デートの朝













朝は6時に目が覚めた
約束の時間は11時だというのに

昨晩用意しておいたシャツに袖をとおす
白地にピンクとグレイのストライプ
この繊細な色合いが気に入って買ったが
着ていく場所を選べずに、ずっとクローゼットに眠ってた
さらに今まで買ったデニムで一番高かったジーンズを履いて
シャツをなかにいれてブラックのベルトをしめると
一度鏡のまえに立つ


鏡に映った自分の顔がやけにこわばっていて驚いた
ばかな、緊張してるのか?
鼻で笑ってみるが、表情はほぐれなかった


洗面所の電気をつけて
もう一度鏡のまえに立つ
とりあえず温かいお湯で念入りに顔を洗って、
ワックスのふたを開けて手にたっぷりとると
手をすべらせてワックスのふたを流し台に落とした
派手な音をたてて転がるふたを拾って、戻す
僕は普段とちがう自分にことごとく気付かぬふりをして
無表情で髪型を整えた
切ったばかりの髪が、素直にいうことをきいた


リビングに戻ってテレビをつける
休日の朝のニュースは、キャスターたちもどこかゆったりしていて
スタジオも明るくみえる
政治家へ転身したタレントのニュースを耳だけで聞きながら
僕はガスに火をつけた

朝はホットミルクに限る
冷蔵庫から牛乳パックをとりだして
鍋にそそぎこんだ






デートの朝というものを久々に迎えるが
こんなにもよそよそしく、いっときがもどかしいものだったろうか
着替えも食事もなぜか面倒で、早く起きた自分をうらめしく思う
尻がむずむずするというか、訳もなくイラつくし、
じっとしていられない
一種の興奮状態に陥っていた


だが僕はあえて会うまで彼女の顔を思い出さないようにしていた
なぜかはよくわからない
彼女を思いながら身支度をしていると
本当に、彼女を愛しているような気がしてしまうから
”気がしてしまう”というのは全く失礼な話だが
僕はそれがなんだかとても危険な気がした
仮に愛してしまったとしても、それは彼女に会って
顔を見て実感したかった










約束の時間がやってきた

















「おはよう。」




車をとめて、降りて待っていると
彼女がアパートの階段を軽快におりてきた

僕が声をかけると、顔をあげてにこりと笑う


会うのはたった2ヶ月ぶりなのだが
彼女にはなんというか、単純に垢抜けた雰囲気があった

ブラウンのコートの中には、白いワンピースでも着ているのか
裾からはやわらかいイメージのレース生地が見え隠れしている
それに対して足元は細身の黒のピンヒールブーツを履いていた
髪はさりげなく巻いてあって、色も染め直したようで
紅茶色につやめいていた

なかでも最も印象を変えて見せたのは前髪だった
今までまっすぐに切り揃えられていた前髪は
左によって流されていて、形のいい眉がみえていた


ハタチを過ぎたころから、女性は急激に変化するものだ
彼女のその証明のようなあまりに変わりようは
僕がこれから夜までの時間に一瞬ひるむほどだった

助手席に遠慮がちに乗った彼女に僕は開口一番に言った



「きれいになった。」



僕の言葉におどろいたようにこちらを振り返る彼女は
すこしとまどいながらも、ありがとう、とつぶやいた



「そんなに固くならないでよ。」

「あは、そうだよね。」


僕が笑いとばすと、ようやく彼女の肩の力もぬけたようだった



「お昼はまだだよね?」

「食べてないです。」

「じゃあ好きなもの言って。」

「す、好きなもの?」

「好きな食べ物。なんでもいいよ。」


僕は走りながらナビを操作しはじめる
その指先を見ながら、彼女はじっとしている


「いつもお昼なに食べるの。」

「え・・・と・・・」

「なんでもいいんだよ。ほんとに。」


また再びかたくなってしまう彼女の表情に、僕は微笑みをかえす

おそらく僕が普段なにを食べているのか、
本当に自分が普段好んで食べているものを言って恥をかかぬだろうかと
思案しているのだろう




「パスタか、バイキングもあるし、それとも和食か。それともファーストフードならモスバーガー。」

「・・・北山さんってモスとか食べるんですか。」

「へ?!食べるよ全然。何で?」

「芸能人ってファーストフードなんて食べないかと思った・・・」

「食べるよ。吉牛だって食べるし。」

「うそ!?」

「ほんと。結構好き。」

「そうなんだ!」


今度こそ力をぬいたのかようやく助手席の背にもたれた彼女は
ようやく僕の大好きな、その笑顔を見せてくれた


「モス食べてる北山さん見てみたいかも。」

「え!?見てみたい?」

「うん。モス行こう。」

「いいけど・・・別に食べ方ふつうだよ。」

「わかってるよ。別にヘンな食べ方期待してないから!」


僕が面食らっていると、彼女はまた明るく笑ってそう言った
その笑顔をみて、僕は覚えのあるモスバーガー店舗への道へ出た












「学校へは、いつから?」


てりやきチキンを頬張る彼女に、僕は率直にたずねた


「・・・わからない。とりあえず、今期中はお休みしてます。」


彼女はすこし視線を落として突然に敬語を使った
申し訳なさそうな、自分を責めるような声色になる

きっと今の自分を、やるべきことから逃げる負け犬のように思っているのだろう
このままでは、人生がろくな方向へ向かわないとでも思っている顔

でも、人は何度でも、ゆく道を軌道修正できるということ
何があっても、大人になって振り返れば優しく思い出せるものだということ
彼女はまだ知らない



「いいんだよ。自分がやる気になるまでいくらでも休めば。」



オレンジジュースをずず、とすすりながら
僕がなんでもない顔をして言うと
彼女はえ、とちいさくつぶやいて顔をあげた
彼女はジンジャーエールを飲んでいる





「どうにかなるもんだよ。人とちがう経験してたほうが得な気がしない?」
「・・・得?」
「や、得かどうかはその後の自分次第だけどさ。うちのメンバーなんて全員留年してる上に一人は中退してる。」
「そうなの!?」
「うん。別に投げてたわけじゃないけどね、みんな勉強好きだったし。ただ学生のうちからこの仕事してたから。」
「そうなんだ・・・すごい。」
「別にすごかないよ。俺父親に”いつやめるんだ”って言われ続けたもん。売れるまで。」
「やめようと思わなかった?」
「俺は思わなかったよ。他のメンバーも、多分。売れなくてもあんまり深刻にならなかった(笑)」


ファーストフードなんて食べながら、こんな話を人に素直にできる日がくるなんて
正直思ってもみなかった

若く、率直で、まだ青春の物語から抜け出せないでいる彼女だから
こんな話を曇りのない瞳で聞いてくれる



僕は漠然と、彼女に今のままでいてほしいと願う
それが叶うはずもないと知りながら

ジンジャーエールの入った透明のグラスがきれいだ
白色だと思っていた彼女のワンピースは真珠のようなクリーム色で
彼女の頬はほんとうに生き生きと色づいている

でも、今のままでいることを彼女自身は望んでいない
彼女に無理にくちづけて、それでも性懲りもなくデートに誘った僕は
誰よりもそのことを理解していなければならない気がした







「そうだ!ほら、見て見て!」


彼女はベージュの財布から、カードを取り出す
覗き込むとそれは彼女の取得したばかりの免許証だった

20代のころ、女の子は割と免許証の写真は見せたがらないものだったけれど
彼女はよほどうれしかったのか僕の前にそれを出した


「お!おめでとう!」
「ありがと。私かなり優等生だったんだから〜。」
「車は買わないの?」
「そんなお金ないもん買えないわ。でも、マーチに乗りたいな。」
「あぁ、いいね。女の子らしくて。」




無邪気に話す彼女を、僕はまぶしく見つめて相槌をうった



























































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(c)君に僕のラストソングを


photo by <NOION>
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