背中ごしのふたり















それから一度だけ、駅のそばを通りかかったとき
彼女を見かけた
彼女はひとりで携帯を開いて道の向こう側で立っていて
誰かを待っているようにも見えたが、メールを打つために
立ち止まっているだけにも見えた

ふと顔をあげた彼女と目が合い
僕は手をあげたが、彼女はしばらく挑むようにこちらを見つめ
ニコリともせずに、また携帯に目を落としてしまった

行き場をなくした僕の右手は力なく下へおろされる
キラキラとした笑顔を見せてくれた彼女が
なんだか別人のように見えた


本当に別人かもしれないと思ったが
彼女は、いつだったか二人でコンビニに出かけたときと同じ
真っ白のきれいなコートを着ていた






てっちゃんの言うとおり
確かに必要以上に彼女に干渉するべきではないとは思ってた

僕らはただほんの偶然から知り合ったご近所さんで
他人である僕たちが、これ以上に踏み込むためには
もう少し時間が必要なはず

僕がどんなに、涙は流してほしくないと願おうと
どんなに彼女の笑顔が好きだろうと、
僕がそれを願ったり手を尽くすことを彼女が望んでいなければ
それは意味のないことで
余計なお世話ってやつにもなりうる




彼女とそれからも会わない日々が続いて
僕の頭の中から、彼女のことがだんだんと薄れていった















だが、”縁”というものは、目に見えないものだが
僕はこう思う




切れたら切れたでそれまでだ


しかし、切れかけた縁がなにかのきっかけで結び直されたとき
そこには簡単にはほどけない結束力が生まれるものだ、と




















転機は突然やってきた


彼女と会わなくなって約1ヶ月半ほど
彼女とはじめて出逢った日からは、もう3ヶ月近くが経っていた
僕は彼女を忘れつつあったけど、たまにアパートの前を通るとき
電気の点いている部屋をみあげては
今も暗闇では寝られない生活をしているのだろうかと思ったりした


携帯に彼女の番号は残っていたけれど
彼氏と別れたらしい女の子に、濃厚なラブソングばかりの
僕らのCDを、今更おしつける気にはどうしてもなれなかった

あれ以来、アパートの前にバイクが停まっているのは
一度も見なかった


















「寒くなってきたねー。」


その日、僕は仕事のからみで仲良くなった人たちと
夜の街をぶらついていた

お近づきのしるしに食事でも、というやつで
うまい鉄板料理を食べて、酒を飲んで
じゃあもう一杯飲もうか、ということで
今は2軒目の店を探して歩いているところだった



「もう12月か、早いな。」
「だよね。年とると一年が早く感じてしょうがないよな。」
「ほんとに。」


笑いながら、僕が一度か二度入ったことのある店に
なんとなくみんなに入るよううながした






入って正面と、左手奥がぐるりとカウンターになっていて
窓際の席はふたりがけのソファが置かれて
ほかはすべてテーブル席だった
客は良い加減に入っていて、音楽と談笑が混ざり合っている

僕等は一番奥のテーブル席を選んで、店内の左手に進んだ


エントランスから席までの
ほかのテーブルとテーブルのあいだをぬって歩いたとき
ふと、聞き覚えのある声が耳に飛び込んだ

だが僕は、すぐに振り返らずにまずは連れと一緒に
席についてそれぞれ上着を脱いで落ち着いた





そしてそっと、声の聞こえた方を振り返ると









彼女だった。


店に都がいたのだ。
しかもすぐ背後の席に。





都は僕には気付かずに、うつむき気味に連れと話している
視線を動かして目をこらすと相手は男だった

若々しい雰囲気の男で、瞳が大きかった
店内だというのにマフラーに黒の厚手のレザージャケットを着たままで
腕を組んで無表情で座っている

ふたりの周りには重苦しい空気が流れていて
よくよく見てみると、都の瞳に浮かんだ涙に
店内の照明が反射していた

そして男の足元には、バイクのヘルメット






あぁ、彼女の恋人(らしき男だった奴)だ






僕はそれきりうしろは振り返らずに
みんなとの会話に参加しているふりをして
半分以上、神経を背後のテーブルの会話に傾けてみた














「だからさ」


彼女のとぎれとぎれにつぶやく声は聞こえなかったが
うんざりしたように口を開いた男の声が
結構な音量で耳に届いた


「冷めちゃったもんはしょうがないじゃん。悪いとは思ったけど。」


耳を疑う
が、その一方で”やっぱり”と思う
彼女のキラキラした瞳が脳裏をよぎる

男は続けた


「俺らも子供じゃないんだからさ、いつまでもつるんでたってしょうがないって。」


それに対して彼女が何か言ったようだが
その声はちいさくて僕の耳には届かない


「・・・そりゃ俺だってそう思うよ。お前とは普通のつきあいじゃないもんな。
 8年も彼氏彼女やってりゃさ、そりゃ情なんかめちゃくちゃあるし、寂しいよ。
 でも、世界を広げることでつきあいづらくなる関係なら俺はごめんだよ。
 いつまでも幼なじみとか、マネージャーとかの気分でやってけるわけないんだからさ。」




なんということだろう

彼女は故郷での幼なじみと8年間もつきあってきて
ふたり一緒に上京し、そしてその心のよりどころである彼に
別れを告げられてしまったのだ


こんな冷たい、東京の寒空の下で





「お互い、幼かったんだと思う。」

「そんなことない。」



ここでようやく、彼女の声が聞こえてきた



「お前もわかるときがくるよ。生まれたときからずっと一緒でさ、お互いしか知らなかったんだ。
 お前ももっと、いい人見つけろよ。俺なんかもう忘れろって。」

「いや・・・」

「ごめん。けどもう、どうしようもないんだよ。彼女とはもうはじまっちゃってるし。」

「いやだよ・・・」

「あのさ、お前2ヶ月前に別れようって言ったときはわかったって言ったよな。
 なんで今更そんな聞き分けのないこと言うんだよ?」

「やっぱりイヤなの。別れたくない。勉強も、何も手につかない。」

「・・・」

「食欲もないし、なにをしても頑張れないの。眠れないの。」



”眠れないの”

彼女の悲痛な言葉に、僕の胸がじりじりと焼ける
こんなにも切ない想いをかみしめたのは
一体どれくらいぶりなんだろう



そんな焼け付いた僕の心にも
熱い彼女の涙にも
その男は、冷たい水を浴びせるような言葉を吐いた
















「もっと大人になれって。そんなんじゃ生きてけねぇぞ。」






















ガタンッッ



頭に血がのぼった僕より先に、立ち上がったのは

彼女だった











「拓ちゃんがいなきゃ、生きてけないから。」



低く、しっかりとした声だった













「北山?」

その時、完全にふたりの会話に集中してかたまっている僕に気付いて
仲間のひとりが呼んだ

「あ、ごめん。」
「どうした、難しい顔して。」
「いや・・・ちょっと・・・」

僕が返事を考えていると、背後でイスをはじく音がする
振り返ると、都がコートを持ち上げて席を離れたところだった




「ごめん。俺、帰る。」
「はぁ?なんで?」
「ごめん、ほんと。じゃあ!」
「ちょっと、おい、北山!」


僕は上着をもって、仲間たちに謝って片手をあげて
すぐに彼女のあとを追って店を出た












あとを追ってどうしようというのだろう
彼女のことを、僕は何も知らないのに
かける言葉なんて、今の彼女にあるのかもわからないのに


でも、追わずにはいられなかった
彼女の声はそれほど、悲しく、痛く、頭に響いた








”「拓ちゃんがいなきゃ、生きてけないから。」”



























































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(c)君に僕のラストソングを


photo by <NOION>
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