冷たい昼食























翌日

わたしはAM10:00頃、浩二に連絡して

昼から会うことになった


浩二にもらった(正確には置いていった)指輪をはめていこうと思ったけど

無理しているのがみえみえな気がしてやめた


待ち合わせは、浩二の家のちかくのカフェ

ランチをとるつもりで昼ご飯を食べずに家を出た







!」


聞き慣れた声で名を呼ばれた

浩二の声はよく通るので

お店でこうして名前を呼ばれると

たいてい店内の数人は振り返ったりした

私は、浩二のそんなところが好きだ





「ごめんね。お待たせ」

「そんなに待ってないよ。、飯食った?」

「ううん、抜いてきた」

「よかった。俺もここで食べようと思ってさ」



窓際の席を選んで正解だ

浩二は真昼の日差しをうけて、いつもの笑顔が輝いている



浩二は夏生まれで、白いシャツと真っ青なジーンズが似合うような

少年のような人


笑うと下がる目尻も、まっすぐな眉も

白い歯も、健康的な肌も

真っ黒な短くて固い髪の毛も

どれをとっても、私の好きな浩二だった




わたしたちはランチをそれぞれ選んで

浩二はミックスサンドとカフェオレ

私は卵サンドとミルクティー

二人ともデザートはグレープフルーツのゼリーを選んだ





休日の午後

近所のカフェで

陽の当たる場所で

ふたりでランチを取る


少し前までは幸せを絵にかいたような時間だったはず





今も幸せに変わりはないのに

とても安心できる時間なのに

一緒にいるのが浩二ではなく、てつやだったら、と

考えてしまう自分がいる


そんな風に無意識に考えてしまう自分と

そんな私に気づいても、尚も笑顔でいる浩二

わたし達は、違和感だらけの昼食をとった

















「返事はしたの」



カフェオレを一口飲んで

浩二はなんでもない事のように訊いて


「転勤の件」


と付け加えた



私は曖昧に微笑んで、首を横に振った





どんなに険悪に話し合った後でも

浩二はこうして平気な顔で話を掘り起こす

結局は向き合わなければいけない問題なのだから

それが間違っているとは思わないけど

私は浩二のこういう切り替えの早さに、いつもついてゆけない



おとといの口論が

なんだか無かったことのように思えてしまう





「こういうのって、返事は早い方がいいんじゃないの」


私はつい、浩二の顔をまじまじと見つめる

つい、この間、行かないでほしいと言っていたのに

この他人事のような口調はなんなんだろう


あの発言を、なかったことにでもしてほしいのかな…



私は訳がわからずに、返事を考えた



「…そう、だね。明日、言うつもり」



詰まりながらもようやく返事をした私を

今度は浩二が食い入るように見つめた









今度は重苦しい沈黙だけが流れた









浩二は、てつやのことを訊こうとはしない

一体誰なのか

どういう関係なのか

私がどう思っていて

これからどうするつもりなのか…



訊かれても困ることばかりだけど

逆に、今質問されないのもなんだか居心地が悪い















「「あの」さ」



ふたりが顔をあげるのが同時だった



「あ、わるい。何?」

「浩二から言って」

「いいよ、大した事じゃない」


この期に及んで大した話じゃない話なんてするはずがないのに


「…てつやの、事だけど」

「………」

「訊かないのね」

「お前がその人とは関係ないって言ったから、それを信じようと思って」

「…」

「でも、本当に何かあるならから話してくれるだろうと思ってた」

「え」

「何か、あるんだ?」



浩二はいかにも笑いたくなんかなさそうに

無理して弱い笑顔を見せた



私は今度こそ答えに詰まった



何かあったわけじゃない

目に見えるところでは、事実わたしとてつやには何も起こってはいなかった

でも、だからと言って

本当に何もないと言うのはあまりに真実とかけ離れるし

いまの浩二も納得しそうにない







返事に窮して

ついにはうつむいてしまった私に

浩二は口を開いた



「無理すんな。俺はほんとの事しか知りたくないから、正直に言ってくれ」

「…うん。うん、わかってる」

「お前が嘘つけない事くらい知ってるし、最近様子がおかしかったのも気づいてた」

「え」

「なんとなくだけどな。あんまり目を見て話してくんなくなったな、とか」





恥ずかしくなった



ひとりで悩んで、閉じこもって考えていたつもりが

浩二は気づいてた


気づいてて、ずっと笑顔でいてくれたなんて





唇がすこし震えた

本当に、答えを言わなければいけない気がした


しかも、何も着せない真実だけを

伝えなければ


ここまできたら、もうそうする事が一番

誠実だった























































「私、てつやの事が、好き」



























口に出したら


自分が生まれ変わった気がした



震えた唇は、それを口にすることができた喜びからか

浩二からの返事を恐れた緊張からなのか

自分でもよくわからない



ただ、てつやと別れたあの夜から10年

あの頃の17歳の自分と今の自分が

今はじめてうまく繋がった気がした











「……」



浩二の無表情のため息と

カフェオレをかき混ぜていたスプーンを置く音がする







私にはこれがすべての答えだった


今、これ以上むつかしい事は答えられない



浩二から、更に尋問がかえってくるのが怖い
























「俺にもさ、当たり前なんだけど初恋の人っているんだよな」

「…え、うん」


突然に、浩二は話題をすり変えた


「人に言わせると遅い初恋みたいなんだけど、中学の頃の同級生でさ。頭良くて、スポーツできて、すげぇ人気者だった」

「…」

「いい感じになりかけたんだけど、素直になれなくて卒業と同時に終わった」

「…」

「でも高校2年の頃、再会してさ。雨の日、たまたま駅で雨宿りしてたら…運命感じたよ、まじで」

「つきあったの?」

「…いや、その子に彼氏ができてた。俺あきらめられなくてすげぇ追いかけた。頑張った」

「……どうなったの」

「当時の彼氏と別れて、俺たちはつきあった。しばらくは幸せだった。片時も離れたくないぐらい…」

「…」

「でも、なんか違ってた。彼女、元彼につきまとわれたりして、でも煮え切らない彼女にイラついたりして…中学の頃の気持ちなんか消え失せてさ、なんか…汚く罵って終わった」



浩二が、何を言いたくてそんな話をしているのか

よくわからなかった


でも、はじめて聞く話だった



「初恋って本能みたいなもんでさ。スタート地点だから、何も知らないんだよな」

「…本能?」

「一緒にスタートしたんだから同じペースで走れて当たり前だけど、再会した後にもう一度肩並べて走ってみると、過去や経験が邪魔して呼吸もペースも全然かみ合わなかったりする」

「…」

「走り慣れたころに、息のあう人と一緒に走るのが一番なんだよ」

「…どういう意味?」

「初恋は、実らない」























浩二らしくない



そんなまわりくどい話を持ち出すなんて


































「……なんて、ごめん。偉そうに…」









浩二はまだ食べかけのミックスサンドを置いて

席を立った



























カフェに置いて行かれた私は

水の入ったグラスのふちをじっと見つめた


滴る水滴を見つめながら

なんだか、今頃、店を飛び出した浩二が

泣いているような気がした

























































































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