灯りの消える部屋















すぐ隣のアパートの、彼女の部屋の扉の前に立つまで
都は一言もしゃべらなかった
涙は止まっているようだったが
僕の見たかった笑顔はもちろん、見せてくれなかった




「ありがとう。」

クリーム色の外壁のアパートの、2階の奥から二番目の
扉のまえで、立ち止まって振り返り、彼女は礼を言った



「心配かけてごめんなさい。でも、これはわたしの問題だから。」
「そうかもしれないけど、何でも一人で抱え込むのはないよ。」
「そうかもね。でも、私、こういうの好きじゃない。」
「こういうの?」
「他人を頼ったりグチったり、慰められたり・・・」
「それは一人では抱えきれなくなるってことがどんなことか、まだ知らないからだよ。」



言ってからまずい、と思った
彼女は、子供扱いされることに今一番敏感になっているはず
彼女は暗闇のなかで、瞳だけで僕を見上げた
不思議にぬれた瞳が、悲しい怒りを投げかける



「・・・ごめん。あんなことしといて、こんなこと言ったって説得力ないよな。」


そう言ってつい目を泳がせながら、僕は痛感した


これから大人になろうとする彼女たちの心は
まるでからっぽの風船みたいにふわふわと空を揺れていて
それを掴まえることなど容易ではない
しっかりと掴まえて、自らが錘となって地に足をつかせることができなければ
それは一瞬で破裂してしまうんだろう
そして彼女たちの心に、それは傷となって残るのだ

繊細で純粋で、心が容量オーバーになるまえに
なんとか理解しようと懸命に器をひろげようともがいてる
そうしてる間に負った傷の治し方や、人を疑うことを覚え
あきらめたり、受け入れたりしているうちに大人になるんだ

彼女の心は明らかに容量オーバーだ
それもおそらく、僕のくちづけがとどめを刺した





彼女は僕の言葉に、なんとなく首をふる
僕より、自分を責める顔をしている

部屋まで送っておきながら僕は
このまま彼女がひとりになることが心配でたまらなくなった
だけど、ひとりになりたくない、というような素振りは
もちろん彼女は一瞬だって見せない
それどころか、まだすこし僕に警戒しているような顔で
「それじゃぁ」って言うタイミングを計ってる

さっきみたいに頭より先に体が動いたのは10年ぶりくらいだ
それが今、大きな後悔となって僕にのしかかる
あんなことをしたあとでは、彼女にどんな言葉をかけても
下心からくる行為にしか受け取られないだろう
今の彼女のように、不信感をもった状況では尚更

彼女の笑顔が見たいという気持ちは変わらなかったが
今夜は完全に僕は頭を冷やすべきだと感じた
出直そうと思った





「それじゃあ、おやすみ。」
「おやすみなさい。送ってくれてありがとう。」
「どういたしまして。」


笑顔を残して僕は背を向けたが
彼女は笑顔を見せないばかりか、僕が背を向けた途端に
すばやく扉をあけて、部屋に入った
1秒でも早くひとりになりたかったのか、
1秒でも早く僕から離れたかったのか、
どちらにせよ、傷ついた


眠気で重くなった足取りでアパートの階段をおりきると
すこし歩いてもう一度、彼女の部屋を振り返る
2階の、一番奥から2番目の部屋
薄紅色のカーテンが、灯りごしに見えたかと思ったその時、
僕が振り返ったのに合わせるようなタイミングで
彼女の部屋の灯りは落とされた






"極度の怖がりなの。夜も、ひとりじゃ電気を消して眠れないくらい。"









彼女は泣いてる

今このときも、ひとりで泣いている




自分の口から”さみしい”とか”つらい”とか
彼女は性格上きっと絶対に言わないだろうと思った
それは今夜で、確信した
彼女が欲しいのは気休めでも、その場限りの安らぎでもない
本当に欲しいものは、いつもただひとつなのだ



















都は、すべてを振り切るようにいなくなった


いつからいなかったのかは定かではない
でも、クリスマスを過ぎるころには
いつ彼女のアパートの前を歩いても
彼女の部屋に灯りがついていることはなかった



























































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(c)君に僕のラストソングを


photo by <NOION>
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