忘れえぬ想い













極度に緊張と動揺をしている彼女の願いで
僕が先に店に入って、彼がいることを確認してから
彼女が店に入ってくることとなった

本当は僕は店にはいかずに、車の中で待っていようと思っていた
(もしふたりがうまくいけば、そのままひとりで帰ってもいいと思っていた)
だが、なんとなくそばにいてほしい、と彼女がためらいがちに言ったので
僕は店のなかで、あくまで他人のふりをして居座ることになったのだ







店に入ると、カウンターの奥に拓矢はいた
客の女と話をしている
タイミングが悪いな、と僕がそう思った瞬間


「北山さん!」


こちらに気付いて拓矢のほうから話しかけてきた
笑顔を返して、僕はテーブル席に落ち着く

一度ファミレスで話をしてから、彼はわりと僕になついてくれている
拓矢の笑顔に、一瞬自分の企みにうしろめたさを感じたが
車のなかで待っている都を思って、笑顔を返した






「こんばんは。」
「おひさしぶりですね。」
「そうだね。今日は運転だから、パインジュースくれる。」
「かしこまりました。」


拓矢がカウンターに戻ったのを見計らってから
ジャケットのポケットから携帯をとりだす
拓矢がちゃんと店にいたら、都にメールで合図をする約束をしているのだ








『宛先:都
 件名:いつでもどうぞ。
 本文:がんばれ!』





メールを送信して携帯をテーブルに置いてすぐに
なぜか都から返信がきた














『 北山さん、ありがとう。
  絶対先に、帰らないでね。 』





思わず唇の端がゆるんでしまった
きっと都は、震える指でこのメールを打ったにちがいない



























「いらっしゃいませ。」



拓矢の声と同時に顔をあげると店の扉が開く
僕には、そこに現れたのがさっきまで一緒にいた彼女とは思えなかった


都はまっすぐに前を向いている
唇をきりっと引き締めて、挑むような瞳
それは威圧的なものでなく、どこか相手にハッとさせる雰囲気があった
一瞬、都と目があったかと思ったが
彼女の視線のさきは、カウンターの中で立ち尽くす拓矢だった


都はまっすぐに店内を歩いて、迷わずカウンター席にたどりつく


それを目で追っていた拓矢は我に返り
他のスタッフが全員接客中なのに気付くと
すばやく都のまえに立ち、メニューを差し出した





ふたりが小さく会話をはじめたとき
僕は数ヶ月前、都内の店でふたりに偶然遭遇した夜を思い出す


どうか、あの日のような結末にだけはなってほしくない
僕は背中に集中する神経をどうにか落ち着かせ
酸味のきいたパインジュースを飲み込んだ




























「ひさしぶり。」



メニューをさしだした拓矢は低い声でそう言った
不覚にも、わたしは胸をなでおろしたい気分になる
知らないふりでもされたらと、そればかり不安だったから



「ひさしぶり。元気だった?」
「・・・一応。」



こちらが会話を繋ぐのに、
曖昧な返答をするところは変わっていない
拓矢はそう言うと目をそらした
でも、ほかにやることもないらしく手持ち無沙汰だ


いっちょまえにこじゃれた店で働いているわりに
わたしを目の前にすると昔からのクセが丸出しだった
首根っこから垂れたり、鼻のしたをぽりぽり掻いたり
かっこわるいったらありゃしない









それでも、ふと愛しくなる
かつての恋人が愛しくなる
あぁ、やっぱり好きなのだと実感する
安堵と喪失感をいっぺんに感じて、
苦しくなる 寂しくなる    逃げたくなる

北山さんがせっかく連れてきてくれたけど
私にはまだ、消化することなど無理なんじゃないか
顔を見るだけでギブアップなんじゃないか



帰るなら早いほうがいい
注文してしまうと、それを飲んで、お金を払うまで帰れない
わたしがそう思ってメニューを閉じかけたとき
拓矢が口を開く



「酒、飲まないのかよ。」

相変わらず、目を合わせない

「飲まない。」
「なんでだよ。大好きだろ。」
「別にだいすきじゃないわよ。あんたの親のせいで飲めるようになっただけ。」
「こっちのセリフだよ。」






そのとき、拓矢のうすい唇にすこし微笑が乗った



脳を打ち抜かれたかのような衝撃
涙がでるほどの懐かしさと、
悔しいくらいの、よろこびを感じる自分がいた


震えるこころで、まだここにいたい、と願う自分がいる




「じゃあ・・・生ビール。」
「はいよ。」




拓矢が慣れた手つきでグラスに生ビールをそそぐ
拓矢の瞳からは、何も読み取れなかった








たしかに、彼は大人になったのかもしれなかった
わたしの乗り越えられずにいる何かを、もう越えてしまったのかもしれなかった
それは仕方のないこととは思う
別れをいわれた日からそうだと言い聞かせてきたから、今更悲しくなんかない


ただそれなら、もう二度とわたしに笑いかけてほしくなんかなかった










ビールをそそぎ終わって、拓矢がわたしの前にグラスを置く
わたしは見逃さなかった







拓矢の手は震えていた



























































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(c)君に僕のラストソングを


photo by <NOION>
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