一番近くのあなたの声























菜緒の指輪が宙を舞った瞬間から
俺の頭のなかで次の行動を決めていた

まっくらな空に吸い込まれるようにとんで
そして堕ちてゆく箱を見送って
波打った水面を見届けると
はじかれたように俺は走り出した









ぽちゃん






一拍遅れて
箱が水面に墜落する音がする









「・・・てつや!?」




走りだした俺の背後から
菜緒の声がする




俺は橋を渡りきると
川沿いの道をはしって、つめたく、やぶれかけたフェンスを越えると
フェンスの鉄柵はおおげさな音をたてる


そこから水面まで、2m・・・いや3mはあるだろう


春先の夜の水温がこちらにまで
ひややかに伝わってくる
深さがどれほどにあるのかもわからない


なにも映し出さない真っ黒な水面が
挑むように、俺を待つ




菜緒が橋の上で信じられない顔をして
呆然とこちらを見ているのが、視界のはしにうつった


今からの俺の行動を、予感しながらも
そうであってほしくないと願っているようだ




俺たちは、一瞬、見つめ合う








俺はこのとき、はじめて

「あぁ、菜緒のためにしてやれることが、俺にもあるんだ」

と、なぜだかホっとした気持ちになった










「てつや!!」




俺は意を決して、その暗闇に身を投げた


遠くで菜緒が俺の名を叫んだが
途中で水音にかきけされて、聞こえなくなる

想像していたよりもずっと川は深く
俺のももの辺りまで水は届く

そして想像していたよりもずっと、水は冷たかった





















「てつや!!」




てつやは、フェンスを越えると
一瞬、こちらを見やったかと思うと
次の瞬間、真っ暗闇みたいなその川に飛び込んだ




なにが起こったのかわからない

どうして彼がそんなことをするのかもわからない

なんのために、こんなこと・・・



わたしはもつれそうな足で、てつやが越えたフェンスの辺りまで走る
側によると川がとてつもなく汚れていることに気づく
ゴミをつめたコンビニ袋や、ペットボトルや
なぜかぬいぐるみまで、いろんなものが無遠慮に薄汚れて水面に浮いていた
(もしかしたらぬいぐるみでなく、なにかの死骸だったかもしれない)


辺りは住宅街で時刻は0時をまわっているので
さっきから人は誰ひとり通らない
気温は低い、足も震えているのに
こめかみに冷や汗をかく
ばしゃばしゃと水音だけが響いた


わたしはももまで水に浸かって
必死に指輪の箱をさがすてつやを見下ろして叫ぶ




「てつや!・・・てつや、やめてよ!」


てつやは動きをとめてまっすぐ、こちらを見上げる








そして、10年前のように
とてもよく通る声で、返事をした







「二度とこんなバカなことすんな」




それは責めるというよりも
お願いする口ぶりで

それはとても悲しそうで



私を見上げるてつやの顔が
サングラスをしていないてつやの悲しそうな顔が
10年前のあの夜と、ぴたりと重なる

あのころよりも、すこし強引になったてつやの口ぶり
過去や経験や、自分の捨てたものの重みで
うまく身動きがとれないわたしは
あのころほど、まっすぐに、透明なまなざしで
見つめられなくなってる




だけど、どうして

わたしはまたあの瞳を選んでしまったんだろう





てつやはまたすぐに指輪をさがしはじめた






「探さないで」

「うるせぇよ」

「いらないの・・・いらないから捨てたの!」

「簡単に捨てんじゃねぇよ!人の気持ちを!」

「てつやだって捨てたじゃない!!」





そこまで言って、わたしはひざから崩れた


フェンスの柵にすがりついて
しゃがみこむのがやっとで
もうてつやを見下ろすことができなくなってた



こんなことが言いたいんじゃないのに・・・



悲しいともちがう、悔しいのもちがう
心の奥底から、なにかがどっとあふれ出して
瞳をどんどんつきやぶって、涙になって流れた


素手で握ったフェンスの柵が
つめたく私の指をうけとめる

瞳だけが熱くて
胸が痛くて、あふれ出ているのは
涙なんかじゃなく、真っ赤な血かもしれないと思ったりした






なにもかも、狂わせたのは私のような気がして
下唇をかんで嗚咽をこらえる

はじめて自分に正直になれたって思ったのは
ただの錯覚だったのかな

本当は人間は自分を解放して正直になんかなっちゃいけなくて
つねに本当にほしいものだけは押し殺して
周りとの距離感を保ちながら生きていかなければいけないのかもしれない

そんなことはみんな生まれたときから覚悟していて
わたしだけが、自分の欲求のセーブができない子供のままなのかも・・・





浩二をあんなふうにしてしまったのも、

浩二とカツさんの関係を悪くさせたのも、

てつやに、こんなことさせてるのも、

全部、わたしがてつやを好きになったからいけないのだろうか








それはわたしの中で、一番まっさらな気持ちだったのに











涙がとめどなく流れて、息が苦しくなって
酸素をもとめて、顔をあげた







そのとき、すぐちかくでてつやの声がした













「捨ててなんかいねぇよ」







まったく気づかぬうちに
てつやは川からあがって
ずぶ濡れで重くなったジーンズが
足にはりついて、とても窮屈そうに
私をみおろして立っていた


てつやの吐く息は白い

















わたしはその時、今までも見せたこともないくらい涙でぐしゃぐしゃになっていた



それを見たてつやの表情がきつくゆがんだかと思った瞬間




わたしの視界がいっきに冷気におおわれた
















冷え切ったてつやの大きな体が

わたしの肩からすっぽりとつつんで

縛りあげるような力で抱きしめた












































今までで一番ちかくで


てつやの声が聞こえる








「・・・捨ててたら、こんな想いしてねぇよ!」







その震える右手には
わたしがさっき投げ捨てた、浩二の「気持ち」が
握りしめられている















てつやは、さっきよりもすこし低くおだやかになった口ぶりで

もう一度、耳元でつぶやいた



































「・・・会いたかった」

























































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