この恋の終わり













「それ、一杯おごるよ。」


唐突に、そしてぶっきらぼうに拓矢は言った
視線はわたしの前に置かれたビールを見ている


「別にいいよ。」
「いや、おごるよ。」
「なんで。」
「わざわざ来てくれたし。」
「・・・そう、じゃあ珍しいからおごってもらう。」


わたしもわたしでかわいくないことを言ってしまう
北山さんにごちそうしてもらったときのように
素直にごちそうさまも言えない


それは当たり前か
この人と北山さんではあまりにちがいすぎる


そう思って、ちらりと背後を振り返り
北山さんの姿を確認すると
北山さんはきちんと視線をあげて応えてくれる


ただならぬ、安堵と、正体のわからない勇気をもらった気分になる








「やけにおしゃれしてんだな。」


拓矢の突然の質問に、わたしは視線を戻して
拓矢の顔を見つめ返す


「今日は一日おでかけしてたの。」
「デートかよ。」
「まぁね。」


たしか北山さんもわたしも、茶化しながらも
一応今日のアレをデートと呼んでいた
少なくとも見栄は張ってない

そう自分のなかで確認したあとビールを口に含んで
ふと視線をあげると、拓矢の目とかち合う




拓矢の瞳もグラスを拭いていた手も、停まっている





「?」
「彼氏できたんだ?」
「やだ・・・ちがうよ。」


そうだと言ってもよかったのに
(そこは見栄を張ってもきっとバチはあたらない)
わたしは自分の往生際の悪さにうんざりする


拓矢はわたしの返事を聞くやいなや
もっていたふきんをカウンターに放って、両手をついてうなだれる




「・・・どうしたの?」


拓矢の目つきに、つい不安になる
何を思っているのかはわからない
ただ、拓矢がわたしに別れを告げようとしたときの目にとても似てるから
わたしは反射的に不安に包まれた


「拓ちゃん。」




わたしの呼びかけに、拓矢は顔をあげた




「拓ちゃんて呼ぶな。」









あまりにぴしゃりと言われて、ひるんだ
そして当たり前にショックをうけた
もう彼をかつての呼び名で呼んではいけない
20年間呼んできたその名で
そんな単純なことを、頭は受け付けてくれない














困惑していると拓矢が口を開く



「・・・だめだ。ごめん、ちがうんだよ。」
「なにが?」
「お前、今日なんで来たの。」
「なんでって・・・」


聞かれると思っていたけれど、うまく切り返せない


「なにか言いたいこと、あったんじゃないのかよ?」
「言いたいこと、っていうか・・・」
「俺のバイト先はずっと知ってたのに、"今"来た理由があるんだろ?」


今日来た理由は、「北山さんに連れてこられたから」に他ならないけど
北山さんにどうする?と聞かれて、結局店に入った自分の選択には
何かしらの決意があったはずだった



私は観念して口を開く







「・・・わからないけど、変わりたかったの。」
「・・・は?」
「あのまま拓矢を忘れるには膨大な時間がかかる気がして。会って何かが動き出すなら、そうした方がいいと思った。
 置いてかれるのってなんか悔しかったの。」
「誰に置いてかれるんだよ?」
「拓矢に・・・」



そこまで聞いて拓矢は無意識のようなため息をつく

それをわたしは、なんとなく呆れられたような気がして
つい視線をおとす




拓矢と別れてしまってから
ふとしたきっかけですぐに下を向いてしまうクセがついたのだ




「俺は先走ってただけ。お前はべつに置いてかれてなんかいない。」
「先走った?」
「俺はなんにも変わってないよ。今でも不器用だし、無愛想だし、ネガティブだし
 大人になるとか、口で言うのは簡単で、なんにもわかっちゃいなくて。それに・・・」
「それに?」
「それに、今でも・・・」


拓矢は顔をあげたけど、その瞳は悲しくゆれていて私を見ない
読み取れない沈黙がながれる

昔は、黙っていたってそばにいれば
相手がなにを考えているのか感じられたのに


今では、拓矢の瞳がゆれている理由がわからない
まるで別の男の人みたいだ








やがて沈黙をふりきるように、拓矢はわたしを見た



「とにかく、俺謝りたかったんだよ。お前に、最後に会った日、ひどいこと言ったから。」
「・・・いいよ。もう。」



今更、それは本当にどうでもよかった
"悪かった"って、私を傷つけたってことわかってくれれば、それで


言葉なんかより、
わたしが傷ついてることを気付かない、もしくは
気付いていても平気でいられるようになってしまった拓矢に
わたしは何より傷ついたんだから










「今日ね、ひさしぶりにデートしたの。」
「・・・」
「拓矢以外のひととデートしたのはじめて。」
「そっか。楽しかったか。」
「うん。彼氏じゃないけどね。楽しかったよ、すごく。」
「そっか。・・・ん、よかったな。」
「拓矢は?彼女と・・・うまくいってる?」
「・・・・・・あぁ。うまくやってる。」




そう言ってふと見せた拓矢の表情は
今までに見たこともないほど切なかった
言葉では言い表せないような、切な温かさがあった





あ、拓矢変わったな、と、自然とそう思った
互いの気持ちがもう読み取れないのは、私も変わったせいだと気付いた











それが、自然な瞬間だった
わたしたち、終わったな、と私はきちんと受け止めたんだ
この恋の終わりを、ようやく受け止めたんだ





もう、彼を「拓ちゃん」と当たり前に呼んでいたころの自分を
うまく思い出せない












わたしは、席をたつと上着をもって、北山さんのほうをちらりと見る
北山さんは誰か知り合いと話し込んでいるようだけど
わたしが帰り支度をはじめたことには気付いたようで、一瞬目が合った



帰りは、わたしが先に車に乗って待っていて
時間差で北山さんが来る約束になっている


わたしは扉を開けた
もう二度と来ないであろう、その店の扉を
























外はやはりすこしひんやりとして、わたしは立ち止まって上着を羽織る
空をなにげなく見上げると、ここでも星は見えた
息を吐くと、まだすこし白い


車に乗り込もうと、上着のポケットから北山さんのキーケースを出した時、





「都!」


背後で声がして、さっき閉めたばかりの扉が勢いよく開いた
中から追いつめられた表情の、拓矢が飛び出してくる









「俺、お前にちゃんと伝えてなかったよな。」
「なにを?」
「その、大事な気持ちを・・・一度も・・・」
「"好き"ってこと?」
「・・・」


また、拓矢はくせで首を根っこから垂らす
言葉にできないときはいつもそうするんだ


「いいよ、ちゃんと伝わってたから。」
「でも、今は思うんだよ。ちゃんと伝えてればよかったって・・・」
「そうだけど、もう、いいよ。寒いでしょ、中入りなよ。」
「・・・けどさ」
「いいよ。」
「・・・・・・ごめんな。」
「・・・いいよ。」









いいよ


あなたがもう一度わたしを追って、
そうやって店を飛び出してきてくれただけで、もう充分なの




切なさが舞い戻る
きっと今度はわたしが、拓矢が見たことのないような顔をしているだろう











「ごめんな。都。」











拓矢がまるで、自分の弟かなにかのように思えた
でもそれは、彼が何かに対して劣っているという意味では決してなく
きっとはじめて、愛しいと思えたということなんだ


彼の言葉に、わたしは素直にゆっくり、うなづいてみせる







昔、よく見たドラマのなかのヒロインみたいに、完璧に











拓矢は、そっと背をむけると
店に戻った



























































BACK     NEXT

(c)君に僕のラストソングを


photo by <NOION>
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送