僕は、帰らない。















「都ちゃん!」



名を呼ぶと、彼女は早足をぴたりと止めて
だが振り返らなかった



「都ちゃん」

もう一度名を呼んで彼女に追いつく
隣に並ぶと、彼女はおそるおそる僕を見上げた






「きたやま、さん」


彼女が少しホッとした顔になったので
僕も少し安心する


「ごめん。その、俺も実は、今の店に。」


ハっとした顔をしてうつむいたその頬には
涙が幾重にも重なってあとをつくっていた

指先が真っ赤になった手で、頬をぬぐう
すこし髪がのびた彼女がうつむくと
茶色の髪がさらさらと落ちてきてその頬を隠した




「とりあえず、送っていくよ。俺も帰るとこだから。」
「わざわざ追ってきてくれたんだ。友達もいたのに。」
「・・・俺に気付いてたの?」
「ううん、でも、店に一人で飲んでる人なんていなかったから。」
「よく見てるね。」
「彼が待ち合わせの時間に一時間も遅刻して・・・それまで一人で待ってたから。」


押し殺すような声で彼女は説明する
僕はそれを聞いて、無意識に拳をにぎりしめたが
顔には出さずになんとかやり過ごす




「タクシー拾おう。」
「いいよ。私お金ないから。」
「出すよ。」
「いい。」
「でも、寒いでしょ。」
「いいの。歩きたい気分だから。」
「・・・そっか。」


ここから僕らの家まで歩いて帰ったら
おそらく1時間はかかるだろうと踏んだが
それからは黙ってふたり、街を歩いた


街はすっかりクリスマス気分で
どこかきらびやかな色と雰囲気が漂っている
この年になって、男の僕にとっては
クリスマスといっても特に特別な感傷には浸ることもないが
彼女にとってこの季節の光景はつらいものだろう



「ここまではどうやってきたの?」
「学校帰り、電車を渋谷で降りたの。」
「そう、明日も学校?」
「明日は・・・やす、む。」
「休み?休む?」
「・・・休む。」
「そっか。」


彼女の歩調は意外にはやく、僕と同じくらいだった
背は低いほうだと思っていたが、
今日はブーツを履いているのでそうでもない
覗き込まないと見えなかった彼女の横顔が
今日に限って、よく見える


最後にしっかりと彼女の顔を見たのは
あの夜、ふたりでコンビニまで歩いた時
確かあのときの彼女はすっぴんだった気がする
今日は別れた恋人に会うためか肌はいつにも増して白く輝いて
マスカラで黒々とのびたまつ毛の上には
ゴールドのアイシャドウがきちんとのせられている

だけど、きっと紅くぬられているだろう唇だけは
彼女がかたくかみ締めているせいで僕からは見えない






「きたやまさん、この間はごめんなさい。」
「え?」

固く閉じられていた唇が、ちいさく開く

「こないだ、駅前で見かけたでしょ。私のこと。」
「あぁ・・・」
「ここ最近、本当に落ち込んでて・・・テストも散々で、眠れないくらい・・・」
「わかってる。さっき、聞こえたから。言わなくていい。」


彼女の口からこれ以上弁解も、謝罪もさせたくなくて
僕はつい言葉をさえぎる


「あんな態度とって、本当にごめんなさい。」


僕がさえぎっても、彼女はもう一度謝った
彼と別れたことで、私生活がすべて共倒れしていることに
一番参っているのは彼女自身で
こうして少しずつ、倒してしまったものを修復しようとしている
すぐには無理でも、少しずつ





「・・・8年もつきあってたのよ。」
「うん、言ってたね。」
「他に好きなコ、できたんだって。」
「そうか。」
「ずっと支えるからって、一緒にがんばっていこうって言ったのに。」
「うん。」
「わたしのこと、子供だって・・・だからだめなんだって。」
「そんなこと・・・」
「わかんないよそんなの。」


彼女の声が、かすかに震えた


「どんなのが子供で、大人かなんてわからないよ。そんなの。」
「うん。」
「ひとりで大人になったフリしちゃって、ずるい。」
「うん。」
「人間なんてあんな風にすぐに変われるはずない。変わるとしても、一緒に歩いていけるならそれでよかったのに。」
「うん・・・」
「全部一緒じゃなくたっていい。せめてわたしが変われるのを、見守ってほしかった。」
「うん。」
「・・・ずっと、一緒にいたかっただけなのに。」





都は、ポケットからタオルハンカチをだして
鼻から下をぐっとぬぐっておさえた
瞳から次々にこぼれる大粒の涙は
ハンカチに全部吸収されてゆく


するとふいに立ち止まり
都はこちらを向くと一度だけ洟をすすって
僕をまっすぐに見上げた




「寒いでしょ?私につきあって歩いてくれなくていいから、タクシーで帰って。」
「まさか君を置いて帰れると思うわけ?」
「でも、ボーカルなんでしょ?風邪ひいちゃうよ。」
「それは言えてる。でも帰るなら、一緒に帰る。」
「ゆっくり歩いて帰って考えたいの。」
「一人で、寒い中歩いて、何を考えるの。彼のこと?彼がいなきゃ生きていけないって思いながら歩くの?」
「・・・」



彼女は言葉をなくして目をみはる
僕のついムキになった口調に驚いているみたいだ
少し言えば僕が帰るとでも思ったらしい
あいにく、僕は結構頑固なんだ


「そんなの意味のない時間だよ。今となってはあんな彼の元に君がもし戻っても幸せになれるとは思えないし。」
「戻るなんてありえない。」
「そうかもしれないけど大切なのは前に進むことなんだよ都ちゃん。」
「そんなことわかってる。あなたに言われなくてもわかってる。」

彼女の声が、震えてる

「あぁ言われなくてもわかってるかもしれない。でもそれを行動に移すには、君にはまだ人の助けが必要だと思う。」
「・・・私が、子供だから?」


彼女の唇と、瞳までもが揺れる
あえて彼に言われた酷い言葉を持ち出すあたり
彼女はいま投げやりになっているのだろう


「かもしれない。でも、それを肯定してあげないと今度は”大人になったフリ”をすることになる。」
「もういい・・・」



完全に気に障ったのか、彼女は瞳をぐるりとまわして
あきれたように僕から目をそらして、背を向けて歩き出す
コートのポケットに手をつっこんで完全に歩いて帰る体勢だ



「気に障ったのなら謝る。でも・・・」
「もういいです。わかったから。」
「でも俺は、君の味方だから。」





僕の言葉に、彼女は僕の3歩ほど前で立ち止まる
しかし、振り返らない


「・・・味方?」
「君の笑顔が、心から素敵だと思ったんだ。それをいつか伝えようと思ってた。」
「・・・」
「でも、このままじゃもう二度とその笑顔を見られないままさよならになってしまう気がする。だから俺は帰らない。」
「・・・」
「君が、また笑うまでは。」





こんな僕でも、
実はこんな言葉を女性に捧げたのは生まれてはじめてだ








都は、僕に背をむけて立ち止まったまま動かない
コートのポケットに手を入れたまま
片手にファーのついたハンドバッグを握り締め
肩を震わせながら



僕がタクシーを拾うのを、じっと待っていた



























































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(c)君に僕のラストソングを


photo by <NOION>
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