星空



















次に彼女を見かけたのは
それから2週間ほど経ったころの
ある夜だった

ちょうど僕が帰宅して
部屋の空気がなんとなく澱んでる気がして
窓を半分開けたときに
小さなエンジン音がした

車にしては荒れた音だと思い
ふと階下を見下ろすと
暗がりの中、隣のアパートの前
一台のバイクが停まる

ちょうどベランダのフェンスとフェンスの間
その様子が20cmほどのスキマから見えた
二人乗りをしていたらしく
後ろに乗っていた女性が降りてヘルメットをとると
楽しそうな笑い声がこちらまで届いた


それが彼女だった



運転していたのはどうやら恋人らしく
ふたりは一通り仲良さそうに笑いあって
ぽつりぽつりと会話をはじめた

覗きの趣味はない
たまたま知り合った隣のアパートの子が
彼氏と帰ってきたのを偶然見かけただけのこと

僕はそのまま、なんだか微笑ましい気持ちに浸りながら
ゆっくりと音をたてないよう、窓を閉めたのだ










その夜、夢を見た


誰が現れたわけでもない
特別なストーリーがあったわけでもないのに
僕は夢の中でただひたすら、彼女の幸せを願ってた
彼女の笑顔の源はあの恋人だろうかと考えながら眠ったせいかもしれない

ただ、ただ
彼女が笑顔でいてくれることを願っていた
それをただ強く祈りすぎて
朝目覚めたときには、右も左も
汗がにじむほど拳を強く握りしめていたほどだ

漠然とした、ふと湧き上がる”願い”とは
案外しつこく心につきまとうもので
僕は、彼女のことをまるで妹を思うように考えた

まだ彼女という人間をよく知らないから
(そういえば名前も知らない)
愛しい、とか恋しいなんていう気持ちには程遠いけど
たまに会ったら、笑顔であいさつを交わしたいものだと思うし
できれば彼女が喜ぶことを、できる範囲でしてあげたいと思った




単に彼女のキラキラと輝く瞳が気に入ったんだ
見られるものなら、もう一度見たい














「異常ないですね」


ぶっきらぼうな医者がレントゲンを眺めたまま言った


「ないですか」
「大丈夫でしょう。傷もそのうち治りますから。応急処置がよかったんですね。」


なんだかんだで病院にはずっと行きそびれ
彼女をベランダごしに見かけた日の翌日
ようやく僕は病院へ車を走らせた

これで一安心
念を押された手前
病院にいくまえに彼女と顔を合わせるのは
少し気まずいとは思っていた

これでもし、ばったり会っても笑顔で言える



「頭、中身も大丈夫だったよ」



きっと彼女は目をキラキラさせて笑うだろう







病院のあとも僕には仕事が待っていて
結局家に帰れたのは陽が落ちてからだった


駅から徒歩3分弱
頻繁に電車を使うわけでもないのだが
「駅周辺」という条件につい魅力を感じてしまうのは
学生時代、もしくは貧乏時代の名残だろうか
どちらにしろ東京に住んでいたらそうなるのも無理はないかもしれない

駅が近いということもあるが
僕がこのマンションに決めた一番の理由は
街灯が少なく、東京の街にしては夜空がキレイに見えるからだ
たとえば若い女の子が住むにしては逆に悪条件だが
30過ぎの男が住むのには街灯の数なんかよりも、
若い頃より疲れやすくなったこの心と体を
癒してくれるような星空が必要だと思ったんだ



10月に入り
そろそろ上着を着ないと外を歩けない季節
僕はポケットに手を入れて
マンションまでの道を首をちぢめながら歩いた





その時



「きたやまさん?」


暗がりから細い声が響いて
さすがにビクリと振り返ると
アパートの階段から、彼女が降りてくるところだった


「ごめんなさい。驚かせた?」
「いや。こんばんは。」
「今帰り?」
「そう。そちらは?」


名前を知らない人に、こうして話しかけられるのも
なんだかヘンな気分だが
不思議と話しづらくはなかった


「コンビニにいこうと思って。化粧水が切れちゃったから。」
「コンビニって、駅の向こう側の?」
「そう。ローソン。」


とっさに頭の中で
ここからコンビニまでの道のりを思い出したが
決して女の子が平気で歩ける道ではなかったはずだ
怖がりのくせに、何だってそんな無茶なことを


「ご一緒してもいい?」
「え?」
「迷惑でなければ。」
「もちろんいいけど・・・お買い物?」
「そう。俺も化粧水きれてたんだった(笑)」
「(笑)」


2週間と1日ぶりに見た彼女の笑顔は
やっぱり、キラキラと輝いて
この時はちょうど空に浮かぶ満月を映し出していた




「いつもコンビニには歩いて?」
「自転車持ってるんだけど、自転車乗ってると見えないから。」
「何が?」
「星空が。」


そう言って彼女は、夜空を仰いだ
すこしだけ、彼女の吐いた息が白く漂う


「・・・星空。」
「知ってた?この辺って、東京のくせに星が案外見えるの。」
「・・・へぇ、知らなかったな。」





同じことを思っていたのに
この時、そ知らぬふりをしてしまったのは
空を仰いだ彼女の瞳が、とてもきれいに輝いたから


その瞳は、僕なんかよりずっと純粋に空を見上げていて
その瞳で、この世界の美しいものすべてを
教えてほしくなったから








「名前を、聞いてもいいかな。」



彼女と黙って夜空を眺めながら
空に向かって僕はつぶやいた


僕の声はそのまま夜空に吸い込まれたかに思われたが
彼女の弾けるような笑い声がすぐに返ってきた



「やだ、教えてなかったっけ?」



























































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(c)君に僕のラストソングを


photo by <NOION>
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