真実    vol.4

























「まさくん、なんだかおとなしくなったわね」




淳子は食事が終わりかけた頃
俺にそう言った


おとなしくしてるだけだよ、と思ったけれど
あのボーっとしてた淳子が
俺が”おとなしい奴じゃなかった”ことを覚えていたのかと
むしろそれだけで驚いた



「まぁ社会に出ればね、それなりに」


当たり障りのない返事を返す


食事中、俺はとにかく
淳子に様々な質問を投げた


興味のあるフリをして
「僕は君のことが知りたい」という目つきと口調で
淳子のことをいとも簡単に知っていった



だから逆に淳子からの質問は
返事に困ったり詰まったり
うまく話をそらしたりした


だけど、
もし記事のために会ってるのでなければ
淳子との食事は実に楽しいものだったろうと思う
淳子は聞き上手で、相槌や微笑みのタイミングが実にうまかった


単純に、いい女になっていた











「恋人はいないの?」



タイミングを今か今かと狙っていた質問を
淳子のほうから投げられる



「・・・いないよ」

「あ、今の間はなに?」

「なんでもないよ。マジで、いない」

「本当に?もったいないなぁ」

「淳子は、いないの?」

「私?いないわよ」

「本当に?そっちこそ、もったいないな」



意外そうな顔をしてみせて
心の中では心底焦った


仲良く昔話なんかをして場を和ませて
その流れで友達としてさわりだけでも話を聞こうと思ったのに
淳子ははなっから隠し通すつもりらしく
眉ひとつ動かさない


どのように話を持っていこうか考えていると
淳子は口調を変えて話し始めた





「・・・というより、終わったところかな」





・・・なんだって?





「え?」

「別れたのよ。つい、おとつい」





俺は一瞬、目の前が真っ暗になる



おわった?わかれた?



じゃぁ、つまり・・・


お前たちのツーショットが撮れないじゃねぇか




「・・・どうして別れたのか、聞いてもいい?」



俺は、なるべく彼女の気持ちに障らないように
慎重にその話を掘り下げてみる



「どうして、か。私たちはつきあってる事自体がそもそも疑問だらけだったから。
今こなってる方が自然かも」



なるほど

これで君島が相手だということははっきりした



俺はビジネスバッグの中にひそませていた
テープレコーダーの録音ボタンを押す準備をする



「でもいいの。しあわせだったの」













淳子のセリフで俺の録音ボタンを押す指が止まる








「好きな人と一緒にいるって、ただそれだけでしあわせだったもの」





もう一度ボタンに触れようと思ったが
どうしても、押せない





淳子、どうして・・・













「どうして・・・」


「え?」




俺はつい口をついて出た自分の言葉に戸惑う


俺はなにを言おうとしていたんだ




「いや・・・淳子は、それ、納得して別れたの?」

「・・・そうとはあまり言えなかったわね」

「そこまで言えるほど好きだったなら、もう一度話し合ったらどうなの」

「無理よ。いそがしい人だもの」



だろうな



「その人が淳子のこと大事だと思ってくれてたなら会ってくれるはずだよ。
どんなに忙しくても」

「・・・そうかしら」

「そうだよ」



そうでなきゃ困る


あと一度だけでいい
あんたら二人が会ってくれないと
記事にならないだろ



淳子は目を伏せる


俺の提案を、本気で考えているようだ
すこし考えたあと
俺をまっすぐに見て微笑む



「まさくんありがとう。もう一度話してみる」

「本当に?よかった。スッキリさせて、前に進もうぜ」





俺はさわやかな微笑みを返す


ここからが肝心だ








「でも、不安だわ。別れた相手に会いにいくだなんて・・・」

「きっと会ってくれるさ。大丈夫」

「でも・・・」

「じゃあ、会う前にどうしても不安だったら俺に電話しな。
一人で考え込んでから行くよりずっといい」

「でも、忙しいんじゃなくて?」

「出れるときは出るさ。
淳子が不安なら、俺は電話待つよ。スッキリしたら、どっか遊びにいこうぜ」



淳子はまた泣きそうなうれしそうな顔になる



「ありがと、まさくん」











そのとき、ほんの一瞬
小さい頃の面影が、淳子の頬のあたりに漂った


いつだったか淳子がいじめられていて
とっさにかばったことがあった


普段は俺だって淳子をいじめてたのに
他の奴に泣かされてる淳子を見たら
沸々と怒りがこみあげてきて
間に割って入り、相手のガキ大将と取っ組み合いの大喧嘩になった


そのときも、たしか淳子は
傷と泥だらけになった俺に、







「ありがと、まさくん」



と泣きながら言った・・・












しかし、これを逃す手はなかった



淳子はきっと、君島に会う前に俺に電話をしてくる
淳子は今、懐かしさで完全に俺に心を許してるから
















俺は自分自身で気づいてなかった





テープレコーダーの録音ボタンを押す指が
完全に硬直していたこと


淳子を陥れることを
全身で拒絶していたことに・・・























































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