告白























心のなかに、整然とならんだ色とりどりの容器がある
焦げ茶色の木棚に美しく整頓されている


それは本当に色鮮やかで
ひとつひとつにぴんと清潔なラベルがついている


ラベルには「家族」や「はじめての誕生日」や
「ピアノの発表会」や「キャンプの思い出」なんかが書いてあって
近頃では「就職」や「浩二との思い出」なんかもある
幸せがいっぱいつまっているのだ


その中に、ひとつだけ
中身が半分くらいしか入っていなくて
ふたが締められていない容器がある


その容器のラベルは「初恋」




それは
壊れたわけでも、終わったわけでもなく
ただ残り半分を継ぎ足されるのを
ずっと、ずっとふたを開けて待っている


わたしの初恋は、今の今まで そういうものだったのだ


今、その容器が取り出されて すこしずつ、すこしずつ
中身が継ぎ足されてゆくのがわかる
















「・・・さむ」


ぽつりとつぶやいて
てつやは私から体を離した

離れても
てつやは両手でわたしの肩を
大事そうに、包んでいた


涙はとまっていた


てつやに抱きしめられた驚きと
てつやの体温で温められた体と
あの頃と変わってしまった彼の香りに
全部包まれて、思考とともにストップしたようだった



てつやは、わたしの肩をつかんだまま
ためらいがちにわたしの顔をのぞきこむ

「ひでぇ顔」

茶化すようなセリフだったのに
それはどこか、やさしくて温かな声だった

「・・・あんまり見ないでよ」



わたしが見ないで、と言ったからなのか
またすこし、冷たい風が吹いたためか
てつやはもう一度、わたしをさりげなく、抱きしめた


そのやり方はさりげないけれど
腕には徐々に力がこもってゆく




10年前の別れの夜
お互い触れられる距離にすらいなかった
悲しくて、悲しくてしかたがなかった

あの時ぽっかりと空いてしまった穴を
あの時のさみしさを
今、てつやはこの体温をもって埋めているのだと
わたしはなんとなく感じていた

わたしも、そのつもりで
ほんの少しだけ、てつやの背中に手をまわす



てつやのおだやかな呼吸が
指先から伝わってくる

















すこしの時間が経ったあと
てつやは心地の良いタイミングで口を開いた








「・・・あの乾杯を最後にして、二度と会わないつもりだった」



てつやの喉がぴったりと私の耳元にくっついていて
てつやがしゃべるたびに
その低い振動が、じんじんと伝わる



「俺の気持ちなんか今更聞かせてどうにかなるもんじゃないと思った」

「・・・どうしてそんなふうに思ったの」

「お前をしあわせにする自信、ないから」



はっきりと、ないと言われて
すこしだけれどショックを受ける



「再会したときお前は色んなもの手に入れて生きてて、嬉しかった。
お前が”おめでとう”って、言ってくれたときも」


わたしの中で、ずっとキラキラ輝いていた
あの乾杯の夜がよみがえる


「俺の中でさ、あの恋はあのとき終わった気がした。
ここで身を引くことが、罪滅ぼしになると勝手に思って満足してた」


てつやは続ける

再会してからずっと聞きたかったてつやの
本当の気持ちなんだと
わたしは一言たりとも聞き逃すまいと
耳をすませた


「・・・でも・・・そうだな。
それまで俺が何度ものこのこ会いにいってたのがいけないんだよな」


てつやはもう一度わたしから離れて
今度こそ、離れて
わたしの顔を見た


「最初はさ、お前に純粋に会いたくて店に通ったんだ。
ただそれは懐かしさとか、一種のときめきとかさ、そういうもののために」



そして手に持っている指輪の箱を見て
それを親指でぐっと撫でたかと思うと
視線を遠くに流して、しろいため息を吐いた

唇がかすかに震えてる



「でも、お前の気持ちをかき乱してるって気づいて、わかったんだ。
俺がしたかったのはそんなことじゃないって」

「・・・」

「こわくなった。お前が俺に近づくたびに、お前が泣いてたあの夜が近づく気がして」




体は寒いのに
またわたしの瞳に熱い涙がこみあげる



てつやは恐れている



もうなにも失いたくないんだ


もうなにも失わないために
手に入れることを拒むんだ



それは相手が私でなくても同じかもしれない






てつやの脆い部分をはじめて見せつけられて
それが何倍にも増した愛しさになってこみ上げる


でも、てつやはもう”わたしの初恋”とは完全に決別していて
わたしよりよっぽど、今の自分を見つめて生きている


余裕がないと言ってしまえばそれまでだけど
彼が今、わたしを心から求めているようには見えなかった






私は瞳を伏せててつやから目をそらす








初恋の容器は、もうすこしで
満たされようとしていた























そのとき、てつやは向き直り

わたしに、指輪をさしだした



「これ、捨てるな。持ってろよ。 それ持って、ちゃんと考えてくれ」

「考える?」



てつやの顔を見上げると
今までになかったほど、わたしを真っ直ぐに見つめていた






「今まで、ごめん」

「・・・」

「さっき指輪探しながら思った。俺は他人の為にこんな汚ねぇドブ川に飛び込むような男だったか?って」

「・・・ごめん」

「いやいい、いいんだけどさ。」



てつやは手に持った箱をじっと見つめる





「こんなズブ濡れになるまで気づかなかったけど・・・覚悟決まった」

「覚悟・・・?」





てつやは、さしだした指輪の箱を
わたしの方へもう一度突き出す





「これ、お前が受け取ったら、続きを話す」





てつやの手は、すこし震えてた


それが寒さのせいだったのかどうかはわからない





「お前がちゃんと浩二と向き合って考えるって約束するなら
俺の最後のかっこわりぃ本音を、話すから」




わたしは、その意味がよくわからなかったけれど
右手を差し出して、その箱を受け取った


箱は濡れていて
しっとりした感触と、すこしの重みがあった


浩二からの贈り物なのに
てつやの重みがする


てつやは
私がそれを受け取るのを見守ってから

「待った。もう投げるなよ。ちゃんとしまえ、バッグに」

と笑った



わたしも少しだけ泣き笑いのような顔をして
そっとその箱を、バッグの中に入れた










それを境に、お互い気持ちがすこしずつ落ち着いていくのがわかる

















ヨシ、とてつやはちいさく呟いた

















「今、過去とは完全にカッチリ分けて、言わせてもらう」








いつしかてつやの目は

なんの曇りもない、真剣なまなざしに変わっていた





































「お前が、好きだ」




























言ったあとに、てつやは照れ隠しなのか
わたしから目をそらし、親指で鼻の頭をこする


それから両手を腰にあてると
下をむいて、気合をいれるように大きく息をつく

そして、また顔をあげる


落ち着かない様子に
わたしはつい吹き出しそうになったけど それも、こらえて、てつやを見つめ返す




「でも、過去のこととは別物で考えてほしい。
俺だってだいぶ変わったし、ずる賢くもなったし、逆に器用にもなった」

「それは私も一緒よ」

「俺さ、浩二と対等になてぇんだよ。もちろんお前とも。
過ぎた10年は取り戻せないけど、お前は今の浩二を知ってて、今のお前を生きてる。
けど、俺のことは?過去の俺しか知らないだろ。
俺と浩二を並べて見て、考えて、それで俺を、選んでほしい」




てつやははっきりとした口調で訴えた




「アメリカにはいつ発つんだ?」

「25日。だから、あと二週間と、3日かな」

「それだけありゃ充分だな」

「なにが?」



てつやは意を決したように
すこし空気を吸い込んで、はき出す





「出発するまで、考えてくれ。

自分が、どっちと一緒にいたらしあわせか、本気出して考えろ。

ぶっちゃけ俺が自信ねぇのはもう変わんねぇからさ。

未来なんか見えないから、しあわせを想像できる方を選べ。で、出発前に連絡しろよ。

浩二なら浩二、俺なら俺。どっちもないなら、黙って行ったらいい。

こんなやり方、男として情けないけど・・・

お前が本気で考えて、それでも俺となら幸せだって言うなら

それこそが俺の自信になるから。

次にお前が俺を選んでくれたら、俺は今度こそ・・・・・・」









そこまで言うと、てつやは黙ってしまった


今にもその続きがこぼれそうだけど
その口は閉じた


そして、鼻で笑って口を開く




「・・・なんつって、そこまで言ったら反則だよなぁ」













そう言って笑ったてつやの顔は

10年前、わたしがてつやに告白したときの

照れ笑いと同じで

かわいくて、やさしい、子供みたいな笑顔だった




































私はそっと、目を閉じてみる







初恋の容器が、満たされてゆく




初恋の終わりは
てつやを手に入れることなんかじゃなく
この手に抱くことでもなく


ただ、ただてつやが私をまっすぐに見て
何にも捉われない、縛られない心で
気持ちを伝えてくれることだったんだ
























































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