まっさらなラブソング













都が席を立つのが見えた
一度こちらを一瞥したのも、視界の端にうつる
都は泣いていない
落ち着いた様子で、上着をスツールから持ち上げているのを見て
僕はとりあえず、心底、安心した


僕は仲間との話を切り上げつつ
都が出て行ったあとの扉が重く閉まるのを確認する


どんな話し合いがなされたのかわからない分
あまり車のなかで彼女一人で待たせるのは気が引ける
僕は腕時計をのぞいて、時間を気にするふうを装う





「じゃあ、俺はそろそろ帰るよ。約束があるんだ。」


立ち上がってスタッフを呼び、パインジュース2杯分の会計を済ませる












そのとき





僕の真横をさっと走りぬける人影がみえた

拓矢だった



僕は息を飲み、彼の背中を振り返る
彼はまっすぐに店の出口へ向かう
彼女を追っていることは明らかだった



まるで、あの日の夜
僕がそうしたように




「都!」



扉が閉まるか閉まらないかのときに
外に飛び出した拓矢の声はしっかりと僕の耳に届いた









そうか


こうなることは予測していなかったな
とりあえず、このまましばらく外に出ないほうがいいのかもしれない


今、彼女を追っていった拓矢の背中を
僕はどこかで見たような気さえしていた


僕も(もしくはかつて誰かが)ああやって
もう二度とこないかもしれない瞬間を追って
走り出したことがあった気がした
ここで引き返さなければ、いつか後悔すると漠然と気付く
そこには計算もためらいも存在しない
ただ、もう一度だけ、誰かの名を呼ばずにはいられない瞬間が
誰にでもあるのだ














扉の前で立ち尽くしていると
目の前で、もう一度それが開いた



「!」


拓矢が戻ってきたのだ
僕に気付いて、びくりと立ち止まる



「あ、北山さん。もう帰っちゃうんすか。」

すぐにいつもの接客用の笑顔に戻る
彼はこうしてとっさに自分を隠すのが非常にうまい

「うん、この後まだ用事があって。」
「ありがとうございました。また来てください。」


僕は、拓矢に笑顔を返すことしかできなかった


おそらく彼はもう充分なほど、気付いている
一度手放したものはそう簡単には戻らない
もう一度、彼女の名を呼べた
それでいいじゃないか






















「北山さん。ありがとう。」



店を出ると、都はおとなしく助手席で待っていた


黙って僕も車に乗り込み、エンジンをかける
駐車場を出たくらいでようやく、都が口を開いたのだ



「北山さんってすごいね。何でもお見通しってかんじ。」
「やめてよ。そういうんじゃないんだ。今日連れてきたのは。」



うん、そっか、と口だけでつぶやいて彼女は黙る

東方向に、夕方渡ったレインボーブリッジが見える
きっと彼女もそれを見ているだろうと思い
なんとなくスピードをゆるめる


もう夜も更け、暗闇にブリッジの灯りが瞬いている






「俺もさ、過去に失敗はいくらでもしてて。でもそれって後でほんの少しのすれ違いのせいだったんだと気付いたりして
 何度も思ったんだ。"今よりもうすこし大人だったら気付けてたんだろうな"って。」
「それは・・・つらかった?」
「くやしかったよ。人間あとになって気付くことばかりだから。」
「それで、私達を会わせてくれたの?」
「きっかけくらいは与えてもいいと思った。ふたりのことに首つっこむ気はさらさらなかったけど。
 今日、都ちゃんと一日過ごして思ったんだよ。君はほっとけない部分もあるのに、いつ俺を追い越すかわからない危うさもある。
 とんでもないスピードで、大人になれるときなんだよ。だから、今とてもキレイなんだと思うよ。」


僕の率直な言葉に、彼女はあからさまに照れて視線をそらした


「なんか俺、口説いてるみたいだけど。それも、君次第なんだ。
 君がそう受け取れば、口説いてるんだろうし。そうじゃなければそうじゃない。
 君はもう、どこでも通用する立派な女性になってると思う。今日、彼に会うと決めた君を見て、そう思った。
 よくがんばったね。」






ちらりと盗み見た彼女の横顔は、もう照れてなんかいない

もともと潤んでいるその目に、なによりもきれいな涙が浮かぶ

やがて彼女が口を開く






「彼が、やっぱり好きだと思ったの。でも、話してるうちにそれはちがうと思った。
 愛しいと思えるけど、拓ちゃんがいなきゃ生きていけないとはもう思えなかったもの。
 ある程度話してから、気付いたんだ。"私は今日このまま帰るべきだ"って。」
「でも、彼、一度君を追っていったね。」
「びっくりしたけど、それでわたし救われた気がした。彼が今誰といたって、私との時間が消えるわけじゃない。」


そうか、拓矢は彼女と別れたことを言わなかったのか
僕は心底、彼のことをかっこいいと思う












彼女はゆったりシートに身をしずめて、息をつく
レインボーブリッジが見えなくなろうとしていた


オーディオからは、今はやりの女性シンガーソングライターの
からりとしたラブソングが流れ出す
そのシンガーは、小さい体でものすごい声量を持っている
詞は、長くつれそった恋人へ感謝の気持ちをこめたものだった









「よく彼との思い出の曲、とか、あるじゃない。」

落ち着いた声色で彼女は言う

「うん。」
「私の場合、生まれてから今まで聴いた曲、全部がそうなの。ずっと彼と一緒に聴いてたから。子守唄も童謡も、音楽の授業で習った曲も
 全部がラブソングみたいなものなのかもって、思うの。」
「歌には作り手の愛がいっぱいつまってるから。それは正しいのかも。」
「だから、あの夜聴いた北山さんの曲だけよ。拓矢の思い出がない、まっさらなラブソングは。」







不覚にも、彼女の言葉に、ドキリとしてしまった



























































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(c)君に僕のラストソングを


photo by <NOION>
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