・・僕は君の笑った顔を見たくて、君を追って店をとび出したはずなのに。」
「私を泣かせてるのは、北山さんじゃなく、元彼だから。」
「・・・とにかく送ってくよ。」




僕は立ったままの彼女をおいこして
上着をもって玄関の電気をつける

振り返ると、うなだれたような様子の都








「おいで。」




僕がちいさい声でそう言うと
都はうなづいて、上着をもってこちらに歩いてきた



























































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(c)君に僕のラストソングを


photo by <NOION>
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