君を想えば、悲しいほどの星空













都がいなくなってから約1ヶ月
(いつからいなかったのかわからないので、期間は曖昧だが)
ダーツ仲間につれられていった、青山のはずれのダーツバーで
僕は思わぬ人物に遭遇した


彼女の、
都の、”元”恋人だった男だ








彼は拓矢という名で、そこでウエイターのバイトをしていた
とても上京して1年そこらには見えないほど垢抜けた青年だった
スタイリストでもついているのかいうようなヘアスタイルと
すらりと高い身長
だがその瞳には、やはり自然の中で生まれ育った野生の光が宿っていた



だが不覚にも、僕が彼を都の元彼だと思い出したのは
互いに自己紹介し、ずいぶんと顔見知りになったあとのことだった
ずっと見たことのある顔だとは思っていたが
ひらめくまで2週間近くかかってしまった
なんせ顔を見たのは一度きりだし、あの店内は薄暗かった
ただひきしまったあごのラインが印象的な典型的な美男子だったことは覚えてた


そして何より、思い出すのが遅れた最大の理由は
印象最悪だったはずの彼が、この店では誰よりも愛想がよく、
明るく利発で、ひとの心をつかむのが実にうまかったためだ




僕は第一印象を捨てきれずに、しかし拓矢の人柄に惹かれつつ
気持ち半分の落ち着かない気分で店に訪れていた










「北山さんは東京の方ですか。」

今夜も、拓矢はいつもの笑顔で僕に問う
あの夜、店を飛び出した都を追っていった男がいたことも
しかもその男が目の前にいることも
もちろん、拓矢は気付いていない




「いや、出身は青森。」
「青森!全然なまってないっすね。」
「まぁ10年以上もいればね。」
「いやーでも地方出身となるとますます親近感わきますよ。」
「拓矢くんは?」
「長野です。」


知っている、と思いながらうなづく


「どうして東京のほうに?」

僕はそれとなく拓矢のなかへ踏み込んでみる


「長野はまず大学少ないですから。僕一応進学校だったし、愛知でもよかったんだけどせっかくなら東京にって。」
「ひとりで?」
「いや、一緒に上京した連れは何人かいましたよ。」
「それはうらやましい。俺はひとりだったから。」
「まじっすか!はじめって軽く引きこもりになりませんでした?」
「いやぁ、俺は極端に田舎者だったから物珍しくてずっと外をフラフラしてた。」
「僕友達いるのにひきこもりでしたよ。」


都の話題が、登場してほしいような、ほしくないような
僕があいまいに微笑んでいると拓矢は口を開く





「いろんなもの、見えなくなりますよね。東京ってとこは。」




カウンターの中でグラスを磨きながら
拓矢は視線を落とす

放っていた野生の光が翳る




「昔のテレビで、うつらないチャンネルあったでしょ。なんだっけ、ザーーーって・・・」
「スナアラシ?」
「そうそう、砂嵐!あんなイメージです。僕のなかで、東京は。」
「へぇ。」
「人を惑わすんです。さわがしくて押し付けがましい。見てると吸い込まれそうになる。何も写ってなんかいないのに。」
「感受性が豊かだね。そんなふうに東京を感じるひとははじめてみたよ。」
「いや、田舎モンが戸惑ってるんすよ。自分が変われる気がしたり、大人になれる気がしたりね。」


彼がていねいに磨くグラスが、テーブルに並んでゆく
まるで気持ちを落ち着かせるように
彼はその行為を繰り返す







「そんな簡単に変われるはず、ないのにね。」


都を思っているのだろうか、と、彼の瞳を探ったが
その色と表情からはなにも読み取れなかった


彼は人の心をつかむのは上手だが
自分の心の内を見せることはなかなかしなかった
それは頑なに隠しているというよりは
どちらかといえば見せるのが苦手なように感じられた


それが彼なりの接客態度なのかもしれないし
プライベートの友人に対してや、ましてや恋人に対する態度なんかは
そこからは連想のしようがないけれど
こちらから進んで踏み込まなければ開かない扉が
彼の心には幾重もあるように感じた





「ごゆっくり。」


奥の客に呼ばれ、拓矢は僕の前から姿を消した

返す言葉のないまま、拓矢の言葉は
僕の心のなかに腰をおろした












知り合って2週間
今夜ほどしっかりと会話をしたのははじめてかもしれない

彼は僕が2度目に店を訪れたときに
顔を覚えていてくれてはじめて名を明かした
元々人見知りをしない僕と彼の性格ですぐに親しくなれた
僕の職業については、都と同様気付いていないらしかった
きっと彼女と同じジャンルの音楽を聴いていたせいだろう

その方がよかった



ちなみに彼と意気投合した一番の理由がほかにあって、
それは彼の通う大学が僕の母校だったということと
学部も、専攻も全く同じであったということだ

人が親密になるきっかけとは、まぁたいていそんなもの


そして、彼のような人がそっと心の内を覗かせてくれるのも
それはちょっとしたきっかけで叶うものなのだ















その日の店からの帰り道だった

ファミリーレストランの横を通りかかると
窓際の席に、ウエイターの格好にネクタイを外した服装で
拓矢がひとり、座ってタバコを吸っていた


僕はなぜだか迷わず店に入った
珈琲でも飲んで体を温めたかったのもあるし
なにより、さっき開きかけた拓矢の心が閉じてしまわないうちに
もう一度、その中を覗くチャンスがほしかったから








「拓矢くん。」


席のそばまで行って名を呼ぶと
拓矢はハっとして僕を見上げた


「北山さん。」
「外から見えたから。ひとり?」
「はい、どうぞ。」


拓矢は気を使ってタバコを消そうとしたが
僕は、いいよ、と言ってそれを止めて
彼と向かい合わせのソファ席に腰をおろした

疲れていて迷惑かもしれないとも思ったが
こんな時間にわざわざこんなに賑やかな場所を選んで時間をつぶして帰るなんて
案外ひとりを好まないタイプかもしれない


「バイト終わり?」
「はい、夜中の1時で。」
「明日は授業?」
「1限から。」
「俺もよくやったよ。夜中までバイトで寝てすぐ授業。」
「でもなぜかその夜も遊んじゃったり?」
「そう。仕事でする寝不足とはなぜか質がちがうんだよね。」


拓矢はハハっと笑ってみせたけれど
さっき店でみせたような品を保った笑みとはちがって
白い歯を見せた年相応のカラリとした笑顔だった

なんとなく、こちらの笑顔のが好きだ、と思う


「いつもこうやって一服して帰るの?」
「まぁ、気が向いたら。」
「へぇ。」
「・・・いや、気が向かないとき、かもしんない。」
「え?」


拓矢は、チリチリと焦げるタバコの先を見つめる


「北山さんならわかると思うけど、うちの学部の校舎って周り何にもないでしょ。」
「あぁ、確かにね。」
「俺もあの辺りに住んでるわけですけど、帰る気になれない時にこうやって時間つぶすんですよ。眠気ピークまで。」
「帰る気になれない?」
「あの辺て、星が見えるんですよね。悲しいくらい。」




ドキリとした
僕や都が住んでいる周辺も静かな住宅地で
夜には割と星が見える


いつだったか都が言っていた





”知ってた?この辺って、東京のくせに星が案外見えるの。”





「悲しいくらい?」
「思い出すんです。実家のこととか。」
「それは、つらいこと?」
「・・・」


拓矢の瞳の動きが、ぴたりと止まった気がした
タバコはじりじりと焼けてゆく






「俺、彼女がいたんですよ。昨日まで。」






突然の話題の転換に、僕はすこし面食らったが
よくよく考えて疑問におもう


・・・昨日まで?
たしか都と別れたのはもう何ヶ月も前のはずだ
すると、その後にできた彼女とも別れたということか

僕が考えをめぐらせていると、拓矢はさもおかしくなさそうに
鼻だけで笑って肩をゆらした





「別れた理由が笑っちゃうんだ。彼女のこと、まちがって元カノの名前呼んじゃった。それで怒らせて終わり。」





また白い歯を覗かせて笑い、拓矢はタバコを消した
不用意に、灰皿につよく、タバコを押し付けて

彼のなかにも、都との時間は残っているのだ
当たり前だが、それは深く深く、自分でも気付かないほどに







「元カノってのが、中学んころからつきあってるいわゆるくされ縁ってやつでさ。
 多分今まで一番たくさん名前呼んだ女なわけで。
 もう口癖みたいになってるわけ。”だから大目にみてくれよ”って言ったら、余計怒らせちゃって。」
「・・・」
「今カノと別れた理由ではじめて元カノの存在の大きさに気付かされたってか。皮肉っつーか、バカな話ですよね。」


拓矢はあたらしいタバコに火をつける
煙が目に入ったらしく、大きな瞳を2,3度瞬いて僕を見た







「元カノを思い出すんですよ。星がたくさん出てんの見ると。」



正直に拓矢は告白する
煙のせいで赤くなった目は、まるで泣いているように見えた



























































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(c)君に僕のラストソングを


photo by <NOION>
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